第038話 『怪物たちを統べるモノ』②
「……マーク、アラン」
ソルの方はもちろんプレイヤーの能力で、冒険者ギルド内にマークとアランの二人がいることは入る前には把握できていた。
とはいえ自分たちがコソコソする必要などまるでないし、向こうから話しかけてくることもないだろうと判断していたので正直意外さを感じている。
なによりも妙に親し気というか、声を掛けさせられている感アリアリの張り付けたような笑顔が気持ち悪い。
アランは腹芸が得意なつもりらしいからまだわかるとして、昨夜「もういい」と言って解散を宣言したマークが昨日の今日で向こうから、しかも笑顔で声をかけてくるというのは予想外が過ぎる。
つまりなにか自分たちの矜持を曲げてまで笑顔でソルに話しかけなければならない、逼迫した事情が発生したのだとしか考えられない。
間違いなく面倒ごとなので、ソルはうんざりした表情を思わず浮かべそうになる。
昨日の今日とはいえ、今更来られてもいろいろともう遅い。
この場にいる幼馴染5人で、昨日までのように依頼や任務を請け負うことはもう二度とありえない。
それでも付き合いの長い幼馴染たちが本気で困っていることを知ってしまったら、譲れるところは譲ってしまいそうな自分自身に我ながらうんざりしてしまうソルなのだ。
「おや、子供たちを集めて冒険者ごっこでも始めるおつもりですか? 装備だけは立派なものを買い与えているようですが」
だがある意味いつもどおりとも言えるそのアランの嫌味で、ソルの顔からすっと表情が抜け落ちる。
ソルの頭の中でカチリと音が鳴るようにして、本当に二度と取り返しのつかない切り替えがたった今起こったのだ。
「アンタたちはわざわざ喧嘩売りに来たの? 暇ねー」
エリザたちのことをすでによく知っているジュリアは、自分たちも実は「村人」に過ぎないくせに見下した発言をするアランに嫌悪を覚え、棘のある言葉を投げつける。
「なにを言ってんだ、アラン?」
だが一方のマークは、アランが突然なにを言い出したのか理解できなくて慌てている。
アランが嫌っている相手に不必要な嫌味を投げかけることはいつものことなので、そこを不思議に思ったわけではない。
その内容があまりにも的外れすぎて驚いたのだ。
確かに初めて見る彼女たちに武器を提供したのはソルなのだろう。
自分たちの装備と同等のものなど、高位冒険者だからとておいそれと手に入るものではないからだ。
だがたとえそうだったとしても問題なくこのクラスの装備を身に纏えるということは、少なくとも自分たちと同等の冒険者であることに間違いはない。
まさか本当のただの子供にニセモノをわざわざ着こませてまで冒険者ギルドを訪れるような馬鹿な真似を、ソルたちがする必要などどこにもないのだから。
「…………すみませんでした」
一瞬だけしまったという表情を浮かべたアランは、丁寧に頭を下げる。
アランはマークと同じくなんのためかは理解できなくても、これが茶番だと確信している。
なぜならば、アランはエリザたちをスラムの組織に属する下っ端どもに過ぎないと知っているからだ。
ソルの能力を理解できていないアランにしてみれば、そんな連中が自分たちと同等の装備を身に付けられるはずがないと確信しているので、「ごっこ遊び」だと評したのだ。
だがなんのためにこの場で自分とマークが阿呆みたいにソルが訪れるのを待ちぼうけていたのかを思い出し、余計なことを言ったと自覚したから謝ったのだ。
一方的に挑発しておいて、丁寧に謝る。
それで機嫌を直さない相手が大人げないのだと、賢しらに語るのがアランの常だった。
それが賢者の振る舞いだと本気で思っているのは、実はアラン本人だけなのだが。
常に自分が強者側でいることに慣れ過ぎてしまっているのだ。
自分よりも強者にそんな態度を取ったら自分がどうされるか、自分が弱者からされた場合にどうするかを想像すればだれでも簡単に理解できる。
だからこそ世には自分より強い者などいくらでもいる、いる可能性があると理解している本物の強者たちほど、強さによって相手に対する態度を替えたりはしないものなのだ。
だが――
「いや? 逆にごっこ遊びはもうやめて、これからは本格的に冒険者を始めようと思って、今日クランを立ち上げたんだよ。彼女たちはうち――クラン『解放者』所属の最初のパーティーになる予定の3人なんだ」
今のやり取りで自分がなにを切り替えたのかを悟られないように、ソルは敢えて強烈な嫌味を一応は謝罪したアランへと叩きつけた。
興味津々で双方のやり取りを聞いていた酒場の冒険者たちがみな、思わずざわつくほどの強い言葉だ。
つまりたった2年でA級パーティーまで駆け上がった実績を持つ『黒虎』での活動こそをごっこ遊びだったと切って捨て、解散したおかげで今日からはやっと本当の冒険者としての活動を始められると元副リーダーに言い放ったのだ。
足手纏いがいなくなったので、やっと今日からそれができますよ、と。
アランはこの手の侮辱に敏感だ。
それも自分自身が格下だと確信しているソルから言われたとあっては、捨ておくことなどできない。
ましてやここは個室などではなく、多くの冒険者たちの耳目を集めている場所なのだ。
冒険者として、舐められたまま放置しておくわけにはいかない。
アランは無表情を装いながら頬と耳を真っ赤に染めて、無言でソルとの距離を詰めようと一歩前に出た。
その瞬間、リィンとジュリアよりも速くルーナがソルの前に移動したが、それ以上アランがソルに近づいてくることはなかった。
マークがその肩を掴んで止めたのだ。
だがその動きを察したリィンとジュリアが傍からはまるでわからないようにほんの少し体を落としてかかとを浮かせ、どんな状況へも即応できる態勢へと移行した。
エリザたちもまだそういった手慣れた動きは無理でも、自分たちなりに即応できるよう、与えられたばかりの武器を抜かないまでも震える利き手で握りしめる。
高位冒険者だけが発すことができる圧が、冒険者ギルド内ではあれど一触即発の空気を形成してゆく。
ソルを除いても5vs2ではマークとアランの分が悪い。
さすがに冒険者ギルドの規律を優先せざるを得ないマークとアランに対して、少なくともリィンとエリザたち3人はそんなものを気にしていないというのも大きい。
止めたマークの判断は正しいと、この場にいる多くの冒険者たちの誰もがそう判断している。
それと同時にアランが馬鹿にした子供に見える新参者たち3人も、間違いなく高位と呼ぶに足る力を持っていることを再確認した。
格好だけのニセモノにはけして出せない、能力を持ちそれを鍛えたものだけが纏える威を、確実に3人ともに放っていたからだ。
わかりやすくアランに叩きつけた、怯えの裏返しでもある殺気が強かったということもある。
だがそのアランはエリザたちの正体を知っているからこそ、内心その事実に驚愕している。
ただのスラムの子供たちが、自分とそう変わらぬ威を発することなど可能であっていいはずがないからだ。
――どんなカラクリですか、これは。
己の力も同じカラクリに基づくものだと気付けないアランは、間抜けにも一人で警戒を深めている。
「……ソル、とりあえず話だけでも聞いてくれないか?」
激発しかけたアランを制したマークが、似合わない笑顔でソルに話しかける。
その表情の裏側は、実は怒りや焦りよりもどうしてこんな状況に自分が置かれているのかが理解できない困惑が一番強い。
マークにしてみれば自分一人であっても、軍に入れればそれでいいと考えていた。
まさか一夜でそれが反故にされ、自分が愛想笑いを浮かべてソルと仲直りをせねばならなくなるとは全く考えていなかったのだ。
この期に及んで自分が下手に出さえすれば、仲直りできると思っているあたり本質的にはアランとあまり変わらないマークではあるのだが。




