第005話 『解散』②
「だから俺たち『黒虎』が軍属となろうが、大手クランに参加しようが、もはやソルには関係ねーんだよ!」
「マークの言い方はどうかと思いますが、その通りです。事実、王立軍上層部からも、声をかけてくださっている大手クランからも、貴方の実力は疑問視されています。それに――」
確かに酒も入っている。
そんな状態のときに、マークとアランの二人にしてみればもはやパーティーの戦力としてほとんど寄与できていないとしか見えないソルが、もっともらしく子供の頃の絵空事を持ち出してきたことが気に障ったというのもあるだろう。
他の冒険者と隔絶した戦闘力を持っているからこそ、自分たちが子供の頃夢見た「すべての迷宮を攻略する」という目標がいかに大それたものだったのかを今では実感しているということもある。
A級パーティーと認められるほどになりおおせた自分たちであっても、言ってみれば地上の魔物支配領域の大型魔物を討伐することが関の山なのだ。
それでも冒険者ギルドや世間から見れば100年単位の偉業であり、A級パーティーとして評価される実力はお飾りなどではない。
だが辺境領の名もなき『迷宮』ですらその最下層もわかっていない、それどころか二桁階層にさえ攻略の最前線が届いていない。
その現実を思い知っているもはや玄人としては、子供の絵空事を本気で信じて口にすることなど、とてもではないができはしないのだ。
大型魔物であるバジリスクを余裕で討伐したと信じ切っているマークやアランでさえ、迷宮下層部の魔物たちはたとえ小型であっても心の底から恐ろしい。
一度調子に乗って第九階層に挑んだ際に味わった彼我の戦力差、その圧倒的ともいえる隔絶感は、これから先何年冒険者としての研鑽を重ねたとしても覆せるとは思えない。
運よく魔物と戦える『能力』に恵まれようが、それには限度というものがある。
迷宮深部に生息しているような魔物たちには、絶対に人の力は及ばない。
竜すらも打ち倒せる勇者や英雄がその存在を赦されるのは、神話や伝説、御伽噺の中でだけなのだ。
マークとアランはこの2年間でそれを思い知った。
だが道理を弁えずに勇者や英雄の真似事を現実で続けようとする者に待っている未来は――
「――貴方も死にたくはないでしょう?」
「確かに……死にたくはないね」
ソルは自失をなんとか立て直し、言って聞かせるようなアランの言葉を素直に肯定する。
それは嘘でもなんでもないからだ。
ソルとて子供の頃の夢を果たすためなら、たとえ死んでもかまわないなどと考えているわけではない。
さすがに「夢に向かって前のめりに死ぬのなら、それは短くとも充実した人生なのだ!」と曇りなき眼で断言できるほど振り切れてはいない。
「でしたら、今が貴方にとって潮時ではありませんか?」
上から目線である事は間違いない。
自分たちと比べて直接的な戦闘能力が皆無に等しいソルのことを蔑み、見下していることも確かだろう。
明確に除名だと宣言したことによって、もはやその感情を隠そうとしていたこれまでの努力も完全に放棄している。
それでもアランのその言葉とマークの視線には、自分だけではなくソルにも死んでほしくないという想いも、僅かにとはいえ確かに存在している。
半ば茫然としつつも、なぜかそれだけはソルにも伝わった。
「なるほどなあ……そうきたかぁ」
マークやアランの自分の力に対する過信やソルを見下す原因は、『プレイヤー』についてすべてを語らなかったソル自身の責任が大きい。
それに蔑み馬鹿にしつつも、その根底には幼馴染に対する心配も含まれている。
それらのことも踏まえてソルは怒りや絶望よりも、どこか脱力したような感覚を得ていた。正直なところ、少し笑えもする。
それはソルの『能力』をわかっていないマークやアランを馬鹿にして、同じ蔑みを返すような不毛な笑いではない。
――自分でも、限界を感じていたのは事実だしなあ……
自分は頼りない仲間として、心配されている。
そしてマークやアランたちは、この2年に渡る実戦を経て体感した現実というものを知り、だからこそ現実的な成功を積み重ねていく道を模索し始めているのだ。
そんなところへ一番弱いと看做されているソルが、能天気に子供の頃の夢を捲し立ててきたとなれば頭に来るだろうということも理解できてしまった。
A級となった『黒虎』の一人として、その戦闘能力を期待される戦場へソルを連れて行くことは死と隣り合わせだと判断されている。
だからこそ除名を宣言されたのだ。
正直に言えば、それはソルの側も本質的には同じだったから怒る気にはなれなかった。
自分の夢を本当に叶えたいのであれば、『黒虎』ではもうダメなのだと本当はわかっていたのだ。
今回は『プレイヤー』の本当の力を説明することによって乗り切れるかもしれない。
だがこのままA級パーティーとして戦闘をいくら重ねても、迷宮深部へ挑めるように自分たちがなれるとはとても思えない。
早晩、限界がやって来るのは目に見えている。
そして迷宮や魔物支配領域で迎える限界とは、誰かの――いや事と次第によっては『黒虎』全員の死を意味するのだ。
そうと知りつつ、「幼馴染たちと一緒に夢を果たしたい」という自分の望みに巻き込み続けるというのは、力に奢って仲間を見下すことよりもよほどたちが悪いと言えるだろう。
蔑まれながらでも心配されていることも悟った時、ソルは自分の夢が――『黒虎』では世界中の迷宮の攻略は不可能なのだという現実から、目を背けることを止めたのだ。
「ソル、お前……」
だからこそ思わず出たソルの台詞だったのだが、その気の抜けたような様子はマークの神経を逆なでするのには充分なものだったらしい。
心配していることも事実とはいえ、ソルのことを自分たちの強さについてこられない落ちこぼれだと見下していることもまた事実。
酒が入っていることもあり、愛憎綯交ぜになった感情こそが極端な行動を取らせる切っ掛けとなることはそう珍しいことでもない。
だが――
「ちょっといいかな? リーダー、サブリーダー。私はこのこと一切相談されてなかったんだけど、私だけかな?」
「アタシも同じ。一切聞いてないよー」
激高しそうになったマークが思わず黙り込まざるを得ないような、底冷えをした声でリィンがソルの除名について聞かされていないことを確認する。
怒ったリィンが一番怖いことを知っているジュリアは、慌てて自分も同じくまったく聞かされていなかったことを表明した。
マーク、アレンではなく、リーダー、サブリーダーと呼びかけているあたり、深く静かにリィンが切れていることを同性として付き合いの長いジュリアは察せている。