第027話 『新体制』④
我知らず生唾を呑み込んだスティーヴの耳に、扉をノックする音が届く。
「失礼します。支部長にお客様が見えられております。あとソル君にも」
入室を許可すると、どこか面白そうな表情を浮かべたフィオナ嬢が2人への来客を告げる。
「あれ? 3人組だけじゃないんですか?」
スティーヴへの来客者には当然思い当たる節があるソルではあるが、自分への来客と言われても特に思い浮かばない。
「リィンちゃんとジュリアちゃんが来てくれていますよ」
「……もめるぞ、ソル」
「私なら泣くかな」
「ですよね……」
リィンとジュリアの二人が、ソルのこれからを心配して冒険者ギルドへ来てくれることは想定して然るべきだった。
いやまずは家に行って、すでにソルがいなかったからここへ来た可能性が高い。
ソルは正直なところ、プレイヤーの『奥の手』を使用しても強力な使い魔的なナニカが仲間になるってくれるあたりだと想定していた。
文字通り『召喚獣』とでもいうべき、愛玩動物兼、戦闘用御供のような。
過去の記録には散見される、『魔物遣い』という能力に憧れてもいたし。
「?」
「いや、ルーナはなにも悪くないよ」
不思議そうに少なからず動揺した自分を見上げるルーナに、ソルは優しくそう告げるしかない。
――同じ男のスティーヴさんですら、最初あれだけ引いてたんだもんなあ……ルーナの実力はすぐに理解してもらえるだろうけど、こんな美少女に主呼びさせてるとか、従僕がどうの躾がどうのと口にされたら、僕の人としての評価は地に墜ちるよな……
さすがに幼馴染の女性二人から、汚物を見るような目を向けられるのはソルであってもわりとキツい。
とはいえあの空間で目にした『邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』の真躰が、そのまま従僕としてここ城塞都市ガルレージュの上空に浮かんでいるという絵面を想像し、それはそれで大概な気がするソルである。
今からの説明に限って言えば、そっちの方がはるかに楽だったことは間違いない事実でもあるのだが。
◇◆◇◆◇
「よし話はわかった! この3人の冒険者登録と基礎教育については任せとけ! よし、行くぞフィオナ嬢」
「えー、私はこっちの方に興味あるなぁ」
「仕事だつってんだろ」
「はぁーい」
上司部下漫才を披露しつつ、やたらきびきびと出ていくスティーヴと、後ろ髪を引かれながらも仕事に戻るフィオナ嬢の二人である。
エリザたち3人の冒険者登録に関しては安請負といえるほど全面的に引き受けてくれたため、ありがたいと言えばありがたい。
もっとも王立学院を卒業していない者が冒険者登録されることそのものは、そう珍しいというわけでもない。
なにも正面切って魔物と戦わなくても、迷宮や魔物支配領域でしか入手できない鉱物系、植物系を収集することで依頼はこなせるし、偵察系の任務というものも存在するからだ。
己の命を懸ける覚悟さえあれば、冒険者としての登録自体はそう難しいことではないのだ。
もっともそうやって冒険者になった者たちの嘘みたいに低い生存率が広く知られるようになった近年では、回りくどい自殺だと看做されてほとんどいなくなってしまってはいるのだが。
エリザたちがスラムで生きていくことを選ぶしかなかった理由でもある。
だがソルの能力をある程度とはいえ知っているスティーヴにしてみれば、解散した『黒虎』級の冒険者を提供してもらったと言っても過言ではなく、身分保障等をひっくるめた厄介事をギルドで請け負ったとしても充分に利益を見込める。
スティーヴは自分の能力で、ただの『村人』たちが、冒険者としてA級認定されるまで駆け上がるところを目の当たりにしているのだ。
ソルが参加しないとはいえ、盾役、魔法攻撃役、回復役が揃っているエリザたちであれば、一番依頼数が多いC級程度にはあっさりなってくれるだろう。
下手に中堅どころの冒険者を紹介しない方が強力な少人数パーティになるとまでスティーヴは判断している。
なによりも今スティーヴにとって、自分の権限でなんとかなる範囲でソルにお願いごとをされるのはそれこそ願ってもないことなのだ。
よってスラムの組織に身を置く者を冒険者登録する程度、支部長権限で速やかに完了させるべく颯爽と執務室へと向かったというわけだ。
だが、ソルにしてみればこの部屋にルーナと二人で残されるのはできれば避けたかったというのも本音のところである。
いや二人きりというのであれば昨夜からとなにも変わらない。
だがこの部屋には今、お互い今のルーナの見た目よりも幼かった頃から共に過ごしてきた幼馴染、それも女性二人がソルとルーナの向かい側のソファに座っているのだ。
一方はジト目だが、もう一方はどこか呆れたような、同情しているかのような様子である事がせめてもの救いと言えるかもしれない。
「……理解はしました」
君子危うきに近寄らずとばかりにきびきびと部屋を出て行ったスティーヴが最初に一通りの説明を請け負ってくれたことと、二人にも転移を実体験してもらったからこそのリィンのこの言葉ではある。
だが微笑みさえ浮かべているその様子がなぜか恐ろしい。
いかにリィンが『鉄壁』とまで呼ばれる冒険者だとしても、ソルはともかくとしてルーナにしてみれば脅威と看做すには到底値しないはずである。
だがその静かな圧に怯えたように、ルーナはソルの長外套の裾をつかんで離さない。
その様子がまたリィンの圧を上げるという、事態はネガティヴスパイラルに突入しつつある。
「昨日の夜、私は村に戻るって言いましたけどそれは撤回します」
「え? じゃあどうするの?」
全竜としての真躰を見たことがないリィンとジュリアに、今のルーナの姿が自分の趣味だと思われたらどう説明すればいいかと頭を悩ませていたソルだったが、リィンの意外な宣言に虚を突かれた形になる。
なぜか強い決意を感じさせるリィンの様子は尋常ならざるものだが、その真意が奈辺にあるのかがソルには理解できない。
あーあーとでも言いそうに天を仰いでいる隣のジュリアのリアクションが気になるが、ここでどうするのが正解かなどソルにわかれという方が無理だろう。
「ソル君はこれからルーナちゃんとパーティーを組むのはわかりました。ルーナちゃんの正体についてもびっくりしましたけど理解もしました。だけどルーナちゃんには一人暮らしとか無理ですよね?」
「そ、それはそうだね」
「ということは一緒に住むんですね?」
「……そうなると思う」
ルーナを一人暮らしさせるなど、いろんな意味で心配でしかない。
人としての暮らしを維持することなど正体が竜であるルーナにはまず不可能だろうし、亜人、獣人系と看做されるだろうからそう簡単に家も決まるまい。
なによりもルーナに対してあらゆる意味での悪意を向けた人間が、城塞都市の中でありながら高所から墜落死したかのようにしか見えない死に方を次々とするという、後世にミステリーとして伝わりかねない事件をむざむざ引き起こすわけにもいかない。
であればほとんどの問題はソルと一緒に住むことによって解決する。
食事だのなんだのはお金に困っているわけでもないのでなんとでもなるだろう。
マークやアラン、ジュリアのように使用人を雇うのは気疲れするのでできるだけ避けたいと考えているのだが、やむを得ないとなればそれも視野に入れている。
とはいえ『黒虎』も王立学院を卒業して冒険者デビューした直後は、ここガルレージュの外壁周辺、スラムまではいかずともけして治安が良くないあたりに家を借りてみんなで暮らしていたのだ。
わりとすぐ冒険者として稼げるようになったので、短い期間ではあったが。
その頃のリィンやジュリアよりも少なくとも見た目は幼く――昨夜の変身は忘れることにする――見えるルーナと暮らすことに、なぜ妙な圧がかかるかを理解できないソルである。




