第061話 『臣従と隷属』②
「すぐに起きるよー」
状態異常回復の魔法を3人のエルフへと行使したジュリアが、話し込んでいるソルとフレデリカに声をかける。
正直なところ、エルフと接した経験などないので交渉役はソルやルーナ、もしくはフレデリカにお任せしたいジュリアである。
『黒虎』時代には『癒しの聖女』として、また自身の容姿とやたらと言われる色気とやらを利用して交渉役を気取っていた自覚があるジュリアだが、この状況下でそれを継続できるほどの胆力などない。
あれは高位冒険者パーティーのリーダー格や、冒険者ギルドで要職についている職員たちがみなきちんとした「大人」だったからこそ、ジュリアを立てていてくれたのだということが今ならわかる。
もちろん『黒虎』としての実績や、『癒しの聖女』としての功績があってのことではあるのだが、そんなものがエルフに通じるはずもない。
であれば圧倒的な力で昏倒させ、その気であればいつでも殺せた者――わかりやすい強者が交渉にあたってくれるのが一番円滑に進むだろうことは疑いえない。
「貴様……まさか竜族なのか」
魔法の効果は瞬時で顕れ、意識を失っていた二人のエルフは完全に覚醒している。
リィンやジュリアたちでもまるで見えなかったのだ、自分たちが誰に意識を刈り取られたのかなど絶対にわかっていないはずだ。
だが二人のエルフが眼前の6人の中で最強と看做したのはやはりルーナらしい。
ルーナの特徴的な片角と尻尾もさることながら、自滅覚悟で自分たちが呼び寄せた九頭龍を冗談のようにすっ転がしていた、魔力でできた竜躰の印象が強烈なのが大きいだろう。
それが幻ではない証拠に、そぐそばにピクリとも動かない九頭龍の巨躯が倒れ伏したままである。
それもあって、エルフたちは意識が戻っても破れかぶれの攻撃や逃走を即座に放棄したのかもしれない。
「さすがに妖精族といったところか。濁った妖精眼でもそれくらいはわかるのだな」
だがルーナはソルと接する時とはまるで違う、その幼い小躰にも拘らず『全竜』としての威を発しながらエルフたちの問いを肯定する。
「……真に竜族であればなぜ、人になど従っている」
人間であればそれでもなお疑って当然のルーナの容姿に惑うことなく、竜族であることをすんなり受け入れている。
ルーナの口にしたとおり、黒化により濁った妖精眼でも竜の魔力を感じ取ることはできるらしい。
「無駄に主語を大きくするな妖精族。人にではない、我は我が主にのみ従うのだ。人間だの我々だのと下らん。己が意志を述べるのであれば彼我で語れ」
だが竜の末裔が現代に存在したことに驚きながらも、それならばなぜという、あるいはエルフにとっては当然かもしれない問いをルーナはハナで笑い飛ばした。
あえて『妖精族』と呼んだのはルーナなりの皮肉なのだろう。
ルーナの、竜の価値観では敵も味方もすべて個で語られるべきなのだ。
やれ種族だの組織だの国家だの、さも集団の意志として我意を語る者が多いからこそ、かくもヒトガタたちの世界はややこしいのだと全竜は断じている。
それでも竜族としての総意で物を言いたいのであれば、ルーナの如く眷属を喰らい尽くして『全竜』となれば良いとも思っている。
ルーナのように捕食した相手の力を取り込むことなどできなくとも、最後の一人となればその意志が種族の意志だということも出来よう。
それができないのであれば、大事なのは我々ではなく誰、憎いのもあいつらではなく彼で語るべきなのだ。
なかなかに他種族には理解しがたい竜の考え方である。
「大体なんの憤りだそれは。人に負けた者同士、手を組んで人を滅ぼすべきだとでもいうつもりではあるまいな」
だがそんなことよりも、人に対する敗者として一括りにされていることがルーナには気に入らないらしい。
自身もまた敗者である自覚があるだけに、敗者としての在り方に一家言あるのかもしれない。
「ぬう」
「ぬうではないわ痴れ者が。そもそも我を倒し封じた1人はそこに転がっておるアイナノアであろうが」
「貴様、全竜――ルーンヴェムト・ナクトフェリアなのか!」
「だったらどうした。我が千年前の因果を今ここで応報せぬのは主殿の命によるものだと知れ」
会話の流れで明かされた事実に、さすがにエルフたちも驚愕を隠せない。
だがそうであればこそ九頭龍を一撃で屠り得たことも、『全竜』の成立によって世界からすべての竜が消えたはずのこの世界にあってなお、竜族が存在している事にも得心が行く。
だが勇者とアイナノアを含む勇者パーティーによって討たれ、神の力によって封印されたはずの全竜――邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアがなぜ……
だがその思考は、絶対に勝てない相手が吹き上げる圧倒的な殺意を前にして纏まらない。
ルーナが報復をしないと明言している言葉も、その殺意の前には意味として頭に入ってこない。
目の前にいる少女が本当に邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアが神による封印から解放された姿だというのであれば、自分たち妖精族はその王ごと滅されても何一つ文句など言えるはずもない。
邪竜が封じられた後、『妖精王』を含む勇者たちになにがあったかなど、すでに封じられていた邪竜が知るはずもないのだから。
物理的になにもされなくとも、それでも意識が死の深淵に囚われかねない状況。
「ルーナ、あんまり凄まない」
「ハイ」
それはため息交じりの一言で完全に霧散した。
エルフたちの妖精眼――今では保有魔力を見ること程度しかできなくなっているが――では6人の中で最弱だと看做していた人間の男がたった一言を口にしただけで、付近の鳥や野獣たちがすべて逃げ出していた殺気は嘘のように消えうせた。
そればかりかルーナの大きな尻尾は力なく地に垂れ、美しいその顔に反省の意を浮かべてしゅんとしてしまっている。
今のルーナはもう、エルフたちの妖精眼を以てしても大好きな親に叱られてしょげている幼女にしか見えない。
ルーナ本人が明言したとおり、己が仕える主に叱責されたと思って弱っているのだ。
「この人間の――この御方の力によって封印から解放されたということか!」
「……ソノトオリデス」
主の許可も得ずにエルフたちに凄んでしまったルーナは、もうこれ以上ソルに叱られたくないので、エルフたちの驚愕交じりの問いに対して素直に消え入るような声で答えている。
ソルは特に怒っているというわけではないのだが、ルーナにしてみれば怒りと同じくらい、あるいはそれ以上に呆れられることも怖いのだ。
だがエルフたちはそれどころではない。
神の力による封印の軛から、全竜を解き放った者。
その全竜が主と明言し、疑う余地もないほど絶対的な従僕として仕えている主。
それはつまり――
「我らの無礼な態度を御許し下さい、全竜を統べる御方。その御力を以て我らが『妖精王』も助けて頂くわけにはまいりませんか? もしもこの願いを叶えていただけるのであれば我ら妖精族すべて……いえ、少なくとも私は御身にすべてを捧げます」
「私からもお願いいたします!」
アイナノア・ラ・アヴァリルにかけられた神の呪いをも、なんとかできる存在かもしれないということに他ならない。
ただ踏みにじられる鏖から、せめて一矢なりとも報いての死。
それどころか、妖精族すべてが救われるかもしれない奇跡が今目の前に存在している。
都合のいいことを口走っているという自覚はある。
全竜を己が従僕としているソルにとって、自分たち妖精族は敵と看做されていてもなんの不思議もない。
だがたとえ惨めに這い蹲ってでも、この奇跡の糸を手放すわけにはいかないのだ。
どれだけみっともなかろうが、命ぜられれば靴を舐めようが、そうすることこそが少なくとも今ここに居合わせることができた妖精族の一人としての矜持なのだと思い定めた。
「そう言ってもらえると僕としてもありがたいです。僕は最終的に『勇者救世譚』の登場人物たちによる最強パーティーを組み上げることを目標にしていますから」
だがその絶対者は安心したように笑い、同時にとんでもないことをさらりと口にしている。
――なるほどこの御方は、現代に生まれた方なのだな。
千年前の『聖教会』がでっち上げた偽伝『勇者救世譚』
そこに名を連ねる、勇者と共に『邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』を討ちながらも最終的には人に仇なし、友であった勇者に敗れて囚われ、あるいは殺され、あるいは心を消された怪物たち。
『囚われの妖精王』
『死せる神獣』
『虚ろの魔王』
そして逸史とされ偽伝からすらもその存在を消し去られてしまった、今ではもう誰も知らない二体に、最終的には自身すらも神に捨てられた『呪われた勇者』と『封印されし邪竜』を加えた『七鍵封罪』
七つの鍵を以て封じられた神の罪がすべて揃うというのであれば、今度こそ本当にその牙は神にすら届き得るかもしれない。
そうであれば妖精族はその役に立てる。
伊達に千年以上前から生き残っているわけではない。
竜なき今の世界で千年前に実際になにがあり、今に至るまでになにがあったのか。
歪められ騙られたものではない、少なくとも自分たちの目で見た真実を、『神に仇なすモノ』に伝えることができるのはもはや妖精族だけなのだから。




