第073話 『組織』③
「あ、あああああの……」
自身の身体から吹きあがる膨大な魔力光の勢いに、さすがのエリザも平静ではいられないらしい。
昨日、ソルから与えられた突出した能力によってかなりの数のC級以下の依頼を実質半日で達成して見せたエリザたちは、すでに魔物との戦闘による強化を経験している。
さすがに早朝から2つほどの依頼を達成した程度で次の強化は訪れてはいなかったが、魔物を一定量倒すことによって劇的に身体能力が強化される謎の発光を伴う現象がある事を、きちんと理解できてはいるのだ。
なるほど、これが生き残った冒険者の方々がより強くなる仕組みなのかとエリザは得心し、そうであれば地道に焦げ付き依頼をこなしていても、ソルの望む「スラムの組織すべてを支配する」ために必要な力を得ることができると内心喜んでもいた。
だが今自身の身に起こっている様な強化の仕方など、想定できているわけもない。
とはいえ昨日体験した発光を伴う強化が、今連続して己が身に起きているのだということくらいはなんとなく想像がつく。
昨日のエリザたちですら一撃で倒せる魔物をある程度倒しただけで一度とはいえ発生したのだ、今エリザの目の前に力なく横たわっている領域主――『禁忌領域№04』を支配していた巨大な有翼獅子を倒したからにはこうなるのも当然なのかもしれない。
「びっくりするよね。でもこれで『禁忌領域』とか迷宮の二桁階層にでも踏み込まない限りまず大丈夫だと思う。エリザがその気になったり、冒険者ギルドから頼まれたりしたら高難度依頼とか正式任務なんかも受けていいんだよ?」
ソルの言っていることは理解できるが、エリザは今それどころではない。
昨日のたった一度の強化の際も、その独特の感覚にルイズと二人密かにアイコンタクトを取りながら、なんとかヨアンに悟られぬようにやり過ごしたのだ。
下腹部から全身へ突き上げるような痛みとも快感ともつかない独特の感覚は、男の人にとってはわりと平気なものらしい。
昨日のエリザとルイズは腰砕けになって実は大変だった。
その時のヨアンの様子といい、今自身も強化を継続しながら「ははは」と笑っているソルといい、この感覚は個人差というよりも男女差から来るものだろう。
強化を幾度も経験しているリィンやジュリア、二人の近衛騎士であっても連続強化の感覚に平然を装うのは無理だったし、王女としての矜持を持っているフレデリカですら涙目にならざるを得なかったのだ、エリザが耐え切れずにへたり込んでしまうのも無理なからぬことかもしれない。
「……畏まりました、今後ギルドから指示を受けたものについてはお受けします」
「……うん。まあでも無理することもないか。しばらくは無理だと思うけど、落ち着いたら一緒にどこかの迷宮を攻略するのもいいかもね」
「是非お願いします!」
真っ赤になってへたり込んでしまったエリザの様子をソルがスルーしているのは、涙目になったエリザが必死でそうしてくれるように懇願していることが、さすがに朴念仁のソルにですら伝わったからだ。
エリザにとってご褒美でしかないソルの提案が心の底から嬉しいが、万全であればどさくさ紛れに抱き着けたかもしれないと思うと、我が意に従わない文字通り腰抜けの身体が恨めしいエリザである。
うれションしてしまった犬でもあるまいに、へたり込んだまま嬉しそうに大声で返事をするなど、様にならないにも程がある。
「よし、これでエリザがリーダーとして文字通り桁違いの力も身に付けたし、そうだな……とりあえず6人パーティーを5つ分、30人の候補を選出しておいてくれる?」
「候補、ですか?」
――なんの?
気を取り直したようにソルが告げる言葉にエリザは即応できない。
そもそもさらっとソルが言っている「これで」とは、エリザだけを連れて転移したと思ったら、すでに目の前にいた有翼獅子をルーナの魔創義躰がぶん殴って地に叩き伏せたことを言っているのだ。
数百年の長きにわたり、誰も手出しをできなかった領域主をまるではぐれの雑魚魔物の如く倒してしまう規格外の存在が口にすることを、即座に理解しようなどというのがどだい無理なのかもしれない。
「うん。エリザが選んだその30人にも、魔物と戦える力を与える」
「!」
案の定というか、世にある大概のことには驚かなくなっているという妙なエリザの自信を、あっさりと打ち砕くその元凶である。
ソルが自身の幼馴染たちや自分に与えてくれた力は、ソルにとってはそうたいしたものではないらしい。
エリザの発想が素晴らしいものだと認めれば、人海戦術でそれを拡大することになんの躊躇も持たない程度でしかないのだ。
ソル自身が昨日レベルが3桁に達したおかげでそんな無茶をできるようになったことを知るはずもないエリザは、我知らず少し落ち込んでいる。
ソルの周りにいる者たちの中で最もどうでもいい存在だという自覚こそあれど、それでも神様のような奇跡を与えてもらったという特別感が錯覚だったと知って、哀しくなってしまったのだ。




