第030話 『ピグマリオン』①
「これで一通りは揃ったかな?」
「…………………………ハイ」
気楽そうなソルの確認に、もはやその目を見て話すことができなくなっているエリザがうつむいたまま、それでもなんとか絞り出すようにして答える。
ここは城塞都市ガルレージュの中で最も華やかな中央大通り沿いにある、最高級といっても大げさではないカフェ・テラス。
街路に面し歩道に展開された小洒落た椅子とテーブル。
穏やかな陽光を遮る建物から伸びているテラス屋根は金のかかった魔法が付与された上等な布であり、雨天や肌寒い季節でもテラス席の客に快適な状況を提供できるようになっている。
ガルレージュにおいて上流階級にあたる者たちが贔屓にしている、王都に本店を持つ他の都市にも名を知られているほどの有名店だ。
裏で暮らすエリザたちには本来縁のない表の場所。
今のエリザたちではまだ、一番安い店内カウンターの料金ですら1人分の珈琲代も支払うことができないことは間違いない。
そもそも昨日までのエリザたちの格好であったならば、支払えるだけの金を持って入店しようとしても、穏やかかつ断固たる態度で給仕たちに追い払われていたことだろう。
だがこの店に入る際、給仕たちはそのような素振りなど欠片も見せなかった。
見せたのはにこやかに微笑み、高級店における接客とはかくも徹底されているものなのかと、今日これまでに何度もエリザたちが驚愕させられた上客に対するそれ。
それはソルやリィン、ジュリアといった名の知れた高位冒険者たちと一緒だからという理由ではない。
なぜなら今のエリザたちを見て、スラムに拠点を置く組織に属していると思うような者は誰一人としていないだろうからだ。
いまやエリザだけではなくヨアンとルイズも身に付けている服は、ガルレージュで手に入る中では最高級品に分類される高価なものなのだ。
それも購入してすぐに身に付ける際に微調整もされているので、オーダーメイドには及ばないにせよ、吊るしにはとても見えない。
当然服だけではなく帽子や靴、装飾品、果ては下着に至るまで、文字通り頭の天辺から足のつま先まで上流階級の子息にしか見えない仕上がりになっている。
エリザが少々不健康ながら貴族のお嬢様で、ヨアンとルイズは出自もしっかりした直属の近侍といった風情。
実際は栄養不足が原因であるのだが、深窓の令嬢にありがちな屋敷にこもっているが故の不健康さに見せてしまう。
中身がどうあれある程度はそう見せてしまえることこそが、高級品の格というものだと言えるのかもしれない。
同じく高級品ではあるもののかなりラフに着ているソルたちよりも、なにも知らなければよほど上流階級らしく見えるほどである。
高位冒険者として名の知られているソル、リィン、ジュリアの3人と、貴族然としたエリザたちと共にいるからこそ、見たこともない獣人種であるルーナを連れている事に表立ってクレームをつけてくる者がいないのだ。
そのルーナもソルとリィン、ジュリアに「可愛い」といってもらえた服に着替えてご満悦なのだが、帽子で角は隠せても流石に尻尾は目立ったままである。
エリザたちには昨夜すでに、スラムの組織を束ねるために必要な力は与えられている。
あとはその力を不要に侮られないためにはカタチを整えることも必要だとソルが判断した結果、一通り必要なものを買い揃えることに相成ったわけだ。
力ない者がうわべだけを整えるのは自分のためだけの虚勢に過ぎないが、力ある者が一目でそうだと誰にでもわかるように装うのは、自分だけではなく相手の為にもなる示威のひとつと言える。
買い揃えた品々はもちろん今身に付けいてる衣類だけにはとどまらず、エリザたちのこれからの暮らしを根本から変えるために必要だと判断された各種家具や身を飾る装飾品、組織に属する者たち用の普段着なども含まれている。
実際、大買い物である。
衣装店や装飾品店に他の店の人を呼び、当面必要な食料を定期的に拠点に届ける指示もソルは出していた。
エリザたちは目を白黒させているうちにお嬢様とそのお付きのような格好にさせられ、この後エリザたちの拠点に運び込まれることになる、呆れてしまうほどの量の家具や装飾品を選ばされたのだ。




