第267話 『王佐の在り方』⑦
「あ、あのリィン様、ジュリア様、フレデリカ様、エリザ様。私のことは是非ルクレツィアと呼び捨ててください」
「あ、私もファルラって呼んでもらった方が気が楽です」
そんなノリで選ばれた装備を一通り身に着け終わったルクレツィアとファルラが、真面目な表情で態度を改め、先輩方に呼び捨ててくれるように要請した。
実際の年齢がどうであれ、ここでは先輩後輩であることが重要視される。
ルクレツィアもファルラも馬鹿ではないので、大国のお姫様であり、リィンやジュリアよりも年上であるフレデリカの態度を見ていれば、そんなことくらいはわかるのだ
そんな中で先輩たちから様、さん付けで呼ばれているというのはどうにも居心地が悪いのである。
「お互いソル様直属パーティーの仲間となったのです。私たちの方こそ、それぞれファーストネームで呼び捨ててくださってかまいません。それに私たちはみな自分の呼びたいように呼んでいるだけですので、お気になさらないでください。」
後輩2人の発言に、先輩たち一同はわりと素でびっくりしている。
なのでそのあたりの機微を一番意識しているフレデリカが代表して答えた。
確かにフレデリカの態度を見ていれば体育会系縦関係重視組織ともとれるだろうが、その態度はあくまでもフレデリカのキャラに過ぎない。
同時期に加入したエリザに対しても丁寧な物言いを崩していないことからも、それは明らかである。
当然フレデリカはソルの配下における『序列』を意識してはいるが、それはけして序列上位者が下位者に対して偉そうに振舞うためなどではない。
序列は明確に在れども、後宮は表も裏も仲良くなければならないのだ。
そうでなければ、その主が最終的には後宮に寄り付きたくなくなるからだ。
ゆえにフレデリカはルクレツィアとファルラのキャラがそうなのであれば、自分のことを呼び捨てようが、様やさん付けであろうが受け入れるし、自身が様付きで呼ぶことを変えるつもりもない。
だが――
「ですがソル様がお2人を「さん付け」で呼ばれている限り、私たちがお2人を呼び捨てることはちょっとできませんね」
威圧的にならないように十分気を付けながら、フレデリカが笑顔でそう2人に告げる。
「わ、わかりました」
「そりゃそうっスよね……」
幸いなことに2人とも、フレデリカが言外に込めた意味を理解してくれたらしい。
ちょっと青ざめた表情で、自分たちの心得違いに気付いている。
内輪の空気だの、それぞれのキャラだの、先輩後輩だの、そんなことは一切合切関係ない。
この集団の在り方は、ソルだけが定め得るのだ。
一国の王女を「フレデリカ」と呼んでいるソルが、今はまだルクレツィアとファルラには「さん付け」なのである。
それを差し置いてフレデリカたちが2人を呼び捨てることなどできるはずがない。
自分たちの居心地とやらが、絶対者の意向よりも優先されるはずなどないという事くらいさすがに理解できる。
それに確かにフレデリカは、本心からソルの周りを固める自分たちが仲良く在れることを望んでいる。
だがそれはあくまでも世界をどのようにでもできるソルに、この世界も捨てたものではない、大事にする価値があると思ってもらうためがこそなのだ。
だからこそ、ソル・ハーレムの人数が増えることを歓迎こそすれ、厭うことなどありえない。
一方で、1人の女としてもソルに心惹かれていることも嘘ではない。
だが「王族としての」フレデリカはどうしてもソルを実際的な見方、つまり「気分次第で世界を壊せる存在」だと見做し、そう扱ってしまうのだ。
事実ソルは以前、こともなげに「いよいよとなったら最低限の文化的な暮らしをできるだけの人を残して殲滅する」ことも選択肢の一つだと口にしていた。
その発言が本気なのか冗談なのかなど、フレデリカにとっては大して重要ではない。
ソルが本当にそれを実行可能な力を持っていることこそが最も重要なのだ。
極端な話、1人残さず世界を滅ぼしたとしても、『全竜』、『妖精王』、『神獣』に守護されているソルは快適に生きていけるのだ。
その上でソルにとっての最優先事項である、すべての迷宮の攻略と魔物支配領域の解放を進めることにもなんの問題もないだろう。
ソルがそれを目指すのは豊かな人の世界を実現する為などではない。
あくまでも自身の夢――好奇心ありきであり、その結果として副次的にそうなるだけのことに過ぎない。
つまり人の社会の存在が深刻なレベルでソルの夢の邪魔になると判断すれば、多少は躊躇うかもしれないが、最終的には排除してのけるだろう。
そこだけは見誤ってはいけないのだ。
ソルとは世界を滅ぼせるほどの力を持った狂人だと看做すこともできるということを。
幼馴染であっても邪魔となれば殺してのけたソルの冷酷さ、あるいは極端な合理性を軽視するべきではない。
ソルの中で世界が幼馴染よりも重いかどうかなど、誰にもわかりはしないのだから。
とはいえフレデリカが今、当初とは違い義務感だけではなく自分から進んで、楽しんでその立ち位置にいることも嘘偽りない事実なのではあるが。
「まあお互い焦らずに行きましょう。幸い女性オンリーパーティーですので、すぐにお互い仲良くなれると思います。対ソル様については、今夜にでも私たちがお教えできることは共有致しますわね」
それにフレデリカは1人ではなくリィンやエリザという同じ立場も者もおり、ジュリアという得難い立ち位置の仲間もいてくれる。
そこへ魅力的な仲間が2人も増えたのだ、まだ必要以上に慌てる時間ではない。
「あの……恋敵的なのはないんスか?」
「ふふ……私たちに序列があるとしても、それを決めるのは私たちではありませんわね。私たちはソル様が楽しいと思っていただけるように振舞うだけです」
「……肝に銘じるっス」
「……胸に刻みます」
絶対者の側付き。
それは多くの者に羨まれる立場である事も間違いない事実ではあれど、ただただ「やったー」とはしゃげるようなお気楽な立場でもない。
自分の氏族や種族どころか、大げさではなくこの世界そのものを左右しかねない重大な責任も負わねばならないことを、ルクレツィアとファルラは今更ながらに肝に銘じた。
確かにそんな状況で仲間同士が、恋敵だのなんだのをやっている場合ではない。
真に特別なのはソル1人だけなのだ。
もしもソルがよしとしていなければ、少なくとも『全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』が、ただの人などに敬意を払ったりはしないのだから。
だからこそソルの側付きを許された者たちは、そのソルにとっての特別となれるように弛まぬ研鑽を自分に課さねばならないのである。
それができない者なのであれば、ソルの側にいるべきではない。
少なくともフレデリカはそう思っている。
――ただリィンだけは例外だと言えるのだが。




