第032話 『ピグマリオン』③
「今まで回った店ではこれからも自由に買えるようにしておいた。そのカードを見せればエリザたちじゃなくても大丈夫だから、組織の誰かに行かせてもかまわない。ただカードをなくした時にはすぐに連絡して欲しい。あと店から購入明細が月毎に僕のところへ届くから、エリザたちもなにに使ったのかを自分たちで管理して、毎月リィンに報告を上げてくれればいい」
魔物の鱗を加工して作られた特殊なカードをエリザに手渡しつつ説明するソル。
流石にソルにしても、まったく管理すらしないというつもりはないらしい。
その実務はリィンに丸投げするという、なかなかにひどい発言をさらりとしてはいるが。
その面倒ごとを押し付けられたリィン本人がとても幸せそうにしているので、「あほくさ」以外にジュリアが言うことはなにもない。
まあ同じ女として、莫大な資産の管理をさも当たり前のように任されることを嬉しいと感じてしまうというのはわからなくもないのだが。
想い人からの絶対的な信頼とは、根拠が乏しく移ろいやすいと感じてしまう愛情とはまた違った類の喜びを得られるものなのだ。
ソルやリィン、ジュリアら高位冒険者であれば自然と身に付けている「金は自分の力が兌換されたものに過ぎない。ゆえに一番大事にするものではない」という感覚を理解できるのは、自身もその立場にならない限り本当の意味では不可能だ。
今のソルはちょっとそれが行き過ぎているとはいえるのだが。
エリザたちもソルに選ばれたからにはそう遠くない未来にその感覚を理解できるだろうが、それまでは大金を湯水のごとく投資される重圧に耐えてもらうしかないのだとリィンもジュリアも諦めた。
お金の借りはお金で返せるだけまだマシなのだ。
それを可能とする力を与えられていることこそが、どうやっても返しようのないものだとエリザたちが理解するのはもう少し先になるのだろう。
今のリィンとジュリアのように。
「承知しました。なにをどれだけなんのために購入したのか、その効果と結果もできるだけ詳細、具体的に報告いたします。ですが本日買っていただいたような高級品が必要となった場合、ソル様にご同行願えれば助かります。よろしいでしょうか?」
「いや、今日買った程度のものであれば自分たちで判断して欲しい」
「……承知致しました」
だがまだお金こそが誰もが追い求めるモノだという考えから脱却できていないエリザにしてみれば、それを得るのではなく使う際にはソルの判断を求めてしまうのは仕方がないことだろう。
縋るような懇願もすげなく断られてしまい、切なげに目を伏せてしまうエリザである。
だがソルにしてみれば、服だの装飾品だのを買うためにいちいち付き合ってなどいられないのも確かだ。
多少無駄な贅沢を楽しむ程度、やるべきことさえやってくれるのであればさほど問題でもない。
ソルが与えた能力があれば、遠からずその程度の贅沢など自分の稼ぎでいくらでもできるようになるのだから。
逆にソルに遠慮するあまり必要なものすら自分では手配できない、その判断もできないという方が問題だ。
当面の目的がスラムの組織を統べることであるからには、ボスであるエリザにはその程度の判断は自分でできるようになってもらわねば困るのだ。
ある程度の失敗はしてもかまわない。
それをフォローできるだけの資金力をソルは持っているのだから。
失敗を恐れるあまり、なにもしない方がソルにとっては論外なのである。
そういう責任を普通に13歳の少女に求めるあたり、ソルはシビアであるとも言える。
「さてじゃあ、本命に行こうか」
「え?」
「いや服とか家具買って終わりでどうするのさ。エリザたちの冒険者としての装備を揃えるのが、今日一番の目的だったでしょ」
「……そうでした」
エリザはなまじ頭がいいだけに、ソルから求められていることをある程度とはいえ理解できてしまう。
そのため感じている重圧はヨアンやルイズよりも強くなっている。
今までの買い物など前座に過ぎず、自分たちが冒険者として活動し、スラムの組織を統べるための武装を整えることこそが真打なのだということを、つい失念してしまうくらいに。
「頼むよ。ああ、装備を更新する時はできるだけ僕も同行するようにする。それでいいかな?」
「……いいんじゃないでしょうか」
ソルの確認はエリザに向けたものではない。
ソルが「買い物に付き合うつもりはない」とエリザに告げた際、まるで自分が断られたかのようにつらそうな表情を思わず浮かべてしまっていたリィンに対するものだ。
毒の無い笑顔でそう確認してきたソルに、内心を見抜かれていたことを理解したリィンが頬を朱に染めて俯いてしまった。
恋敵とか新参者だとか関係なく、慕う相手に無碍にされることがどれだけつらいのかリィンには理解できてしまうのだ。
世間一般的にはそれを甘い、もしくは無意識による上から目線の同情と断じられる類のものだが、ソルはそういうリィンを良いなと思ってしまう。
肝心の相手にそう思われているのであれば、外野にどう思われようが関係ないだろう。
ただしそう思われていることを、リィンが知ることをできればという話ではあるが。
「やっぱソルはわざとよね?」
「なにが?」
表面的なやり取りだけを客観視していれば、圧倒的な力を持った男が自分に想いを寄せる小娘を手玉に取っているようにも見えてしまうジュリアである。
長い付き合いではあるが、ソルのそういうあたりはどうしても底が見えない。
いつまでたっても純粋な子供のようでもあり、性悪な大人のようでもある。
だがジュリアの皮肉気なその問いに対して、笑顔でその膝に普通に座っているルーナと同じように首を傾げられてはそれ以上問い詰めようもなかった。




