第009話 『過去現在未来』③
「アタシは結婚しようかなー」
子供の頃からまったく変わらない、けなげな片思いを絶対にあきらめないリィンに好意的な溜息をつきながら、今度はジュリアが自分の身の振り方を口にする。
「マジか!?」
「ホントですか?」
「本気で口説かれているお貴族様がいるんだよねー」
ある意味『黒虎』の解散が決定的になった時よりも感情の振り幅が大きそうなソルとリィン、愛すべき幼い二人の幼馴染の驚愕の様子を笑いながらジュリアが答える。
実際突出した色気と美貌を誇り、『癒しの聖女』として名を馳せているジュリアは、やんごとない立場の方々からの求婚をひっきりなしにされている。
それはごく普通の男女の色恋沙汰というよりも、貴族が自らの家に優れた『能力』に恵まれた血を入れたいという思惑の方が強いのが事実だ。
『能力』が遺伝されるという実証はなんらなされていないとはいえ、人とは古来血統を信仰する傾向が強い。
ジュリアの能力が多くの病にはもちろん、欠損レベルの重傷であっても苦も無く治癒してしまえるほどものともなれば、貴族どころか王族入りすら可能性はゼロとは言えない。
「ジュリアが真面目に相手するってことは、悪いひとじゃないんだ」
「はー、ジュリアがお貴族様になるのかー」
リィンもソルも、ジュリアがその見た目に反して身持ちが固いことをよく知っている。
まあ身持ちが固いからと言って、この歳になるまで初恋を継続しているリィンや、そもそも色恋よりも迷宮攻略に夢中なソルのように経験皆無というわけではないのだが。
ただジュリアはある程度とはいえ自分の『癒しの聖女』としての力がソルから与えられたものであり、まず間違いなく血によって受け継がれることなどないと知っている。
だからこそ、そういう意味が透けて見える求愛、求婚は悉く断ってきていたのだ。
胸焼けするような色気を放っているとはいえ、ジュリアもまだ17歳の女の子。
恋愛や結婚というものにはまだ夢を見ているし、ごく普通に『能力』だけではなく自分自身を求めて欲しいと思うのは当然のことだろう。
どうしてもある程度『能力』込みになってしまうことは避けられないと割り切っているあたり、ソルやリィンよりも大人であるとは言える。
「いいとこ側室じゃない?」
「いや、『癒しの聖女』様ともなれば、正妻じゃないの? 生まれてくる子供への『能力』も期待するだろうし。あ、これは家がって意味な?」
そんなジュリアが結婚しようかなと口にするくらいなのだ、真っ当な男性に真摯に口説かれていることは間違いないだろう。
だとすればジュリアの今の立場からすれば正妻となるのは当然だと思うのだが、ジュリアはそう思ってはいないようだ。
「……でも今の『力』はなくなっちゃうよね、パーティーが解散するんだから」
ジュリアは自分から『癒しの聖女』としての力が失われたら、さすがに正妻はないと判断しているのだ。そして力を失った事実を隠して結婚するつもりもない。
卑怯なのが嫌だというのもあるが、結婚してからの長い人生を隠し続けられるとはとても思えないということもある。
自分が信じてもいいと思った相手なのだ、力を失ったからと言って手のひらを返されることはないだろうが、ただの平民となった小娘を正妻とするには相手の家が大きすぎる。
相手はなんとしても正妻にしようとしてくれるかもしれないが、それで相手にも相手の家にも迷惑をかけるのはジュリアの本意ではない。
子供を授かったとしたら、その子には『能力』を引き継げなかったからとがっかりされるような子供最後の日を迎えて欲しくないというのも大きい。
幼馴染たち以外、誰からも期待などされていなかったジュリアですら、あの日自分は能力に恵まれないのだと自覚した時の絶望感は筆舌に尽くしがたい。
それが両親はもちろん一族全体から過度な期待をかけられて、その上であの絶望を我が子に味あわせてでも手に入れたいものではないのだ、ジュリアにとって正妻の立場というものは。
それでも好きなら側室もアリだと思ってしまうあたり、本質的なところではリィンとジュリアは似ているのかもしれない。
自分にとってなにが一番大事なのかを、他人の意見に左右されて見失うことはないのだ。
「いや、それは残すよ。ジュリアの子供が生まれたらリクエストにも応えるつもりだし」
「平気なの?」
「意外と余裕があるんだよ。上限の問題とかがあってさ……」
「だったら嬉しいですけど……無理はしないでくださいね」
だがソルは、『黒虎』が解散したからと言って、今までに付与した力を取り上げるつもりはまるでなかった。
スキルは同じものを複数人に付与可能になっているし、ステータス値の増加も素体の能力値やレベルによって付与可能な上限が決まっているから正直余っている。
各ステータス、H.P、M.P、そのどれもが『黒虎』のメンバー全員分に付与している数値を合わせても、ソルが自由にできる上限値の一割にも満たないとなればわざわざ取り上げる必要もない。
ジュリアの子供が12歳の元日を迎える日にもしもまだ自分が健在だったなら、母親と全く同じスキル構成を与えることすらもそんなに負担ではないのだ。
ジュリアはもちろんのこと、リィンとて『鉄壁』と呼ばれている今の自分の力を残してくれるというのであれば有難い。
ソルに告げたとおりに村に戻るにせよ、この城塞都市ガルレージュで冒険者を続けるにせよ、今の力がそのまま残るのであれば普通に暮らしていく上での不安などなにもない。
C級レベルの依頼や任務であれば、ジュリアと二人でも余裕でこなせるはずだ。
「あいつらのも残しといてあげるの?」
「一緒に鍛え上げてきたものだからなあ……」
「お優しいことですなー」
ソルがあれだけのことを言われたマークとアランにも、自分やリィンと同じ扱いをするであろうことを半ば確信していながら確認すると、やはりソルはそのつもりらしい。
正直、呆れてしまうジュリアである。
どちらかと言えば強気な、やられたらやり返す系が好きなジュリアとしてはソルの気持ちが理解できない。
自分であれば完全に力を取り上げた上で、二人がどんな顔をするのか眺めてやりたいと思ってしまうのだ。
「いやどうだろ。完全に力を失った方がまだマシなのかもしれない」
「それは……確かにそうかもしれないですね」
それどころか自分の力を過信して、魔物との戦闘で命を落とす心配までしているソルとリィンである。
それを聞いてジュリアはなるほどなあと思ってしまった。
自分はまだわかりやすい惨めさと謝罪を求めてしまうあたり、まだまだ甘いのかもしれないなー、と。
二人の真意はどうあれ、自分の力を過信して魔物を侮った責任を自分自身で購わせる方が、ジュリアが考えたわかりやすい惨めさなどよりもよっぽど厳しいと思うから。
ソルは今は道を違えたとはいえ、子供の頃から共に大それた夢を見てきたマークとアランに、恥をかかせたくないのだ。
だからこそ、今までの成功もついさっきのやり取りも、ソルに力を与えてもらっていなければできなかったことを突き付けるつもりなどない。
二人が本当の自分が「村人」に過ぎなかったと思い知らされて羞恥と絶望に苛まれるようなことになるのなら、己は強者だと信じたまま魔物と戦って死ぬ方がマシだと本気で信じている。
それはおそらく、マークとアランには理解できない矜持の在り方だろう。
それは他人に力を与えることが可能な『プレイヤー』という、神の如き能力を持ったソルだからこそなのかもしれない。
実感せざるを得ないのだ。
この世界に生きる人々が当たり前――常識として授かっているそれぞれの『能力』も、神の気分次第でいつでも取り上げることも可能なのだと。
それはソルの『プレイヤー』もその例外ではない。
『プレイヤー』がそうできるのと、同じように。