第060話 『臣従と隷属』①
かなりの長時間にわたって継続していたレベルアップによる発光現象がやっと収まった頃には、ソルたち一行のレベルは100を遥かに超過し、150をいくつか超えるまでに至っていた。
素体レベルのとんでもない上昇に伴って生成される内在魔力の量が膨大になったせいなのか、各々の意識が戦闘態勢に移行すると同時、全身から魔導光を噴き上げるようになっているのが見るからに人間離れしている。
ソルとルーナの元より人間離れしているコンビは、その現象に無邪気にはしゃいでいる。
だが冒険者や近衛騎士というリィンとジュリア、近衛の二人はともかく、仮にも大国の第一王女であるフレデリカは嫌な汗をかかざるを得ない。
うっかり舞踏会などでこの状態に移行をしてしまった場合、御伽草子の『拳撃皇女アンジェリカ』と同じ悩みを自身も得ることになるのはまず間違いない。
あれはお話として読んでいるからこそ楽しいのであって、本物の社交界で「ゴリラ王女」などと呼ばれることになるのは流石に御免被りたいフレデリカなのである。
とはいえまあ、今更夜会だの舞踏会だので気を惹かねばならない殿方がいるわけでもなし、口説かねばならない相手が自分と基本能力において同等であれば問題ないですねと、自分をなんとか納得させるのに忙しい。
いよいよとなればソルに与えられた力を返すという最終手段もあるし、考えてみれば今後エメリア王国へ帰還して王陛下や二人の兄と交渉する際にはとても有効だろう。
これを見せれば二人の王子もやはり男、その力を自分にも与えてもらえるとなれば、それなりの無理も通しやすくなるはずだ。
なによりもフレデリカが単独で行動したとしても、暗殺や拉致の心配をする必要がなくなるというのは無視できない利点だ。
今更ながらに、最初の会話でソルが確認してきた「近衛の二人はフレデリカに忠誠を誓う者か、それともエメリア王国に誓う者か」という質問は当然のものだと納得できた。
『禁忌領域』に同行する者にこれほどの力を与えることになるのを、ある程度予測できていたからこその確認だったのだ。
結果はそのソルの予想をすら上回るものだったのは間違いないようだが。
「ジュリア、まずはエルフの人たちから起こしてくれる?」
「りょうかいー」
どうあれ一旦状況が落ち着いたことを確認したソルが、ルーナによって気絶させられたエルフ2人の覚醒をジュリアへと依頼する。
想定外のレベルアップによって時間はかかったが、もとより別々に起こして状況を確認するつもりだったのだ。
いったん双方の意識を強制的に失わせたのは、ソルなりに落ち着いて双方から話を聞くために他ならない。
力の使い方としては正しいのかもしれないが、かなり乱暴なやり方である事はソル自身ですら否定しきれないところだろう。
「そんなことが可能なのですか?」
「状態異常回復って、じつは失神も治せるんだよ」
「便利ですね」
「ね」
人と竜のコンビがどこか能天気な会話を交わしているのが、微笑ましいやら空恐ろしいやら、なんとも判然としないジュリアである。
九頭龍を一撃で屠る竜と、それを完全に支配している主の会話とは思えない。
まあ言われてみればジュリアもソルから与えられていなければ、自身が行使する各種『癒しの聖女』としての魔法群を奇跡としか思えなかっただろうことは確かだ。
――これが当たり前、当然って感覚には気を付けないとね。
幼馴染という立場に胡坐をかいてしまえば、自分もマークやアランのようになってしまってもなにも不思議はないのだ。
大国の王女があれほどの態度で接するほどの存在がソルなのだとキチンと自覚しておかないと、幼馴染としてのソルはどこか危なっかしい弟のように扱ってしまいそうで危険なのである。
だからこそリィンのように本気ではまることなく、今の距離感に至れたとも言えるのだろうが。
だがまあソルのことだ。
ジュリアやリィンが本当に調子に乗っているのでもなければ、幼馴染としての気安い態度の方を好むことくらいは理解している。
要は節度ということなのだろう。
親しき中にも礼儀ありということを弁えてさえいれば、たいていの問題は発生しない。
「ソル様はやはり亜人族や獣人族の味方に付かれるのですか?」
「そうなのソル君?」
一方、エルフたちの方を先に起こすというソルの判断に、フレデリカがその思惑が奈辺にあるのかを確認している。
リィンとしてもそれには純粋に興味があるらしく、フレデリカと共に尋ねるカタチになっている。
ソルの幼馴染が自身の質問に乗ってくれることは、フレデリカにとってはありがたい。
とはいえすでにフレデリカには冒険者ギルドで我ながら賢しらに語った、被差別種族をソルがどう扱うかによる利害などを改めて語るつもりなどもはやありはしない。
そんな些細なことなど関係ないくらい、ソルの持つ力が各国に及ぼす影響がとんでもないことになるとすでに理解しているからだ。
ここで改めて確認しているのは、絶対者が亜人族や獣人族に向けている思いを誰よりも先に深く理解し、それに沿って万が一にも不興を買わぬようにエメリア王国内におけるその扱いを変更させる必要があると判断したためだ。
エメリア王国はけして正義と平等の国などではない。
聖教会が、人の世界が蔑むべき弱者と看做している亜人族や獣人族への扱いが、他国に比して慈悲深いなどということはないのだ。
フレデリカ個人としては下らぬことだと感じてはいても、為政者の視座から治世に役に立つと判断すればこそ、その問題に積極的に関わろうとしたことはない。
だがソルが亜人族、獣人族への差別を唾棄するものだと考えているのであれば、早急にそれを是正する必要があるのだ。
「状況次第だけど、この3人はできれば仲間にしたいかな」
だがソルの回答からは、そこまで熱い思いを持っている様子はなさそうである。
でありながら確実に先に意識を取り戻させようとしている3人のエルフは仲間にしたいと明言するということは、そこには明確な理由があるはずだ。
「理由をお聞きしても?」
「そこの棺の中に入っているのが、アイナノアだからですね?」
「正解」
それを踏み込んで確認したフレデリカの問いに答えたのはルーナであり、さも日常会話の延長のようにソルが笑顔でそれに答える。
「アイナノア・ラ・アヴァリル!? 『囚われの妖精王』ですか!」
だがさらりと出てきたその名は尋常なものではなかった。
『勇者救世譚』にて語られる、勇者と共に邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアを討伐・封印した英雄の一人にして、同時に唾棄すべき人類への裏切り者。
それゆえにかつて共に戦った勇者を敵に回し、敗北して囚われの身に堕した、かつてエルフたちを統べていた妖精王。
だからこそエルフたちは妖精王が受けた神の呪いの余波で黒化し、著しく弱体化したのだと言われている。
さすがに御伽噺の登場人物がすぐ目の前に転がっている棺の中に入っていると言われ、フレデリカ以下全員は驚愕の表情を隠せない。
それ以上の有名人である邪竜を従えておいてなにをいまさらという話でもあるが、倒した者と倒された者だという関係性はどう考えても危なっかしい。
ルーナが千年前の怨敵に対して敵意をむき出しにした場合、とてもではないが止められる気がしない。
だがその当のルーナはあっさりとしたもので、かつて己を倒した一人であり、千年に渡る封印を受ける原因ともいえるアイナノアに対して特に敵意を持っているようには見えない。
それどころかアイナノアである事を言い当てたことをソルに褒められ、大きな尻尾をぶんぶん振ってご満悦の様子である。
フレデリカは正直なところ、これからの自分たちが辿るであろう未来と同じくらい、千年前になにがあったのかを知りたいという知的欲求が大きい。
つい先日まで神話、御伽噺としか思っていなかった『勇者救世譚』の登場人物本人から、その真実についてを聞ける状況にあるとなれば当然のことだろう。
だがそれはソルのみが問えることであり、フレデリカが口にしていい問いではないことくらいは弁えている。
「この二人のエルフたちがイステカリオ帝国の『嘆きの塔』から救出して、なんとかここまで逃げてきていたってところだろうね」
「なるほど……」
ゆえに今フレデリカは歴史好きの一少女ではなく、エメリア王国の第一王女、いやそれ以上にソルの側に仕えその望みを効率的に叶えるべき立場として思考を巡らせる。
イステカリオ帝国が厳重に捉えているはずの『妖精王』とこんなところで遭遇するという意味。
弱体化したエルフたちに、そんなだいそれたことが可能だとは思えない。
であればこの偶然の裏側にはイステカリオ帝国の思惑、というよりも暴走と言った方がいい事情がある事は疑いえない。
それがなんであれ、エメリア王国とソルがこれから建国する国にとって有効活用するのみである。




