第277話 『旧最終迷宮』⑦
なお比喩ではない。
百万の大軍でも蹴散らし、大陸に存在するあらゆる城塞都市をものともしないであろう最終迷宮最初の脅威であったはずの階層主魔物、金色の多頭蛇。
それは巨大な『門』を開いて以降も顕現を続けていた超巨大なルーナの魔創義躰に、「やかましい」の一言とともに無造作に踏んづけられ、その一撃で完膚なきまでにぺしゃんこにされたのだ。
原型など留めていない。
もと『多頭蛇』であった外殻と中身が入り混じった吐瀉物の如きものと化し、自身が支配していたはずの最終迷宮第一階層の床に沁み込んで終わったのだ。
そんなざまでありながらも、重要な魔物素材は綺麗に倒した時と変わらず得られていることを、ソルとその仲間たちはすでに知っている。
食用や薬品類に転用可能な肉や体液の大部分がダメになるだけで、「プレイヤー」が「強大な魔物を倒した際に得られる報酬」としてはその本質的な部分は問題なくソルの異相空間に格納されるのだ。
当然ルーナはそれをすでに理解しているからこそ、こんなにも雑に敵を処理したのではあるが。
「色違いかー。でもそうだとするとちょっと期待できるかなー」
そんなルーナもひどいが、もはやそれに慣れているリィンたちも大概ヒドイ。
すでに倒したことのある魔物の色違いだったことに、どこか残念そうにしているリィンは、一方で自身の『固有№武装』である『№09:型式九頭龍』の性能が更新される可能性にちょっと期待している。
禁忌領域№09の領域主であった多頭蛇は生前『九頭龍』の固有名で呼ばれており、今リィンが己の主武装としている『固有№武装09:型式九頭龍』の基礎素材となっている。
今ルーナが一撃のもとに踏みつぶしたのも同じ『多頭蛇』であり、その色と大きさからしても、最終迷宮に湧出していることからしても、その『九頭龍』の上位個体であることは疑う余地もないだろう。
となれば装備のバージョンアップを期待できることを、リィンたちはすでに経験として知っているのだ。
B級冒険者パーティー『黒虎』時代からリィンが愛用している大剣、一般の冒険者たちには『魔光大剣』の通り名で有名なそれは、その素材となった希少魔物の上位種――要は色違い――を倒して上位魔物素材を入手できたことで、基本的なコンセプトを維持しながら大幅な強化にすでに成功しているからだ。
それを踏まえてもうしばらくすれば、ガウェイン率いる魔導兵器工廠から最初期型の『魔光大剣』、それを魔石による魔力充填型式にした量産型が上梓される予定となっている。
もともとは高位冒険者がよほど運に恵まれなければ狩れない希少魔物の素材を必要とするとはいえ、ソルが仲間たち全員の『固有№武装』を完成させるため、その素材集めの過程でかなりの数が確保出来た結果である。
もはや格下とはわかっていても、かつての希少魔物を見かければ思わず狩ってしまうという冒険者の宿痾ゆえの副産物だと言えるだろう。
つまり要は色違い――同系魔物の上位個体素材を確保できれば、使い慣れた魔導装備をそのまま強化することができる可能性が非常に高いことが、すでにガウェインの手によって実証されているということなのである。
『固有№武装』のように特化された性能を持ち、強化外殻的な特殊装備を十全に使いこなすには、当然慣れが必要となる。
装備者が積み上げた特殊技能を無駄にすることなく装備を更新できるとなれば、ソル・パーティー・メンバーの主武装となっている『固有№武装』の元となった魔物、その色違いを「アタリ」と看做すことも強ち間違いとも言えない。
下手な新規の高位魔物素材による魔導装備よりも、より安定した戦力増強が計れるということになるからだ。
「やはりそれだけ『多頭蛇』は強力な魔物ではあるのですね……」
「最初の階層とはいえ、最終迷宮の階層主の一体になってるんだもんねぇ」
「サイズもおかしくないですか?」
その情報を共有しているフレデリカ、ジュリア、エリザの感想も大概である。
もともと城塞都市ガルレージュ近郊、禁忌領域№09の領域主であった『九頭龍』を、今回と同じように全竜が一撃ですっ転がしたことによってソル・パーティーの面々はいきなり三桁までそのレベルを伸ばすことになったのだ。
それ以降もすべての禁忌領域主を全竜が鎧袖一触し、全員が三桁後半のレベルに至ってから迷宮攻略に乗り出したリィンやジュリア、フレデリカやエリザらは、「自分たちより強い魔物」との戦闘というものをほとんど経験していないのだ。
もちろんリィンやジュリアは『黒虎』時代に幾度か経験しているし、エリザもソルに能力を与えられた直後は格下とはいえ油断できない魔物を相手にしたことはある。
だが迷宮攻略を始めるにあたってソルは安全第一を最優先し、結果今回のように全竜による高速育成によって充分に安全マージンを確保してからの攻略を徹底している。
ゆえにここにいる誰一人として、本当の意味で生きるか死ぬかの戦いに身を投じた経験などないのである。
数値的に戦力強化を把握できる『プレイヤー』という能力を持つソルにとって、ギリギリの戦闘を経てこそ至れる境地があるとか、生死の境でなければ得られぬ判断力などという、どこか宗教めいた精神論に傾倒する必要などないのだ。
少なくとも今のところは、まだ。




