第003話 『プレイヤー』③
「……リィン、『威圧』の再発動を頼む」
「はい!」
大技を喰らったことによって、今のバジリスクの敵意はリィンからマークへと向けられている。
このままではバジリスクの大技、『邪眼』がマークへ向かって放たれることになる。
それを防ぐべく、発動までの時間を敵の状態を映している表示枠で正確に把握しているソルがリィンにバジリスクの敵意を取り返すべく指示したのだ。
本来なら『威圧』の再使用可能まではまだしばらく時間が必要だが、それを待っていては『邪眼』は発動されてしてしまうし、その発動をキャンセルできるリィンのスキル『断撃』は敵意を取っている状態でなければただの攻撃でしかなくなる。
よって『プレイヤー』のスキルのひとつ、限られた手札である『リキャストタイム・キャンセル』を発動してリィンの『威圧』を即時発動可能にしたのだ。
自分の感覚ではまだ5分以上かかると告げている『威圧』の再使用を、躊躇することなくリィンは実行する。
ソルの指示に従って発動できなかったことなど一度とないので、今更疑う余地はない。
「ジュリア、マークに『大回復』を」
「おっけー」
バジリスクの敵意をリィンが取り返したことを確認して、次はジュリアに指示を飛ばすソル。ジュリアもその指示に一切の遅滞を見せることなく、失ったマークのH.Pを完全に回復させる。
「回復なんざいらねーよ‼」
敵意を取った次の瞬間にマークへとぶち込まれたバジリスクの長い尻尾での攻撃。
それを自身の腕を交差して受けたマークが、さすがに後方へ吹っ飛ばされながら別にやせ我慢でもなくそう叫ぶ。
――いや、要るんだよ。
だがソルは内心でその言葉を否定する。
『H.P』が完全に失われるまで、一部例外を除いて基本的に敵の攻撃は一切通らない。
衝撃は感じられるが、怪我どころか痛みさえも発生しないのだ。
ゆえに受けた当人としてみれば、苦も無く自分が魔物の攻撃を防いでのけたのだと勘違いしてしまう。
受けた攻撃がその時点でのH.Pを上回らない限り、腕を交差して受けようが棒立ちのまま喰らっていようが、今マークの身体に発生している「物理的に弾き飛ばされる」以外の結果を生むことはない。
逆にたった1でもH.Pの総量を超える攻撃を受けてしまった場合、人間の身体が魔物の攻撃に耐えられるはずもない。
攻撃役であり防御に長けているわけでもないマークの場合、盾を持っていようが全身鎧に身を包んでいようが、そんなこととは関係なくばらばらにされてしまうはずだ。
いや防御に長けているリィンであっても、その結果に大差はない。
大盾を構えて受けることによって、その一撃でけし飛ばされるH.Pの数値を劇的に少なくすることが『盾役』の特徴であって、H.Pが失われてしまえば「鍛えられたただの人」となにも変わらないのだから。
マークがバジリスクの尾の一撃を喰らっただけで、自身のH.Pの約2/3を消し飛ばされていることをソルだけが正しく認識できている。
つまりこのまま次に同じ攻撃を受ければ、マークの身体は嘘みたいにばらばらにはじけ飛んでしまう――死んでしまうということだ。
そして回復役であるジュリアであっても、蘇生魔法はいまだ習得できていない。
そんな恐ろしい状況で戦闘を続行できるはずもない。
だからこそ、本来は『盾役』であるリィンにのみ使いたい『大回復』を、ジュリアのM.Pを大量に消費してでもかけておかなければならないのだ。
――まだ『M.P回復』も『リキャストタイム・キャンセル』も複数回使える、今のペースで削っていくことが出来さえすれば、まず問題なく倒せるはず。
自身の『プレイヤー』としての残りの手札と戦闘開始後のバジリスクの状況を見比べて、まだまだ余裕はあるとソルは判断している。
それでもここからはより一層、慎重に行かなければならない。
領域主などの大型魔物、いわゆるボス系魔物たちは自身が死に瀕した際、強力な攻撃を伴う特殊行動――いわゆる「暴れ」を仕掛けてくることがセオリーなのだから。
「リィン、30秒以内に『断撃』を頼む!」
「了解!」
よって序盤からバジリスクの必殺技ともいえる『邪眼』を喰らうわけにはいかない。
ジュリアに付与している状態異常回復系のスキルで『邪眼』による石化を解除できるかどうかすらわからない以上、敵の大技は完封してのけることを前提にするのにこしたことはないのだ。
よって発動までの余裕を充分に持ったうえで、チャージされた『邪眼』の発動をキャンセルさせることが可能な『断撃』の指示をするソルである。
傍からこの戦いを観戦している普通の冒険者たちがいたとすれば、巨大なバジリスクの攻撃を悉く無効化し、一方的に攻撃を加え続けている格上パーティーの雑魚狩りにしか見えないだろう。
それはある意味においては真実でもある。
『プレイヤー』がH.PやM.P、戦闘を有利に進めるための手札というリソースの使いどころを間違いさえしなければ、最後までバジリスクを圧倒してこの戦闘は終了する。
だがプレイヤーが組み立てをミスした場合、前半の、あるいは終盤まで有利に進めていた戦況など一切合切関係なく、『死』がパーティーに叩きつけられることになるのだ。
◇◆◇◆◇
「よっし! 領域主討伐完了! これで俺たち『黒虎』は文句なしにA級昇格間違いなしだ!」
最後の一撃を叩き込んだマークが、誇らしげに勝利を宣言する。
マークやアランの感覚からすれば余裕の、ソルにしてみれば想定よりも薄氷を踏むような長時間にわたる戦闘の結果、ついにバジリスクの巨躯が地に崩れ落ちたのだ。
表示枠でも確実に息絶えており、ここから再び立ち上がってくることはあり得ない。
「やりましたね」
「すごい!」
「本当に倒しちゃったね」
止めを刺したマークに快哉をあげる仲間たち。
さすがに全員が偉業達成の喜びに瞳を輝かせている。
誰もがみな額に汗して息も上がり気味だが、誰一人として掠り傷ひとつ負っていない。
『プレイヤー』の仲間として敵を倒した場合いわば当然ではあるのだが、傍から『黒虎』というパーティーを見る者たちにとっては「強い」というよりも「神がかり」と称したくなる結果だというのも当然ではあろう。
「……お見事」
だが実際にこの戦果を実現させた立役者と言っても過言ではないソルは、誰よりも疲労困憊してその場にへたり込んでしまっている。
実際に倒して見せた仲間たちに、なんとか称賛の言葉を伝えるのが精いっぱいの状況だ。
お疲れ様と声をかけるリィンや、もーなっさけないなー、などと言いつつも心配そうなジュリアという女性陣に反して、そんなソルの様子を見つめているマークとアランの視線は極めて冷めている。
これはなにも今回のことだけではなく、最近ではずっと二人がソルを見る目はこんな感じになってしまっている。
その冷めていて、どこか見下した視線は雄弁にこう語っている。
――実際に戦ってもいないオマエが、なんで一番疲れているんだよ。
と。
そしてこの戦果によってA級に昇格することが確定した『黒虎』という有力パーティーは、この戦いを最後に解散することになる。
ここから先へ行くためにはずっと黙っていたことを言うしかないと、『プレイヤー』であるソルと、その仲間であったマークとアランの双方が、まさに今この瞬間に決めたがゆえに。