第024話 『新体制』①
冒険者の朝が遅めなのに反して、城塞都市ガルレージュの朝は早い。
エメリア王国北部辺境区一帯を管轄とする冒険者ギルドの大型支部があるとはいえ、それだけでこの規模の都市が回っているはずもないので当然のことではある。
ガルレージュは冒険者の街としても有名だが、けしてそれだけの都市ではない。
魔物支配領域が大部分を占める辺境領とはいえ、それぞれの国が各々勝手に定めた国境が他の3つの国と重なり合うエメリア王国北部領土、その防衛の要でもあるのだ。
その3国の内、エメリア王国と肩を並べるほどの大国であるイステカリオ帝国は総合的な国力においてはともかく、軍事力においては大陸四大国家の中でも突出している。
とはいえ辺境区そのものを本気で欲しがる国家など今の時代には存在しない。
大部分を解放など絶対に不可能な魔物支配領域が占めているがため、戦争を起こしてまで奪う価値などないからだ。
だが万が一にでもガルレージュを抜かれた場合、肥沃な王国中央部北側を蹂躙されることが明白ともなれば、エメリア王国としては守りをおろそかにできるはずもない。
国土を、そこに暮らす国民を守れてこそ国家は国家たり得る。
よってガルレージュは対帝国の軍事拠点としての存在意義の方がエメリア王国にとってはずっと高く、それゆえに城塞都市と呼ばれるほどの堅牢さを持つに至っている。
ただしその防御力の最たるは、物々しい城壁や固定兵装群などではない。
当然国家間の戦争には基本的にかかわらない冒険者たちでもなく、常駐している王立軍の精鋭部隊――ガルレージュ騎士団こそが国土防衛の要なのだ。
魔物とも戦える能力に恵まれた者たちがこの規模で集まっている都市は、大陸中を見回してもそう多くは存在しない。
冒険者もあわせてとなれば四大国家の王都や帝都であっても、数においては後塵を拝するものがほとんどとなる。
唯一の例外がイステカリオの帝都くらいだろう。
その仮想敵国として最も警戒しなければならないイステカリオ帝国との国境を防衛するためにこそ、王都すら超える戦力を常駐させているのだ。
そんな城塞都市ガルレージュにおいて、街の大部分は動き出しているにもかかわらずやたらと閑散としているのが午前8時前後の冒険者ギルド支部である。
短期長期を問わず、依頼や任務を終えて拠点であるガルレージュに戻った冒険者たちの多くは、稼いだ金でバカ騒ぎをするのが常である。
そのための歓楽街も大陸で十指に入るほどの規模を誇っている。
よってどうしても朝が遅くなってしまうことは、冒険者の宿痾とも言えるだろう。
もちろんそれをよく知っているからこそ、ソルはこの時間をわざわざ選んで冒険者ギルドを訪れたのだ。
昨日のスティーヴによる宣言があるとはいえ、その特別扱いの対象が被支配階級である亜人、獣人系の美少女を連れて現れたら、厄介事が発生してしまう可能性は決して低くない。
というか確実に発生する。
最終的には避けられないこととはいえ、スティーヴに最低限必要な説明を先に済ませておきたかったので、他の冒険者たちと同じくソルもわりと苦手な早起きを敢行してでも、この時間にギルドを訪れることを選択したのだ。
もっとも先に目を覚ましたルーナによって無理やり起こされたので、苦労して早起きしたというわけでもないのだが。
「ソルさんよ。確かにあてがあるとは聞いちゃいたがお前、これは……」
だがそのスティーヴですら、明らかに引いている様子を隠そうともしていない。
人の少ない時間に訪れたソルの判断は間違っていなかったのだとも言えるだろう。
場所は昨夜『黒虎』の解散が決まったのと同じ個室。
この部屋まで案内してくれたフィオナ嬢もちょっと見たことを無い表情をしていたので、スティーヴのこの反応が特殊というわけではない。
責任者であるとはいえ、いや責任者だからこそ、スティーヴが朝一からきっちりギルドで仕事をしているのは当然だ。
それも今日以降のソルがどう動くのかを固める必要があると判断して、昨夜のうちにいろいろと手を回してほぼ徹夜で準備をしていたらこれである。
引くなと言う方が無理な注文かも知れない。
ルーナは確かに美しい少女ではあるが、冒険者にとって美しさがさして重要な要素ではないのは言うまでもない。
しかも今の世の中では人よりも弱いと看做されており、被支配階級――もっとはっきり言えば差別対象となっている亜人系、獣人系ともなればなおのことだ。
建前では禁止されており、大都市ではみることさえ稀な愛玩奴隷を連れて現れたとみられても仕方がないと言える。
亜人系、獣人系は本来は人よりも強い種族ではある。
だが神様から『能力』を授かることはなく、人の能力者に対しては明らかに劣る。
その上、長い時間をかけて煮詰まった人こそが支配者階級であるという驕りからくる差別意識と、世界宗教である聖教会が「神の像でありながら獣と交わり堕ちた背教者たちの成れの果て」と定義しているため、たとえ美しかろうが多くの人間からは唾棄する存在だと看做されている。
よって奴隷や夜の街としての需要も少なくとも表向きには存在せず、各国家の支配を受け入れながら自分たちの集落で細々と生き永らえているというのが現状なのである。
当然、裏では人という存在の邪悪な面を象徴するような需要は存在するのだが。
その扱いは真実からは程遠い捏造ではあるのだが、世界というのは力を持つ側が宣うことこそが事実とされる。
そこに時間の積み重ね――歴史が加われば、謂われなき捏造を騙られている被害者たち当人ですら、それを本当のことだと思い込んでしまうのだ。
それは神ならぬ人が運営する以上、社会がどうしても逃れられない宿痾とも言えるだろう。
「いえスティーヴさん。とりあえず話を聞いてください。というかまずは見てください」
「お前いい歳したおっさんに、そういう……」
「お約束はいいですから」
「そうじゃねえよ!」
ソルが見てくれと言ったのは、当然スティーヴの能力を使ってルーナの「全竜」という能力を確認して欲しいという意味だ。
だがスティーヴも人の世界の常識に40年以上浸かって生きてきたおじさまゆえに、亜人系、獣人系が能力を持っているわけがないという思い込みからは逃れられない。
それにルーナが現れた時から身に付けているのは、上等そうだが薄くて頼りない布一枚だけだ。そんな頼りない衣装に身を包んだ美少女をよく見ろとばかりに前に押し出されたら、素でそういう反応になってしまうのも無理はない。
最初からルーナが不安そうにソルの長外套の裾を掴んでおり、前に押し出された時に怯えたような表情を浮かべているとなればなおのことである。




