第023話 『主従』②
「話を元に戻そうか。ルーナを強化するとなると、もちろん普通に魔物を狩って地道にってのはやるとして……」
「はい。失っている竜眼、竜角、双の竜翼。それらを取り返してもらえれば飛躍的に強くなれます」
魔導生物の頂点である竜、その力を象徴する魔導器官。
竜眼。竜角。竜翼。
それぞれがどんな力を秘めているのかなどソルにはまだ理解できないが、わざわざ奪われて名付の四大迷宮に封じられている以上、強くなるためにはそれらを取り戻すのが手っ取り早いのは間違いないだろう。
『勇者救世譚』において正面から邪竜を打ち破った勇者は、なぜか止めを刺さずに封印するに留めたとされている。
その理由は邪竜が不死であったからだとか、現在では死滅してしまっている竜族が邪竜を殺すことによって再び生まれるようになるからだとか、いろいろ言われてはいるものの当然真実などわからない。
そもそもただの御伽噺であって、歴史上の事実としてなど扱われてはいないのだ。
神話の解釈論といったあたりに過ぎない。
だがその邪竜が目の前でにこにこしているソルにしてみれば、落ち着いたらそのあたりの「邪竜視点」での事実も是非聞いてみたいところである。
「それは分身体でもなの?」
「分身体と真躰はリンクしていますから、分身体で取り戻せば真躰にも戻ります」
邪竜がいつの日か力を取り戻し、自らの力で封印を破ることがないように勇者は片目、片角、両翼を奪い、当時の人が管理していた迷宮に封じたとされている。
それが現代でいう、名付の四大迷宮である。
ソルにしてみれば迷宮の攻略という自分の夢を進めれば進めるほど、ルーナは本来の力を取り戻しより高難易度の迷宮へと挑めるという好循環になるというわけだ。
「最終的には真躰の開放が目標になるか」
「いいのですか? 我の真躰の封印を解き放ったりしても」
「夢を叶えるためなら、出来ることはなんだってやるさ。どこにあるかはわかるの?」
「漠然とした方向程度であれば」
毒を食らわば皿までというわけでもないが、今更ルーナを警戒しても始まらない。
真躰を解放しようがしなかろうが、ルーナが再び封印されることをよしとすれば自分などその瞬間に殺されるのだと覚悟を決めて従僕としたのだ。
であれば最強の力、本来の全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアを解放することを目指さないわけがない。
それにまだソルは、竜が自ら告げた真名を最初に呼ぶという行為がどういう意味と効果を持つのかを知らない。
「まあ焦っても始まらない。まずは手近な迷宮を攻略しようか。それだって普通ならとんでもない不可能ごとな訳だしね」
「主殿が望まれるままに」
四大迷宮の位置は知っていても、ここエメリア王国を含む大陸四大国家が管理するそれを攻略するなどそう簡単にはいかない。
そもそも今の時代、人は大魔導時代の力をほとんど失い、管理とは名ばかりで封印している四大迷宮を攻略するなどと言ったらその正気を疑われて当然だろう。
まずは二桁階層にさえ届いていない、名無しの迷宮を攻略することで実績を積む必要は絶対にあるのだ。
そういう意味では、今までのように必要以上に目立たないようにする意味などもはやない。
「さて、そうと決まればとりあえず寝ようか。というかルーナ、お腹はすいてない?」
「食べられる……眠れる……」
もう夜も随分更けている。
千年を不眠で耐えたルーナとは違い、どんな力を持ってはいてもただの人であるソルに徹夜は堪える。
明日に備えてとりあえず寝る、小腹が減っているのであれば何か食べるかを提案すると、わりと作画崩壊したような顔でルーナが涎を垂らさんばかりの様子になった。
どちらも千年ぶりとなれば、偉大なる竜とはいえ無理なからぬことだろう。
「あ! いや人の従僕は主のために夜伽というものをするのでしょう? 我は知っております! さあ主殿、まずは夜伽を」
「……却下」
だが本当にどこから得たのか問い詰めたい半端な知識を以て、妙な主張を始めるルーナである。
その様子からして「夜伽」が具体的にどういうものかは間違いなく知らない。
――竜は卵生だしなあ……
「なぜに? この見た目ではダメですか」
「いや見たことないくらい可愛いよ。でも年齢がだめ」
ソルが下らないことを考えていると、妙に鋭いことを聞いてくるルーナである。
確かにルーナは美しく、恋だの愛だのはまだピンと来なくとも健康な17歳であるソルにそっち方面の興味や欲がないわけではない。
とはいえソルにはロリコンのケはないので、10歳程度にしか見えない今のルーナに欲情しろと言われても流石に無理がある。
だが。
「ではこれなら?」
ぽんという気の抜けた効果音とともに、ルーナが時を10年ほど進めたであろう妖艶な姿に変化する。
――ああ、そういえば元の姿も人の好みに合わせて自分で考えたって言ってたっけ……
ソルから見て少し年上のお姉さんに見える今のルーナには、さすがに生唾を呑み込まざるを得ない。
体のラインがはっきりわかる基本的にはロリバージョンのルーナと同じ衣装の破壊力が半端ない。
赤面したソルを見て悪い笑顔を浮かべるルーナは、確かに獲物を前にした竜のようだ。
ソルにもっと経験があれば、手練手管に長けた美しい女性が目標を落とした確信した瞬間に浮かべるそれだと気付けたのかもしれない。
――実は全部わかっていて、その上でからかわれてるのかなー
己の人生の何倍をも生きている竜であれば、そっちの方があり得るような気がするソルである。
「……でも痛いらしいよ?」
「痛い……」
だがソルのせめてもの反撃に、ルーナは目に見えてたじろいだ。
つまりどういうことをするのかは知っていても、経験もなければ十分な知識も持っていないということだ。
しかも千年ぶりに実体として存在しているルーナは、触れられたりする程度でも過敏に反応してしまっていることはソルでも理解できている。
というか膨大なH.Pに護られた竜であればこそ、痛みには慣れていない可能性が高い。
この千年は精神的な責め苦であったのだろうし、千年前に勇者に敗れ去った時が初めて痛みを得た時だという可能性もある。
というか俄かに怖気づき、震えそうなルーナの様子から見てまず間違いなくそうだろう。
「本当にその姿まで育った時でいいんじゃない?」
「そうなのですか?」
それをみて思わず笑ってしまったソルに余裕が生まれた。
どこか不満そうではあるが、痛みの恐怖にはまだ勝てないらしいルーナは、「主殿がそう仰るなら」などと言い訳をしつつ元の姿へと戻った。
どうあれ幼い少女の姿を気に入っているらしい。
「だったらせめて一緒に寝てよいか!」
「はいはい」
飛びついてきたルーナの頭をなでると、竜ならず猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしている。
朝起きたら日頃は抜いている朝食を用意しないといけないなと思いながら、ソルはルーナを抱えたまま寝室へと移動する。
いや、せっかくの千年ぶりの食事なのだから、朝からでも開いている美味しい店へ連れて行ってやるべきかもしれないなどとも思いながら。
結局、朝には主手ずから餌付けしてもらうことを望んだルーナに、ちょっと引くことになるソルである。
今夜生まれたソルの信者。
その中で最も信心深いのは、あるいはルーナなのかもしれない。
自らの全てを支配できる真名を自ら告げ、その主に力を見せた上でも「可愛らしい存在」として扱われる自分を、この上なく嬉しいと感じてしまうのだから。




