第079話 『エメリア王国』③
フレデリカに対して王であるエゼルウェルドが請う形で、エメリア王国側からソル一党への質問をすることが許されている。
これはもう対等な立場とすら言えず、大陸四大国家の筆頭と見なされているエメリア王国が、一方的にソルに従属する形と言っても過言ではない。
だが現王エゼルウェルドはそれをあっさりと受け入れ、第一王女であるフレデリカもそれこそが唯一の正しい選択だという態度をわかりやすく周囲に見せている。
なによりも本人はあっさり宣言していたが、エメリア王国第一王女にして第3位王位継承権者としての立場を保ったまま、ソルに仕えることを最優先するとフレデリカは言い放ったのだ。
しかもそれをエゼルウェルドが王の名のもとに承認している。
フレデリカの降嫁先はここ数年エメリア王国内において重要度の高い問題であり、国内の有力貴族との話を進めたい第二王子派と、友好国の王族との話を進めたい第一王子派が、本人不在のままに水面下で争っていたのだ。
それを突然掻っ攫われたとあっては、とある有力貴族に半ば確約を与えていたマクシミリアの顔は丸つぶれになってしまう。
もはや事態はそんな次元に無いことを、今もなお理解できていないことこそが致命的だと言えるのだが。
「フレデリカ……殿。王陛下が決められたことであれば是非もないが、領内とはいえ『禁忌領域』に勝手に踏み入り、あまつさえ解放してしまったことについてはどうなるのだ」
王が納得し、臣下からの質問の許可を取り付けた以上、最初に質問するのは第1位の王位継承権を持つ第二王子になるのは当然だ。
甘やかされていたことは事実とはいえ、王族として優秀な頭脳を持って生まれ、考え得る限り最上の教育を与えられたマクシミリアは別に愚かだというわけではない。
エゼルウェルド王が格上の交渉相手として扱う相手を自身は妹として接するような愚は犯さず、対外的な切り口からソル一派が問題視されるであろう部分を指摘する。
ソルに嫁ぐかのような発言については、エメリア王国としてソルの行動とそれに伴う問題点を明確にしてから口にせねば、さすがに阿呆だと思われることくらいは弁えているのだ。
これは臣下たちも当然一番聞きたい内容なので、誰もが息を呑んでその答えを待っている。
「それは『聖教会』から神敵認定をされることまで視野に入れております。ただしすでにガルレージュ教区のイシュリー司教枢機卿はこちらについています。我々はまず、『聖教会』を二つに割るつもりです」
「な――」
だがフレデリカからしれっと返ってきた答えは、マクシミリアや臣下たちの予測を遥かに超えるモノだった。
マクシミリアにしてみれば大国であるエメリア王国を後ろ盾に聖教会へ詫びを入れ、人類の大発展と引き換えに『禁忌領域』を含む魔物支配領域の解放の許可を得るという流れを予測していたのだ。
自らをこの世界の支配者階級だと自認している連中程『聖教会』を絶対視し、いかにそこと揉めないように立ち回れるかをさして「政治力」なのだと嘯くきらいがある。
だがフレデリカは――ソルはそんな生温い手段ではなく、聖教会すらも自身が自由に扱えるようにしようとしている。
しかもエメリア王国内では№2の宗教的権威であるイシュリー司教枢機卿をすでに取り込んでいるとまで明言した。
さすがにこれにはエゼルウェルド王も、第一王子であるフランツも驚きの表情を浮かべている。
この謁見の間には今、王都マグナメリアの要人がすべて集まっているのだ。
その中には当然、イシュリーよりも位階の高いエメリア王国における宗教的権威№1である、王都を含むエメリア大教区を任されている司教枢機卿もいるからだ。
だが今はもういない。
ソルたちが顕れるまでは間違いなくいたはずの高位聖職者は、忽然とこの場から姿を消し去ってしまっている。
それに気づいたものはまだ極少数だが、誰がそれをやったのか、その司教枢機卿が今どうなっているかなど想像もしたくなかった。
魅力的に微笑むフレデリカと、落ち着いた表情で佇むソル、その長外套の内側にじゃれついている全竜が本気で怖いエゼルウェルド王とフランツ第一王子である。
「ああそれと、イステカリオ帝国からは『囚われの妖精王』をすでに奪取しておりますので、こちらとも戦争状態になることはまず間違いありません。おそらくは『聖教会』と組んで『聖戦』の宣言をされる可能性が最も高いとみております」
だがそれにはとどまらず、落ち着いた笑顔のままにフレデリカはとんでもない状況である事を次々と告げてくる。
「馬鹿な! そんなことになったら我がエメリア側につく国など――」
「ええ、一国たりともありはしないでしょう。ですがまったくかまいません」
建前の礼儀を忘れて思わず叫ぶマクシミリアに、フレデリカはにこやかに答える。
マクシミリアが常識で考えている彼我の戦力差など、もはやなんの意味もなさないのだ。
それに気付かせるためにわざわざ有翼獅子の巨躯を謁見の間に放り出すというような、少々外連味の過ぎる行為に出たというのに、エメリアの後継ぎと大臣連中がこれでは話にならない。
というかエメリア大司教区を任されている司教枢機卿が消えている事にも気付かないのは、フレデリカとしては予想外が過ぎた。
「この際、一度ソル様を敵に回す国が多ければ多いほど都合が良いのです――エゼルウェルド王陛下」
だが幸いにしてエゼルウェルド王とフランツ第一王子は状況を把握できているらしいので、この後はそちらと話を進めれば事は足りる。
平時には自分よりも優秀とみていた兄王子が、ここまで非常時に弱いのを目の当たりにしたフレデリカは、自分が王族としてとはいえ「逆境」に身を置けていた幸運を信じてもいない神に感謝したくなっている。
「汎人類連盟に所属しているすべての国家へ、親書をお願いしてもよろしいですか? 敵に回っても戦場で動きさえしなければ、今回のみは不問とすることが明記されていれば詳細はお任せします」
「承った」
今後の統治――汎人類連盟を介して大陸を完全に支配するのであれば、各国家に一度はソルの敵に回ったという負い目を持ってもらった方がなにかと都合がいい。
その上でエメリア王エゼルウェルドの親書としてフレデリカの言った内容が保証されているのであれば、よほどのことがない限り戦場に兵力を展開はしても自ら戦端を開こうとはしないはずだ。
今の状況であれば、最も安全な様子見の立ち位置を保証されるようなものだからだ。
そしてソルは、明確に敵対行動をとらない相手であれば敵とはみなさない。
そうせざるを得ない各国の立場は一応フレデリカからも説明しているので、そこの言質は取れている。
なんとなればこの状況下で、明確にエメリア王国に味方しようとする国の方を警戒すべきだとフレデリカは判断している。
「王陛下!」
「私はエメリア王国を愛しておりますので、私なりにこの国にとって最善の提案をさせていただいております。ですが国家の判断としてそれを是とできないのであれば、敵に回ってくださってもかまいません。先ほどお願いした内容はエメリア王国にも適用されます」
なおも王の判断に異を唱えようとするマクシミリアを見て、フレデリカはため息交じりにそう宣言する。
嫌なら敵に回ってもかまわない。
それでも滅ぼすようなことはせず、じっとしていれば見逃してはやろう。
気負うことなくそう宣言するフレデリカに対してぶつけるべき言葉が、マクシミリアからは俄かに出てこない。
何度か口を開こうとするが、なんと言うべきが正解なのかがわからない。
否定するのであれば、それに足るだけの根拠を示す必要がある。
今までの常識だけを前提に、脊髄反射で「それは拙い」と喚くだけの者は相手になどしてもらえないのだ。




