第053話 『王位継承権者』⑥
「ええええええ!?」
「ちょっとソル、いきなりどういう展開になってるのよ? うわー、すっごい美人!」
だがちょうどその時、貴賓室の扉の前まで到着していたらしいリィンとジュリアの優れた耳がフレデリカの声を捉え、まさかその発言をしたのが第一王女とは知らない二人が驚愕の声とともに乱入してきた。
二人ともソルがお願いしたとおり、完全武装である。
その二人は、衝撃の発言をした女性のあまりの高貴さと美しさに硬直してしまってはいるが。
「……正体を教えても?」
知らぬからには仕方がないとはいえるが、さすがに王族に対して無礼が過ぎる。
さっさと正体を教えて要らぬ心労を取り除きたいソルである。
「ソル様のお手を煩わせることはございません。私の方からご挨拶させていただきます」
だがそれににっこりと微笑んで、フレデリカ自らが自己紹介するらしい。
ある意味宣戦布告でもあるからには、それは正しいのかもしれない。
「ソル様の幼馴染であられるリィン様とジュリア様ですね? 初めまして、私はフレデリカ・トゥル・ラ・エメリアと申します」
王族としての完璧な所作で挨拶するフレデリカに対して、リィンとジュリアは目が点にならざるを得ない。
スティーヴの情報を知らされていなかった二人にしてみれば、なにがどうなっていきなり王女様がソルに求婚することになっているのかなど理解できるはずもないだろう。
「本物の……お姫様?」
「ソル君さあ、いくらなんでも急展開すぎない?」
「正直僕もそう思ってる」
茫然とするリィンとジト目でソルを見るジュリアだが、そんなことを僕に言われてもなあというのがソルの正直なところだ。
黒虎の解散が決まって以降、数日前には想像もしていなかったようなことばかりで、しかもそれはこれ以降もっとひどくなるのは確実なのだ。
今もソルの隣で機嫌よさそうに尻尾をぴこぴこ振っているルーナのような、泰然自若さが求められるだろう。
「ご安心くださいリィン様。私はあくまでも寵姫の一人、それもまだ候補でしかありません。王妃をお決めになられるのはあくまでもソル様の意志です」
「いやあのね?」
「申し訳ありません、お嫁さんというのは私の願望です。正式には後宮の寵姫の一人として迎え入れていただきたいのです」
寵姫だの王妃だの、国を興した覚えもないのに後宮に迎え入れるとか言われても対応に困るソルである。
リィンとジュリアの乱入で思考が一度途切れたが、何の目的でフレデリカがそんなことを言い出したのかソルにはさっぱり理解できていないのだ。
「なるほど。後宮への寵姫については、どの国からでも受け入れるというわけですな」
だがスティーヴは合点がいったという顔をしている。
とんでもない力を持っているとはいえ、ソルたちはいまだ17歳の子供に過ぎない。
世界組織である冒険者ギルドで幹部にまで上り詰めているスティーヴと、王族としての英才教育を受け巨視的な視座を有するフレデリカの思考に追いつけなくても無理はない。
あるいはこの場で一番どうすればいいかを聞くべきは数千年を生きている人を超越した賢者でもある竜、ルーナなのかもしれない。
今の様子はあまりに幼すぎて、皆の脳裏からそういう大前提がすっ飛んでしまっているのだが。
「はい。各国との調整はエメリア王国が致します。それに幸いにしてガルレージュ周辺の『禁忌領域』はイステカリオ帝国などと重複している領土に含まれておりません。汎人類連盟において明確に我がエメリアの領土となっております」
「自らが解放した『禁忌領域』に独立領を立ち上げる、と」
「その通りです。そしてそれを我がエメリアが承認します」
「そのタイミングで王女殿下の後宮入りも発表されるというわけですな」
主導権はエメリア王国が、というよりもフレデリカが完全に掌握する。
それでいて各国からすれば、フレデリカの立場を奪うことは今からでも充分に間に合うと思わせる。
千年の長きにわたり人が手出し不可能だった『禁忌領域』を解放した突然顕れた英雄。
その存在との友好的な関係は、どの国であっても喉から手が出るほどに欲しいものだ。
その関係次第で、現在の勢力図などあっさり覆るほどのモノなのだから当然と言える。
となればソルの寵愛というものが、とてつもない力を有することになるのは言うまでもあるまい。
各国は競って自慢の美姫をソルの後宮へ送り込んでくるだろう。
最初に四大大国の一角、エメリア王国の第一王女が後宮入りしているという事実も、その展開となれば各国の背中を押すのに有利に働く。
見返りに寵姫を送り込むことを決めた各国の領内にある魔物支配領域を、どれでも一つ好きな場所を解放する約定でも宣言すればまず万全だ。
上手くいけば『聖教会』を孤立させることすらも可能かもしれない。
フレデリカにしてみれば、ある程度の犠牲――例えばイステカリオなどの厄介な国家は初手で敵に回って滅んでくれる方がありがたくもあるのだが、そんな思惑はソルの前ではおくびにも出さない。
まずは融和の手を差し出す。
その手を払い退けるような愚者が多すぎなければ、少数の愚者たちがどうなろうがフレデリカの知ったことではないのだ。
その考え方はソルの実際的すぎるそれと奇妙に合致していた。




