第006話 『解散』③
「相談の必要などありましたか? いつも彼の世話をしている貴女たちの方が、彼の実力が足りないことなど理解できていると思いますが?」
「不満なのかよ?」
だがこれまで基本的には穏やかで、リーダー、サブリーダーの決定に逆らったことなど無かった「お淑やか」なイメージが強いリィンが切れていることに男性陣は気付けていない。
火に油を注ぐようなアランとマークのその返答に、ジュリアは天を仰ぎたくなった。
本人が隠そうとしていることはわりとはやくから気付いていたので、ソルの能力の本当の力については、リィンとでさえ話したことはない。
だが男性陣がここまでわかっていなかったとは、ジュリアにしても想定外が過ぎる。
――男って……
「あたりまえでしょう? 貴方たちの正気を疑います。私たちは――」
まだ何とか平静を保ってリィンがマークとアランの勘違いを正そうとするが、言い澱む。
ある程度は気付いているとはいえ、ソルの許可を得なければ自分たちが気付いていることを勝手に話すわけにもいかないと思っているからだ。
「子供の頃の約束だけで生きて行けるほど甘いものではないのですよ、冒険者稼業というものは」
「もうソルじゃついてこれねーんだよ、俺たちの戦いには。だったら置いていくしかねーだろうが。それともソルに死んでほしいのかリィンは?」
そんな言い澱んだリィンの言葉にかぶせて、アランとマークが再び説得のつもりの言葉を吐き出す。
せいぜいリィンが続けるであろう言葉が、「幼馴染なのに」や「仲間なのに」あたりだとでも思っているのだろう。
ジュリアでもある程度気付けていることを、リィンが気付けていないわけはない。
幼馴染5人が今の立場に立てているのはソルの『能力』のおかげなのだと、そんなことは最初からリィンはわかっていたはずだ。
だがこれは女性陣二人が、常に指揮役であるソルの側で実戦を経てきたからこそ確信できたのかもしれない。
盾役や回復役として自分が使いこなしているスキルでは到底不可能な奇跡を、地味にソルが実現するのを何度も間近で見ていたからこそ。
それぞれが攻撃役として単独で動いていたマークやアランでは、気付けないのも仕方がないのかもしれない。
――だからって、ねぇ……
火に油どころか火にニトロを放り込むようなマークとアランの暴言を聞いてジュリアは今度こそ本当に天を仰ぎ、今日が『黒虎』最後の日になったことを確信した。
「ばっ――」
「――わかった。今日で僕は『黒虎』を抜けるよ」
みなが初めて見るレベルで明らかに激高したリィンが意味を持った言葉を発する前に、ソルが力なく片手をあげてリーダーとサブリーダーの決定に従うことを表明した。
ソル自身が現実を認めたこともあるが、コトがここまで進んだ以上もうそうするしかないからだ。
信頼に基づいてお互いの命を預け合う迷宮や魔物支配領域での戦闘において、一度でもその信頼関係に亀裂の入ったパーティーが本来の力を発揮し続けることは難しい。
そのわずかな差がパーティーに全滅という終わりを招くのが、冒険者稼業というものなのだ。それもA級の域に至っているとなればなおのこと。
「じゃあ私も抜けます」
「……申し訳ないけど、そういうことならアタシも抜けさせてもらうね」
ソルにしてみればこれからも『黒虎』は継続すると思っていたので、ここでこれ以上仲間内でもめるのを避けようとしての発言だったのだが、リィンとジュリアは間髪入れずに自身も抜けることを明言した。
ソルは別に朴念仁ではないので、自分がリィンから好意を寄せられていることはある程度理解している。だがジュリアも抜けることを即断したことは正直なところ意外だった。
ゆえにわりと素で驚いた表情を浮かべてしまっている。
「なっ……」
「……せっかくA級に昇格したというのに、その栄誉と利益を棄てるというのですか?」
それはマークとアランにしても同じだったようで、ソル以上に驚いた表情を浮かべてしまっている。
ジュリアはもちろんのことソルに好意を寄せているリィンであってさえ、A級パーティーのメンバーである立場をこうもあっさり放棄するとは想定できていなかったらしい。
攻撃役である二人にしてみれば、盾役と回復役に抜けられてしまっては話にならない。
というよりも5人パーティーで3人に抜けられたら、除名にされたのはどっちなのだという話でもある。
正規軍にせよ有力クランにせよ、A級パーティーである『黒虎』として高く売り込もうとしていたマークとアランが慌てるのは当然だろう。
「これ以上、貴方たちと話すことはなにもありません」
常の従順さを完全に放棄して、もはや他人を見る目と口調でリィンが切り捨てる。
「信用できる『盾役』が抜けたパーティーで『回復役』をやれるほど、アタシには度胸ないわー」
その冷ややかなリィンを横目で見ながらため息を一つつき、ジュリアも答える。
「……A級パーティーとなった私たちが勧誘すれば、優秀な『盾役』などいくらでも集まりますよ? 大手クランに属するにしても、軍属になるにしてもそれは同じでしょう。さすがに短絡的すぎませんか?」
「信用できるって部分が大事なの。アタシは頭よくないから、そういうのを大事にしてるの。仲間を切り捨てるパーティーは正しいのかもしれないけど信用できない。長い付き合いだったけどサヨナラだねー」
「いえ、もう少し冷静に……」
リィンは取り付く島もないが、ジュリアの方であればまだなんとかできるとみて理論派を自認しているアランが説得を試みる。
だが感情的になっていないだけで、ジュリアもリィンと同じくまったく取り合うつもりはないようだ。
大なり小なりソルの本当の力に気付けている者から見れば、マークとアランは度し難い愚か者でしかないので当然の反応ではある。
ジュリアにしてみれば『癒しの聖女』などと呼ばれている今の力を自分たちに与えてくれている本人を、自ら放り出すパーティーに居続ける意味などなにもない。
建前で「信用」などと言ってはいるが、それとてもまるきり方便というわけでもない。
命がけの稼業だからこそ、そういう泥臭い部分をこそないがしろにするべきではないとジュリアは信じているのだ。
それにアランの説得は嘘ではないが正確でもない。
他のいわゆる「普通の」パーティーでは、ソルの『プレイヤー』のおかげで成立している明確な『役』など存在しないからだ。
A級パーティーの盾役募集! と言えば確かに山ほど希望者は現れるだろうし、厳しいテストを経てその中で最高の適格者を選出することが出来るのは確かだろう。
だがその「優れた盾役」とやらがリィンと同じことができるかと言えば絶対に不可能だと、回復役であるジュリアだからこそ断言できる。
なによりも戦いの理を覆す力を、こともなげに何度も行使できるソルと離れて魔物と戦闘するなど論外だとしか言えない。
「ああ、わかった! だったら今日で『黒虎』は解散だ。それで文句はないだろ!?」
「ちょっと待ってくださいマーク!」
「もういい!!!」
想定していなかった状況に、先に耐えられなくなったのはマークだった。
リーダーとしての自尊心もあり、今更手の平を返すことも出来ない。
勢いよく立ち上がり、止めるアランを振り払うようにして部屋から出て行ってしまった。
確かにA級パーティーの肩書を得ると同時に失うのは惜しかろうが、マークにしてもアランにしても自分の戦闘能力には絶大な自信を持っている。
お互い進みたい道を違えるのであれば、この際『黒虎』を解散してしまうこともひとつの方法ではあるのだ。
ソルを切る判断をした時点で、子供の頃の夢はもう誰にとっても叶わないものになってしまったのだから。
苦々しげに部屋に残る三人を一瞥して、アランもマークを追って部屋を出ていく。
――僕だけが追放される流れだったのに、パーティーが空中分解してしまったな……
さすがに想定外の展開に、思わず先のジュリアと同じように天を仰ぐソルである。