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第004話 『解散』①

 エメリア王国北部辺境区、城塞都市ガルレージュ。


 その市街区中心部にある冒険者ギルド支部の二階、B級以上のパーティーであれば自由に使える個室には今、『指定魔物支配領域開放』任務達成によってA級昇格を確実としたパーティー『黒虎(ブラック・タイガー)』のメンバーたちが全員揃っている。


 討伐した領域主(バジリスク)の処理は冒険者ギルドに任せ、同じくギルドが用意してくれた上等な馬車で帰還しているのでそれほど疲労は深くない。

 パーティー結成以来最大となる、今日の大成果を喜び合うくらいの体力は充分に残っている。


 みんな笑顔だ。


 肥沃な魔物支配領域の開放という、莫大な利益をもたらす重要任務を見事クリアしてみせた祝いなのだろう。冒険者ギルドが手配した豪華な料理や酒が潤沢に用意されており、ちょっとした内輪の祝賀会といった風情だ。


 ――生活レベルだけでいえば、大成功者の域まで来たよなあ……


 今の自分たちの状況を俯瞰して、我ながら感心してしまうソルである。


 『プレイヤー』という能力に恵まれ、同じ村出身の幼馴染5人で辿り着けた立ち位置としてみれば、文句のつけようのないものだろう。


 今この場に用意された料理も酒も、御貴族様方が嗜まれているものとなんら遜色ない。

 パーティーメンバー個々人の資産にしても、並みの冒険者はもとよりそこらの商人など比べ物にならないほどの額をすでにみなが保有している。

 全員がこの城塞都市ガルレージュの一等地に屋敷を構え、マーク、アラン、ジュリアの3人に至っては執事やメイドまで雇っているほどなのだ。


 その上今日倒した領域主、希少魔物である『バジリスク』も冒険者ギルドから高い査定で買い取られ、高難度任務を達成したことによる報酬も併せて一層資産が増加することはすでに約束されている。


 絵本であれば今日の領域主討伐とこの祝勝会の様子を最後のページとして、「めでたしめでたし(ハッピー・エンド)」で終わってもなんの不思議もない。


 だがソルの目指す場所は、こんな風な世俗の贅沢で満足できるものではないのだ。


 『プレイヤー』という能力を手に入れるよりもずっと前、物心ついたとほぼ同時に憧れた「冒険者としてすべての迷宮を攻略する」という絵空事()は、今もなお色褪せずにソルの胸を焦がし続けている。


 だがそれは、ソルが幼い頃に夢を共有した仲間たちすべてがそうだというわけではない。


 普通であれば望むべくもない成功を手に入れたからこそ、「その先」よりも安定や、また別の安全な道での栄達を望んでしまうのは仕方のないことでもあるのだ。


 その成功が、己の力で得たものだと信じていればなおのことである。


 だからこそ、今夜ソルの夢は一度完膚なきまでに(つい)える。


 物心ついた頃から共に夢見た村の仲間たちと共にすべての迷宮を攻略することは、もう叶うことはなくなるのだ。


◆◇◆◇◆


「――え?」


「聴こえなかったのか? ソルは今日で俺たち『黒虎(ブラック・タイガー)』を除名(クビ)だと言ったんだ」


「……それがリーダーであるマークと、サブリーダーである私の判断です」


 ソルは言われた言葉の意味がよく理解できず、本気で茫然としてしまっている。

 そこへ重ねて同じことを繰り返し告げるマークと、それを聞き間違いなどではないと保証するアラン。


 結果としてかなり広い室内は、一瞬でしんとした静寂に支配されてしまった。


 『黒虎』がA級パーティーへの昇格条件を満たした祝いの席はメンバー以外がいない中で食事と酒が進み、最初はもう何度繰り返したか自分たちでも覚えていない子供の頃からの思い出話を、飽きもせず繰り返して盛り上がっていた。


 幼い頃の冒険者ごっこ。


 村はずれの秘密基地で、自分たちが『ちょうゆうめいパーティー』となってすべての迷宮を攻略することを、各々が手作りの玩具の剣や盾、杖に誓ったこと。


 12歳となる年の元日、1人も欠けることなく5人全員が冒険者となることが可能な『能力』を授かった時の高揚と決意。


 夢見ながらも、まさか本当に通えるようになるとは思っていなかった王都の王立学院で、『奇跡の子供たち』と憧れを以って見つめられながら優等生(エリート)として暮らした3年間。


 そして王立学院の首席パーティーとして卒業し、王立軍からの誘いを断って新パーティー『黒虎』を立ち上げた時の緊張と、半ば虚勢でもあった自信。


 そこから他の追随を許さぬ破竹の快進撃によって、たった2年でB級パーティーにまで駆け上がった勝利と栄光に満ちた記憶。


 今や大陸中でも十指に満たないA級パーティーになることも確実とし、寒村出身の17歳の身では、本来想像すらできないほど豊かで刺激的な日々を己が日常としている万能感。


 ここまでは基本的に、全員が料理と酒と自分たちの成功を楽しめていた。

 互いの齟齬や顕在化しつつあった深刻な不満などは、きらびやかな成功の前にあっさり消えてしまったかのごとく。


 だが酒が進み、『黒虎』のこれからに話が移ったあたりからきな臭くなってきた。


 A級パーティーにまで駆け上がった実績を以て、しばらく冒険者活動を続けた後は軍に入って栄達を望むマークと、パーティーごと有力な冒険者クランに好待遇で迎らえることを目論むアランが軽く揉め始めた。


 女性陣は「また始まった」と流していたのだが、いつもは女性陣と同じように苦笑いしているだけだったソルが、珍しく二人の話に割って入ったのだ。


 やっとA級になれたのに、自由に動けなくなる軍への参入は論外。

 どうしたってしがらみに囚われることになる大手クランへの参入も、メリットよりもデメリットの方が多いと熱弁を振るった。


 戦力的にはまだまだ不足しているとはいえ、A級となったことでいよいよ他国の冒険者ギルドへ遠征できる立場になれたことに高揚もしていたのだろう。

 それに今まですべてを語っていなかった『プレイヤー』の能力についても、このまま隠し続けることには無理があると判断し、A級になったこの際すべてを話しそうと決意していたというのも大きい。


 だが「A級になったこの際だから言ってしまおう」と思っていたのは、なにもソルだけではなかったということだ。


「先に言っておきゃよかったよ。おかげで実力もない奴に、軍に所属するのはおかしいだの大手クランに所属するのは約束が違うだの、クソみたいな戯言を聞かされなきゃならんハメになっちまった」


 マークが舌打ちをした上、吐き捨てるようにして言葉を紡ぐ。


「貴方の『能力』がパーティーにとって有効であることは否定しません。ですがそれはC級パーティー程度であればの話です。すでにB級となった私たち『黒虎』において、貴方は明らかに足手纏いでしかなかった。今日の戦闘でも然りです。その上これからはA級となる私たちにとって、もはや貴方は不要な存在なのです」


 苦笑いを浮かべつつ、真実を知らない者――つまりはソル以外の者たちにはもっともに聴こえる辛辣な評価をアランが静かに告げる。


 だがそれは、絶望的にソルの『能力』を誤認している。

 そしてそれはリーダーであるマークも全く変わらない。


 演技などではなくいつも自分たちの戦闘能力を羨ましそうにしているソルが、まさか自分たちの力をすべて与えてくれている存在なのだとは夢にも思っていない。

 マッピングや索敵、敵の行動把握など、駆け出しから中堅の冒険者にとっては確かにありがたいパーティー補助に特化した『能力』なのだと誤認している。


 A級になるまで経験を積み上げた自分たちには、もはや不要なものだと信じ切っているのだ。


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