第279話 『旧最終迷宮』⑨
全竜が一度倒したところを見る。
それだけで人が強くなれる道理などあるはずがない。
だが窘めるようなリィンの言葉のニュアンスは、ジュリアの戯言を否定するというよりも、今後自分たちが行うことになる戦闘そのものに対してのものに聞こえる。
つまり今の自分たちでは絶対に勝てないと、他ならぬ絶対者自身が認めた魔物と、自分たちが互角以上に渡り合えるようになることそのものは微塵も疑っていないのだ。
一気に2桁、3桁のレベルアップをする場合、そのスタートは戦闘終了からそれなりのタイムラグを生じる。
ソルの『プレイヤー』上で同じパーティー・メンバーとして登録されていれば、召喚獣扱いである『全竜』が倒した敵によるレベルアップの恩恵はその全員が享受できることは実証済みである。
そうやって全竜による一周目の蹂躙が完了すれば、魔物が再湧出した際には人の身であっても互角以上に戦える――充分にマージンを持った――レベルまで上昇するのだ。
そこれこそがソルが定石としている、高速育成の神髄だと言えよう。
まだその経験をしたことのないファルラとルクレツィアに、それを理解しろというのは流石に無理があることも確かだ。
「今日はこのまま5階層くらい進もうか。ルーナよろしく」
「承知致しました」
「♪~」
ソルの言葉に機嫌よさそうにルーナが答え、その背に浮いているアイナノアも楽しそうである。
従僕たるもの、主の役に立っていると実感できることほど楽しいこともそうそうないのだ。
「うまく進めると良いんだけどね~」
「大丈夫じゃないかな」
「再湧出が速いと助かりますよね」
「最終迷宮ですから、それも期待できるのではないでしょうか」
だが素のソルとその従僕たちに対して、ジュリア、リィン、エリザ、フレデリカの順に発言している女性陣は、尤もらしいことを話しながらもその本心ではレベルアップが開始されることに期待している。
もしかしたら連続レベルアップの際にだけどうやら女性だけが得るらしいあの感覚が、人間限定である可能性も否定できない。
そうだった場合、御主人様不在のガールズ・トークで盛り上がれるネタがひとつ減ってしまうことになるので、できればそういう事態は避けたいところなのである。
まあソルの前であれを我慢しなくていいというのは羨ましいというか、ズルい感じがするというのも多分には含まれているとはいえだ。
自分たちは何度か繰り返したことによってなんとか慣れてきているが、初めてであってはそうと知る自分たちにアレを隠しきることは出来ないだろう。
よって自分たちは身構えつつも、ファルラとルクレツィアに内心では注目している四人なのである。
「ど、どういうことかお聞き――!?」
「わ、わ、わわわわわー」
もちろんそんなことなど知るはずもない2人は、気も漫ろに4人が話題にしていた内容に食いつきかけたところで、初めてのそれ――連続レベルアップが開始された。
まあ話題的には自分たちが知らない、迷宮攻略に関する重要な内容ではあるので食いついてしまうのは当然だろう。
だがルクレツィアとファルラにしてみれば、こうなることを知っていたのであれば、これこそを事前に教えてもらっておきたかったのは間違いない。
要は従来メンバー4人の危惧していたことが、真逆の意味で成立したのである。
リィンやジュリア、フレデリカやエリザがなんとか連続レベルアップの際の感覚――特殊な快感――に耐えることができるのは、魔導生物ならざる人間だからこそだったのだ。
自身の一部として『魔導器官』を持つがゆえに魔導生物である鬼人と虎獣人にとって、連続レベルアップの感覚はとてもではないが耐えられるものではないらしい。
自らの魔導器官。
ルクレツィアの場合は角、ファルラの場合は瞳よりも尻尾から全身に広がる感覚がやばいらしく、それぞれ自身のそこを押さえるようにへたり込んでしまい、まともに声も出せなくなってしまった。
それを目の当たりにしてしまったリィン、ジュリア、フレデリカ、エリザは、同じ女性として申し訳ない気持ちでいっぱいである。
同じ女である彼女たちの目から見てあきらかにその様子は苦痛に苦悶しているはずもなく、自分たちが連続レベルアップの際に襲われる快感を数倍、下手をすれば数十倍に感じていることが理解できてしまったからだ。
そんな様子を先の模擬戦に続いて、ソルの目の前で晒させてしまったことが本気で申し訳ない。
種族によってここまで差がある事に思い至れなかったためとはいえ、これではいじめだと言われても申し開きようもないだろう。
一方でルクレツィアとファルラはそれどころではない、というかまともに思考などできようはずもない。
厳密には性的な快感とはまた違う。
とはいえまともにそれを知らぬルクレツィアとファルラに、その区別がつくわけもない。
動物として肉体に紐づけられた物理的快感などはるかに超越する、魔導器官を内側からまさぐられるようにして精神――心へ直接叩き込まれるような、抗い難い感覚。
生まれて初めてのその感覚は短時間で収まってくれず、一気に4桁近くまでレベルが上がりきるまで容赦なく続くのだ。
少々ではすまないハシタナイ表情と声が漏れ出てしまう事を、どう歯を食いしばろうとしても止めることができない。
至近距離でへたり込んでしまったお互いの様子を視界に捉えているルクレツィアとファルラは、頭の片隅に僅かに残った思考で「ルクレツィアってこんな貌をするんだ」と驚いている。
快感に支配された淫れてだらしない、それでいて妖艶さを強烈に放つ女の貌。
もしもここに鏡があったなら、お互いよりも自分自身がそんな顔をしていることに一番驚いただろう。
実際はそんなことなどないのだが、いまだかつて経験のないこの感覚を性的な接触のそれが上回るというのであれば、貧しいがゆえに他の娯楽などなかった里の大人たちが耽ってしまうのもしょうがないと素直に思えた。
それになにも人前でだとか、不特定多数を相手にやらかしていたわけではない。
ハシタナイだの慎みが足りないだの、この感覚を知りもしないで非難めいた視線を向けていた過去の自分の態度を、伏してお詫び申し上げたいところである。
この感覚を相手に与えられ、自らも相手に与えられるというのであれば、そりゃハマるよねと2人ともが本気で思えてしまったのだ。
そもそもがその性的接触のおかげで、自分たちは生を受けたのだ。
ついさっきまでの自分がなんだってあそこまで「恥ずべきもの」と考えていたのか、絶対者に気に入られるためには我慢するしかないことだと思っていたのか、もうわからなくなってしまっている。




