第275話 『旧最終迷宮』⑤
「……いつも、こんなのなのですか?」
確かに海面下にあっては攻略が不可能だというのであれば、まずは海水を排除するしかないというのは理にかなっているというべきなのかもしれない。
だがそのためにこんな非現実的な光景を、それこそ鼻歌交じりでやってのけるなど、規格外にもほどがある。
魔力を扱うことにかけてはそれなりの自信を持っていたルクレツィアが、放心したようにそう問うのも無理はないだろう。
アイナノアの足元に幾重にも広がり、それぞればらばらの方向に回転している巨大な魔法陣が消費している魔力量は尋常なものではないはずだ。
直径にして数百メートル、深さにして数万メートルにも及ぶであろう縦穴に満ちていた海水のすべてを、常に遥か上空へ転移し続けているのだからそれも当然だ。
それだけの外在魔力を循環させ、自身とは切り離した簡易魔導装置として成立させてしまえるからこその『妖精王』なのである。
『勇者救世譚』にて語られている、『自然を統べる王』という称号は、大げさどころか控えめなものとすら言えるのかもしれない。
「うんまあ、ここまで派手なのは流石に初めてかなあ……」
とはいえ今目の前で展開されている光景は、さすがのソルを以てしても予想の斜め上が過ぎたようである。
らしくもなくその口調には少し呆れが含まれている。
まあそれも仕方がないと、同じ光景を目の当たりにしているリィンやフレデリカですらそう思う。
海上に突然、滝だけで形成された無数の塔が顕れ、その中心部上空には光輝く巨大魔方陣と、その直下の海面に穿たれ海水を呑み込み続ける巨大な穴。
そこに底すら見えぬ、いまだ海水に濡れたまま陽光を反射する巌柱が屹立しているのだ。
この風景だけでも、観光地として成立することは間違いない壮観だと言えよう。
「ま、まあ最終迷宮だしね」
リィンがいまいちフォローにもなっていないことを口にしているが、まあ一理はあるのかもしれない。
本来であれば長い長い冒険の最後を締めくくる、最終攻略対象の地であるのだ。
少々外連味に満ちた演出を伴う侵入手段であっても、そう罰は当たるまい。
らしさという概念の前には、少々のやり過ぎ程度であれば黙認されるものなのである。
だが――
「……火山の迷宮の時も派手でしたよね」
「……あそこは暑かった記憶の方が強いですね」
別に異を唱えるつもりもないのではあろうが、エリザが思わずといった感じで今目の前で展開されている光景に勝るとも劣らない派手さを伴っていた、某火山迷宮攻略時の記憶を思い出して口にしている。
それに対するフレデリカの正直すぎる感想はともかく、誰からも異論が上がらぬあたり、そこでもまた相当に派手な光景が展開されていただろうことは疑いえない。
すでにしてソル・パーティーの古参メンバーたちは、いくつもの魔物支配領域と迷宮を解放、攻略しているのだ。
その結果、今人の世界はこの千年間一度もなかったほどに拡大している。
その過程で難易度はともかく、環境とそれによる演出の派手さにおいては凌駕するものがあってもそう不思議ではないのだ。
「……さすがっスね」
そう口にするしかないファルラと、それに頷くことしかできないルクレツィアもわかってはいるのだ。
間違いなくソルたちがこれほどの――常人であれば神の奇跡としか思えぬほどの――光景ですら、すでに日常の範疇としているのであろうことなど。
でなければこの天国、あるいは地獄の光景ですよと言われても素直に信じてしまいそうな光景を前にして、ちょっとした景勝地へ行ったとき程度のリアクションで済むはずはないのだ。
リィンやジュリア、フレデリカとエリザがそんな様子でいてくれるからこそ、どうにかルクレツィアもファルラもこの程度の動揺で済ませているのである。
どんな驚天動地の出来事が展開されようとも、それになれた者が側にいてくれるというのは、ことほど左様に心強いものなのである。
「2人もすぐだよ、たぶん……」
そんな2人の様子から、「貴女たちはすでに『怪物』の側に立っているのですよ」と言外に言われていることを、古参全員が察せてはいる。
それに効果的な反論をすることができないということもまた。
だからこそどこか負け惜しみのようにそう口にしたリィンの言葉に、新参2人もまた反論出来ようはずもない。
いや反論などしている場合ではなく、さっさと同じ立ち位置まで追いつかなければならないのだ。
こんなことでいちいち動揺しているようでは、ソルが直接指揮する栄誉ある『1stパーティー』のレギュラーポジションを維持することなど叶わないのであろうから。
そして今この時点において、そのポジションを維持することよりも優先される事象など、少なくともルクレツィアとファルラにとっては存在しないのだ。
それこそ、なにを犠牲にしてでもだ。




