第271話 『旧最終迷宮』①
いつものように浮いているルーナとアイナノアを引き連れて、ソルがさっさと移動を開始した。
ここのところ、ルーナが当然のようにソルにも常時『浮遊』をかけていたのだが、なぜだか最近はキチンと地に足をつけていたいらしいソルがそれを厳禁しているのだ。
とくに急ぐでもなく、自分の足でとことこと歩き出している。
当然、全員がソルに黙って付き従う。
最終迷宮の攻略が当初の目的だったと聞かされた際には、フレデリカだけではなく、リィンたち古参全員も驚いたことは確かだ。
だがその話を聞いてしまえば、ソルがここティア・サンジェルク島を休暇先に選んだ本当の理由など、おのずと分かろうというものである。
おそらくソルは『聖教会』が保有していた秘匿情報、もしくは『妖精族』による秘儀伝承、あるいはその双方から最終迷宮とその入り口の所在地を導き出すことに成功したのだろう。
少なくとも人間社会のどんな大国の王立図書館だの禁書区画だのをひっくり返しても、最終迷宮の情報などが出てくるはずもないので、そうだとしか考えられない。
フレデリカとしては、なんとしてでもそうやってソルが本来、普通の人には触れ得ない情報源へ接触する場に自分も同席したいと願っているが、まだ今の関係性ではそれを自分から望むのは尚早だとも判断している。
なんといっても世界が秘している情報への接触であり、それを可能としているのはソル個人が保有するとんでもない力である事は揺ぎ無い事実なのだ。
それでもフレデリカが望めば、ソルはまず間違いなく許可してくれるだろう。
だがとても見合わぬことは知りつつも、せめてフレデリカ自身がなんとか納得できるだけの対価を提供できていなければ、おこがましいと感じてしまうのだ。
事実、ソルの判断次第では「図々しい」と切って捨てられる可能性がまったくないとも言いきれない。
個人的な欲望だけで言うのであればさっさと心身ともにソルとの距離をつめて、その手の「お願い」程度であれば認められる立場になりたいところなのだ。
だが自分の欲望のためだけで拙速を選ぶことができないという、私人と公人の二律背反に悩まされている昨今のフレデリカなのである。
こればかりは肌を合わせたからとて望めるようなモノではなく、公人――秘書としての有用性をソルやその周囲にいる者たちではなく、自分自身でも認められるようになる必要があるとも思っている。
要はその手の情報を得るに際して、初手からフレデリカを同席させておいた方がソル本人にとって有意であると思ってもらえればいいのだ。
世界が秘している情報に触れられる権利というのは、それほどまでに重い。
そのすべてがソルの力によって可能となっていることを理解しているフレデリカにとってはなおのことである。
とにかくソルが自信を持って歩を進めるその様子からしても、この島に最終迷宮への入り口があるとみてまず間違いないはずだ。
だがもしも本当にそうなのであれば、観光都市サン・ジェルクにしてみれば悪夢だとしか言いようがない真実ではあるだろう。
ソルが表舞台に出てきた現在でもなお、魔物支配領域は人類にとって変わらず脅威だと見做されている。
ソルとその一党がどれだけ強くても、それだけで大陸全域をカバーすることなどできるはずもないのでそれも当然ではある。
個人単位で見れば、人の多くは今もってなお魔物に対して圧倒的な弱者に過ぎないのだから。
実際はすでに4桁に達している『プレイヤー』が仲間とできるその数から、各地の防衛中枢を担う中核戦力の構築をソルたちは進めてはいる。
だがそんな事実は国家や国際組織の支配者階級の中でも極々一部が知るのみであり、市井で暮らす人々に周知されているはずもない。
そんな状況下で、大陸一の高級リゾート地とされている観光都市サン・ジェルク、その象徴とも言えるティア・サンジェルク島に、魔物支配領域どころか、現在知られているすべての迷宮の中でもっとも脅威度が高いと『勇者救世譚』に記されている最終迷宮の入り口がある事実が発覚する。
どこからどう見ても、それは観光都市にとっての致命傷にしかならない。
そんな事実が知れ渡った日には、あっという間に高級リゾート地としての価値など跡形もなく消し飛んでしまうことは間違いない。
そればかりかソルが実権を握る前の『聖教会』であれば強制的に禁忌領域に認定、観光都市サン・ジェルクとしての自治権などあっさり取り上げられていたことだろう。
そう考えればこの島に別荘を持つ大陸各国の貴顕富裕層たちにかなりの無理を通しででもソルに献上することを強行した、サン・ジェルク上層部の判断は正解だったと言えるのかもしれない。
だが今ソルが進んでいる方向は、昨日までリィンやフレデリカたちが日がな一日戯れていた海岸の方向であり、水辺までの距離も極短い。
そんな範疇に迷宮の入り口があったのならさすがに気付いたであろうが、誰もそんなことに気付けていないということは、魔法的な方法で隠されているのかもしれない。
いやそうやって隠されてでもいなければ、この島が最高級のリゾート島として名を馳せるまで発展することなどできなかったはずだ。
フレデリカやジュリアあたりがそんなことを考えながら黙ってついて行っていると、やはり入り口などどこにもみあたらないままにあっさり波打ち際まで辿り着き、そこでソルはいったん歩みを止めた。
「あ、あの……」
「私たちは最終迷宮の入り口? へ移動しているのですよね?」
そのまま自身と『怪物』たちにしか見えない表示枠を確認しているであろうソルの様子は、それを知らない、慣れていない者からすれば虚空を見つめて固まってしまっているようにしか見えない。
寄せては返す穏やかで美しい波を前に、ソル・パーティーに参入したばかりのルクレツィアとファルラが困惑してしまうのは当然の結果だろう。




