第039話 『怪物たちを統べるモノ』③
「いまさらですか?」
だがその期待、あるいは甘えをソルはバッサリと切り捨てた。
マークはソルがこんな感じになるところを何度か見ているのでよく知っている。
これはソルが敵だと認定した相手に見せる態度に限りなく近いものだ。
おそらく自分はまだ、完全にはソルの敵だとまで看做されてはいない。
だがただそれだけで、限りなくそれに近い判定をされている。
助けを求めるようにリィンとジュリアへ交互に視線を飛ばすマークだが、リィンには完全に無感情な瞳で見つめ返され、ジュリアには呆れたように溜息をつかれた。
だがそんな様子にですら、まだマークとアランの二人を一応は幼馴染として認識している感が辛うじて残されている。
だがそういう部分では一番甘いはずのソルには、ヒトカケラの残滓すらも感じることができない。
それがマークには一番理解できない。
ソルが冒険者ギルドへ入ってきた時には、いや自分たちが話しかけた瞬間ですらまだソルが一番幼馴染としての空気を漂わせていたはずだ。
理屈や態度では結構厳しいことを口にする癖に、頼み込んだら最後は折れてくれるマークが良く知る、お人好しのソルの顔をしていた。
それがなぜこの一瞬でこうまで付け入るスキがなくなってしまったのかが理解できなくて、アランに続いてマークも黙り込むことしかできなくなってしまった。
「君たちじゃ話にならないな……じゃあ、ここからは私が話をさせてもらっていいかな?」
まるで埒の開かない様子を確認して、最も近いテーブルで酒ではなく果実水を呑んでいた巨漢が立ち上がり、マークとアランの前に出てソルに話しかける。
「貴方は?」
ソルは特に警戒の表情も浮かべずに、介入してきた巨漢へと問いかける。
マークとアランは見てのとおり気位が高い。
それはガルレージュという場所に限定された井の中の蛙なのかもしれないが、冒険者ギルドがA級と認めた実力は大陸共通だ。
城塞都市ガルレージュ支部限定A級、などと言うものは存在しない。
つまり自分たちでは開けられない埒を開けるべく介入してきたこの巨漢に対して、マークとアランが「うるさい!」だの「貴方に助けて下さいとでも私が言いましたか?」だの、暴言を投げつけない時点で二人が格上だと認めている相手だということは間違いない。
マークとアランに、ソルを説得するよう命じた本人である可能性が高い。
「これは失礼。私はクラン『百手巨神』に属するA級冒険者で名をハンス・オッカムという。戦斧使いだ」
そう言ってこれ見よがしに巨大な戦斧を掲げて見せる。
先刻の威と殺気など歯牙にもかけなかった自分に対して、強がりでも間が抜けているわけでもなく、それでも特に警戒した様子を見せないソルの様子を興味深そうにしながら、巨漢は自らの名をハンス・オッカムだと名乗った。
ハンスがリーダーを務めているのであろうパーティーメンバーたちもそれぞれ椅子から立ち上がり、ハンスから一歩下がった位置に整列する。
誰もが巨漢であり、パーティーとしてはもちろん、各個人でもA級認定されている兵ばかりなのだろう。
個人ではB級であり、パーティーとしてもA級になり損ねた元『黒虎』のメンバーたちとはその所作からして、格の違いを感じさせるだけのものを身に纏っている。
優秀とはいえたった2年の『黒虎』とは、重ねてきた実戦経験が決定的に違うのだ。
ソルの介入なしに正面から模擬戦を行った場合、まず間違いなく『黒虎』は敗北するだろう。
「初めましてハンスさん。僕はソル・ロックといいます。ですが確か『百手巨神』はアランに興味があったはずでは?」
「交渉窓口だったのはアラン君で間違いないけど、私たちは『黒虎』というパーティーを勧誘していたつもりなんだよね」
「であればなおのこと、元リーダーは王立軍に入るつもりだと聞いていますが」
「それは断られたってさ」
きちんと相手が名乗ってくれたので、ソルも丁寧に対応する。
敵でないならば要らん火種を生む必要などないし、話を聞く時間すらないというわけでもない。
昨夜のマークとアランの発言と、スティーヴから聞いた情報を合わせて話を先へと促すソルである。
ソルが知る限りであれば、王立軍も百手巨神もソルには興味を持ってなどいなかったはずだ。
にもかかわらずこうしてソルに話しかけてくるということは、リィンとジュリアがソルとはセットなのだと判断したということだろう。
それはとりもなおさず、マークとアランの二人だけでは大手クラン『百手巨神』が特別扱いしてまで取り込むにしては旨味が少ないということでもある。
王立軍も同じ判断らしく、リーダーでありながら自分のパーティーすら掌握できていないマークを、単独でも優遇条件で受け入れることを拒否したらしい。
マークにしてみれば言いたいこともあろうが、昨夜の様子から『黒虎』として売り込んでいたのだろうから、一方的に反故にされたというのは少々苦しい。
王立軍の「話が違う」という判断に同意する者の方が多いだろう。
マークは自分でもそれがわかっているからこそ、せめてアランと合流することで己の価値を高め、王立軍ではなくとも大手クランに所属することをよしとしたのだ。
それを受けて『百手巨神』としてはマークの単独だけなら要らんと短絡的な判断をした王立軍を出し抜き、まあお荷物込みでもこの際『黒虎』全員を取り込むことに利を見出したということだろう。
「軍人さんの考えることはわからないよね。でも『百手巨神』はアラン君一人でも、マーク君一人でも、もちろん二人一緒でも大歓迎だ。A級相当の魔物と戦える人材は是非とも欲しい」
「はあ……」
「つまり『百手巨神』としてはリィン君とジュリア君もぜひ欲しいんだよ。正直この交渉を受け持った私の評価にも直結するしね」
「なるほど」
「だから僕の独断で、ソル君も含めた『黒虎』5人全員で『百手巨神』に参加してもらえないかというお願いに来たんだ。ソル君の待遇はもちろん他の4人と同等にすることを約束する。心配ない、本部は私が説得するよ」
聞き役に徹するソルに対してハンスが語った内容は、ほぼソルの予測通りだった。
お荷物込みであっても5人セットであれば価値はある、というよりも鉄壁とまで呼ばれている盾役と、癒しの聖女として名高い回復役こそが最も重要なのだろう。
その二人が欠けていては今回の勧誘に意味などなく、逆にその二人さえ手に入るのであればお荷物込みであってもまあよかろうと言ったところだ。
ご丁寧にお荷物の待遇の保証まで明言してくださっている。
マークとアランにしてみれば業腹ではあろうが代りが利く攻撃役よりも、盾役と回復役を確保するために重要なのはお荷物の方だと認識しているということでもある。
「……貴様」
だがあからさまにソルを馬鹿にした態度に、ルーナが静かに前に出ようとする。
今度はそれをソルが後ろから捕まえるようにして止め、予想外の接触にルーナがあたふたしている。
御主人様を軽んじられて怒った奴隷と看做して微笑ましく、だがこれ以上ないくらい上から目線で見下しているハンスは、今自分がソルに命を救われたことに気付けているわけもない。
なにが度し難いかと言って、ハンスとしては本心から「ソルにとってとてもいいハナシ」を持ってきているつもりということだろう。
冒険者としての実力はまるで足りていなくても、とても重要な戦力である二人の女性をたらし込んだ手柄で特別扱いしてあげようというわけだ。
――まあこの状況だと、そう思われるのも仕方ない部分もあるかな……
リィンとジュリアが左右に立ち、腕の中にルーナを抱えている。
背後の3人もうち二人は幼いとはいえ女の子だ。
――でも僕がそんなに女受けよさそうに見えますかね?
ある程度は仕方がないかと諦観しつつも、女たちを手玉に取って実力以上の利益を貪っているクズ男だと看做されているのにはやはり納得がいきかねるソルである。
 




