第280話 『旧最終迷宮』⑩
ルクレツィアとファルラだけではなく、その様子を黙って見ていることしかできなかった女性陣4人と、この場でたった1人の男性であるソルにとっても「長くないですか?」といいたくなるくらいの時間が経過する。
実際それなりに長いのだが、この場にいる者たちの体感時間たるやその十倍以上はあっただろう。
その結果、やっと連続レベルアップにともなう魔導光がまずはソルたち従来メンバーから消えていき、しばらく間をおいて倒れ伏して震えているようにしか見えない、ルクレツィアとファルラからも失われた。
「……今起こったのが、さっき僕が言っていたレベルが連続で上がっていく状態です。生物としての基礎能力が、魔物を倒した際に放出される特殊魔力を吸収して爆発的に向上する現象です」
「は、はい……」
「……はぁい」
どうしても気まずい空気の中、ソルが端的に「レベル」と、それ連続して発生したのだという今の現象を説明する。
ルクレツィアやファルラとてそう説明されれば、自身も数回は経験している爆発的に強くなる現象をソルたちが「レベルアップ」、その回数? を「レベル」の数値として扱っているのだということはなんとか理解できた。
確かにそう言われて思い返してみればほんの数秒とはいえ背筋を突き抜けるような快感が、ソル曰くレベルアップの際に発生していた記憶がルクレツィアにもファルラにもある。
それが数分間にわたって絶え間なく続くと、今の自分たちのようになってしまうのだと蕩けたような思考の中でもなんとか理解する。
一方、この場で謝るわけにもいかないリィンたちは大変申し訳なさそうにしているが、ちょっとうらやましそうに見えるのは気のせいだということにしておく。
未だ常態には程遠いとはいえ、ソルに対して返事をしないわけがいかないルクレツィアとファルラが気力を振り絞って応えるその様子を見て、ソルは自分の居た堪れなさを誤魔化すために説明を急いだことを少々後悔した。
とはいえあのまま黙って2人の呼吸が整うまで待つというのも、それはそれでどんな罰ゲームだという空気になったであろうこともまた間違いない。
つまりは魔導生物に連続レベルアップをさせた時点で、どう転んでもこの空気にならざるを得なかったという訳だ。
今後のことを考えれば、今の時点でそのことを知れたことで良しとするべきだろう。
しかしながらルクレツィアとファルラのソルを見る目には、先刻までとはまた少し意味を異にする光が湛えられている。
先の連続レベルアップが、ソルによってもたらされたモノであることに間違いはない。
直接的には全竜が金色の多能蛇を倒したことによるものだとも理解してはいるが、その全竜とて感謝の言葉を述べようものなら「主殿の御命令です」と答えるのは確実だろう。
それに『プレイヤー』について詳しく知らなくとも、ソルがなんらかの能力を使ってくれたからこそ、全竜が魔物を倒したにもかかわらず自分たちが強くなれるという奇跡が起こったことは疑う余地もない。
つまり先の感覚は、ソルによって我が身にもたらされたのだと解釈することもできるのだ。
よってつい先刻まではルクレツィアとファルラがソルを見る目にはなかった、その手の光が浮かぶようになってしまう事はある意味必然とも言えるだろう。
こればかりは男女問わず、「初めての相手」というのは特別になってしまいがちなのだ。
リィンたち女性陣は敏感にその気配を察知できてはいるが、いまさらそんなことに「しまった」などと思ったりはしない。
いずれそうなることなどすでに確定された未来に過ぎなかったし、自分たちのやらかしがきっかけともなれば、言えることなどないもないのだ。
ルクレツィアとファルラには、後ほどいかようにも詫びる所存のリィンたちである。
だがなにが気拙いと言って、いままでは素で気づいていなかったらしいソルに、連続レベルアップの際に女性陣が得ていた感覚がどういうものなのかを、明確に知られたということだ。
いやそういう目で見られることは大歓迎なのだが、なんというかこう今まで平気なふりをしていた自分たちを知られたのが、なぜかいたたまれないのだ。
自分のせいではないはずなのに、隠していたことそのものがなんかそういう事ばっかり考えているように思われそうとでも言おうか……
一方、リィンやフレデリカは気付いていないが、意外な副産物もある。
それは潤んだ瞳でソルを見てしまうようになったルクレツィアとファルラの2人ともが、戦闘能力以外の面でも諸先輩方には絶対に敵わないのだと思い込んでしまったことである。
自分たちがこうなってしまった同じ現象を、少々辛そうにはしていたものの立ったまま、なんならソルと会話を交わしながら耐えきれるのだ。
それは尊敬の目で見てしまっても仕方がないだろう。
妖精族たちと同じ誤解を、期せずして亜人種と獣人種の代表2人にも持たれてしまったのだ。
ソルとの距離感に生々しさをあまり感じなかったわりには、連続レベルアップの感覚などなんのことはないほどの「経験」をすでに全員が積んでいるのだと、そういう方面でも先達なのだと認められてしまったという訳である。
しかもその全員が自分たちよりも歳下、エリザに至っては子供とも言えなくもない年齢ともなれば、ルクレツィアとファルラの驚愕と妙な尊敬たるや、その道の達人を前にしたものといっても過言ではないのだ。
「さっきまでのルクレツィアとファルラの身体基礎能力は、レベルで言えば5だったんだよ。それが今……3桁に乗ったところだね。さっきの階層主のレベルが3桁後半だったから、今日中に全員を4桁にしようと思ってる」
そんな女性陣の機微には気付けないソルが、その瞳と表情に理性が戻ってきたように見えるルクレツィアとファルラに、レベルについての説明を続けている。
「さすがに最終迷宮だけあって、魔物どものれべるは高いようです。今日中に全員を4桁にすることはそう難しくないかと」
「よっし、じゃあ次の階層に進もうか」
その言葉を受けて応える全竜もまた、嬉しそうにさらりとものすごいことを口にしている。
ソルから聞かされて今の自分のレベルを把握できているリィンたちも、それには流石に驚かざるを得ない。
上がれば上がるほど、当然のこととしてレベルは上がりにくくなる。
ここしばらくは迷宮攻略や魔物支配領域の解放を精力的に推し進め、かなりの戦闘をこなしているにもかかわらず未だソル・パーティーの平均レベルが三桁後半にとどまっているのがその証左である。
だからこそ先の連続レベルアップも、古参メンバーは新規2人よりもかなり早く終了したのだ。
だがそれさえも最終迷宮の魔物たちであれば、それらを大量に狩ることによって一気に突破でいるということらしい。
今日中で文字通り、強さの桁が一つ上がるという訳だ。
ソルの1stパーティー以外の『プレイヤー』の仲間たちですらその平均レベルは未だ2桁に留まり、一般の冒険者たちともなればいまだ一桁である事を踏まえれば、まさに「桁違いの強さ」を体現した存在だということになる。
魔導生物たる鬼人族と銀虎族であるがゆえに、ルクレツィアとファルラは新参でありながらもその意味を正しく理解できている。
なんとなれば初めて連続レベルアップを体験しただけの今の自分たちですら、つい先刻とはまるで別の生き物だと言われた方がしっくりくるほどに、とんでもなく強くなれていることが分かるからだ。
だがすぐに思い知ることになる。
あくまでもレベルは基礎身体能力の伸長に過ぎず、それを基にソルが『プレイヤー』によって付与してくれる各種ステータス、スキルや内在魔力増加。
なによりも膨大量の不可視の防護壁を身に纏えるようになることこそが、ソルの仲間たち――自分も含めた――を『全竜』や『妖精王』、『神獣』という本物の『怪物』たちとですら比肩可能にすることを。
だからこそ彼女たちの活躍が周知されていくとともに、ソルはやがて大陸中の人々からこう呼ばれるようになるのだ。
曰く――
『怪物たちを統べるモノ』
と。




