第050話 『王位継承権者』③
「あれば?」
だがエメリア王国を生まれ故郷とし、自身の社会的地位の基盤もエメリア王国内の冒険者ギルドであるスティーヴとしては、もしもそうなったらソルがどうするつもりなのかは重要な点だ。
有耶無耶にしておいていい点ではない。
「そうですね。亜人族か獣人族のガルレージュ近郊の適当な集落を拠点にして独立宣言でもしようかなと。その場合スティーヴさんには負担を掛けますけど、最低限文化的な暮らしができるだけの人材、資材の手配をしていただければ助かります。またできるだけはやく冒険者ギルドの支部の設立も……」
「まてまてまて。そんな大陸中を敵に回してお前……」
だが返ってきたあまりにもお気楽なソルの思惑とスティーヴへの無茶振りに対して、思わず常識的な反応をスティーヴはしてしまう。
だが――
「ああ、エメリア王国かイステカリオ帝国、もしくはその連合軍を叩き潰せば自治権くらいはあっさり認めてくれると思いますよ。最悪『禁忌領域』のどれかを残しておいて、その中に集落をつくるのもアリですし。魔物を狩っていればなんとか自給自足もできるでしょうし、短期間であればなんとでもなりますよ」
こともなげにソルはそんなものは逆に殲滅すると断言した。
しかも短期間のうちにだ。
それさえも面倒であれば、連合軍が突撃すれば勝手に全滅してくれる場所を拠点にしてもいいのだと。
「……確かにな。確かにそうだ。なに言ってんだ俺は」
つい先刻、ソルたちに差し向けられるであろう連合軍が総力をつぎ込んでも一ヶ所すら解放できない『禁忌領域』を、すべて解放できると言い切ったソルである。
連合軍など歯牙にもかけないのは当然であり、スティーヴが今もってなお自身がもつ価値基準、戦力基準を更新できていないのが悪い。
あまり頭の悪い問答を仕掛けていては呆れられると、スティーヴは自らの頬を張って思考を一新させた。
「エメリア王国が『解放者』を取り込もうとしてきたら、とりあえずそれには乗るんだな?」
「その方が楽ですからね」
そして自分が持っていて、今なおソルに開示していない情報を有効活用するために改めてソルの言質を取る。
スティーヴはソルがこうと決めていることであれば曲げさせようとは思わないが、選択の猶予があるのであれば可能な限りエメリア王国を有利に導きたい。
スティーヴはごく普通の俗物なので、世界のバランスとか大陸的な視野でみた場合の利益などより、自分が生まれ育ち、知った顔が多いエメリア王国が利を得る方を優先するのだ。
正直、顔も知らん連中の安寧のために、自身や身近な連中に犠牲を強いるつもりなどさらさらない。
それがソルの思惑とも基本的には一致しているのであればなおさらである。
「だったらちょうどいい話がある。本来は『黒虎』に来ていた話だが、マークの奴が売り込んでいた王立軍ってのが近衛だって話を昨日したよな?」
「確かに今、ガルレージュに来ているといっていましたね」
ソルがマークとアランの思惑を伝えた際、納得したように『百手巨神』と同時に、王立軍の近衛も来ているという話を確かにしていた。
「実は王族が来ている。お忍びだが第一王女だ。王位継承権は第三位」
「またどうして?」
近衛とは本来、王族の守護のために存在する。
とはいえ王位継承権を持った王族が、ある意味においては最前線とも言えるガルレージュにお忍びで来ることなど、本来はまずありえないことだといえるだろう。
数多の魔物支配領域はもとより、イステカリオ帝国との国境付近でもあるのだから。
よってソルの疑問は妥当なものだ。
「第一王女様は女にも拘らず現王が王位継承権を与えたほどの傑物らしい。第三位とはいえな。本気で王位を狙うつもりか、それとも二人の兄から自衛するためなのかは知らんが、どちらにせよ戦力を求めているのは間違いない。その候補に『黒虎』が上がっていたってことなんだろうな」
スティーヴが説明したとおり、軍に所属しながらも自身の私兵となる対象を探していたということで間違いないだろう。
それもただの私兵としてではなく軍属を前提としているということは、王立軍内において指揮権をはじめとした影響力を広げられるほどの実力者を求めていたということだ。
つまりソルの見立てでは自己防衛というよりも、国を軍部から獲りに行っていると見た方が正解に近い。
現王が王女であるにも拘らず、王位継承権を与えざるを得なかったほどの傑物というのは本当の話とみえる。
己の生命線ともなる対象者は、自分の目で見て確かめたいということだ。
そのためには我が身を最前線に置くことも厭わないあたり、胆力についても申し分ない。
安全な王宮内で、机上の陰謀を巡らせて才人を気取るタイプではないらしい。
「それがマーク1人になったから断ったってことですか」
なるほどそういう対象として『黒虎』に期待していたのであれば、さぞや落胆したはずだ。
期待した戦力が1/5になってしまったことよりも、仲間内ですら結束できていないパーティーを抱え込んだところで私兵としての職務はもとより、軍部内で影響力を広げるなどということはとても期待できないからだ。
求心力のなさを露呈したリーダーがのこのこと単独で参加を希望しても、すげなく袖にされるというのはよくわかる話である。
「そんなところだろ。御本人は隠しておられるつもりだが、俺には『第一王女』って見えちまうんでな。だから俺は知らん顔して第一王女様をソルにつなぐ」
「なるほど。それでルーナの力を見せつけて、味方につけるってことですか」
「御明察」
本来期待していたものとは違うだろうが、今のソルであれば第一王女の国獲りに有効な力を提示することができる。
相手が王女としてガルレージュに来ているのであればいかなスティーヴとて御目通りも叶わぬ相手だが、お忍びのために偽っている身分であればある程度のごり押しも利くということだ。
今の段階ですでに一度会えている時点で、確かにスティーヴのアイデアは悪くない。
なあにこっちは相手の正体を知らなかったのだからしょうがない。
それにソルとルーナの力を知れば、文句を言うはずもない。
スティーヴの考えはそんなあたりだ。
「だったらちょうどいいデモンストレーションを今夜できると思います。深夜になると思いますけど、王女様に起きておくように仕向けることは可能ですか?」
であればソルにもいいアイデアがある。
今夜中にケリをつけようとしている案件は、アランの背後にいるものによってはかなり派手なことになる。
たとえしょぼかったとしてもアランとて魔法使い、ある程度派手な演出は利かせられると判断した。
ルーナが戦うところを見てもらうのが一番手っ取り早いので、ソルには悪くないアイデアに思えた。
「そりゃ伝えるくらいは簡単にできるが……なにをしようってんだ?」
スティーヴは訝しんだ。
「スティーヴさんも今夜、空を見上げてくれていればわかりますよ」
「なにやらロマンチックに聞こえるハナシですなあ」
「ははは」
こうしてソルがアランとその背後にいる存在を処分することを、第一王女に対するデモンストレーションとすることに相成ったわけだ。
結果は相手がしょぼいどころかかなり派手だったため、王女のリアクションがソルとスティーヴの想定をはるかに超える結果になってしまったわけではあるが。
まあスティーヴが言うとおり、大筋は二人の狙い通りに推移していることは違いない。
第一王女がその表面的な清楚さ可憐さに反して、ちょっと猛禽類っぽい視線でソルを見るようになったという弊害がある程度である。




