第022話 『主従』①
「主殿、これはなにかを聞いてもいいですか?」
当たり前のように転移で隠し部屋に戻ったルーナが、自分を左腕に抱えているソルに尋ねる。
自身の薄い胸のあたりに手を当てて言う「これ」とは、先ほど自らに付与された治癒魔法のことをさしているのは間違いない。
己が強くなるに伴って魔法やスキルを身に付けるという経験には、その正体が竜であるルーナは人間などよりもよほど慣れている。
己の力としたその瞬間から、その魔法やスキルがどういう効果を持ち、どう使うものなのかは大体理解できる。
実際に使った結果が己の認識と多少の乖離していることもあるが、自分の手足を当たり前に動かせるような感覚で、文字通り「身に付ける」のだ。
新たな力を得るというのはそういうもので、それが成長によるものであろうが捕食によって他者から奪ったモノであろうが、それは変わらない。
だが他者の意志によって否も応もなく「身に付けさせられる」という経験は、ルーナにとっても初めてのものだった。
弱体化しているとはいえその正体は竜であるルーナが素直に「すごい」と評するほど、他人に魔法やスキルを付与できるという事実はとんでもないことなのだ。
もしもソルが神の代行者を騙っても、それを明確に否定できる者などいないのだから。
「僕の『能力』だよ。『プレイヤー』という。仲間にした者に手持ちのスキルやステータス値をある程度自由に付与できるんだ。なんかルーナには無制限みたいだから、手持ちのスキルは一応全部付与しとくね。ルーナのステータス値は圧倒的すぎて要らないと思うけど、必要になったらそっちも付与するつもり」
その問いに答えるソルが少々早口なのは、こりもせずに驚いている自分を表に出さないようにするためである。
隠し部屋から屋敷内、屋敷内から中庭への転移はまあ理解できる。
1回目は情けなくも内心悲鳴を上げて縋りついてしまったが、2回目はなんとは平静を装うことができていたはずだ。そうであってくれ。
だがさすがに敵を始末して屋敷に戻る際にも普通に使われたのは想定外だった。
わざと外連味たっぷりに長外套をひるがえし、颯爽と屋敷内へ戻ろうとしていたらいきなりまた転移である。
もはやルーナと2人でいる時は、転移がデフォルトの移動手段だと思っておいた方がいいのかもしれない。
神話級だの伝説だの、幻の高階梯魔法だのルーナにはまるで関係などないのだ。
使えるものは便利に使うという程度の話に過ぎない。
だがそれを外でやられると目立つなどと言うレベルではないので、後でしっかり言って聞かせておく必要がある。
今も全く体重を感じさせない、おそらくは常時『浮遊』が発動しているという状況も自重してもらう必要があるだろう。
竜とすれば当然のことかもしれないが、自分の後ろをルーナがふわふわ浮かんでついてきているという絵面は『転移』の乱用よりも目立つことは間違いない。
そもそもソルがルーナのような獣系美少女を連れて歩いているだけで、この上なく目立つことは避けられないのだが。
――まあ確かに、本体――真躰だっけ? があの大きさだというのなら、いちいち四肢を動かして移動だの、翼をばっさばっさやって飛ぶだのは現実的ではないのか……
ただそこにいることや移動すべてが、『浮遊』や『転移』を以って行われるのは、竜にとって当然のことなのかもしれないと納得することにしたソルである。
「そんな能力があるのですね……」
「いやルーナの方が凄いよ。正直びっくりした。詐欺発言は撤回させてもらう」
心の底から感心している様子のルーナに、ソルは苦笑いを浮かべるしかない。
ソルの言葉はお世辞でもなんでもなく、古の邪竜――ルーナ曰く『全竜』ルーンヴェムト・ナクトフェリアの戦闘力は桁違いだ。
分身体とはいえそれがもともと保有しているH.PやM.Pの数値はとんでもないし、各種ステータス値は「一騎当千」という言葉を数値化したような数字がずらりと並んでいる。
ルーナが手加減なしでぶん殴ったら人など簡単に消滅するだろうし、その膨大なH.Pを削りきろうと思ったら、『黒虎』が日がな一日攻撃を加え続けても何日かかるかわからない。
というか時間経過による回復速度の方が、削る速度を確実に上回るだろう。
M.Pにしても常時『浮遊』を発動させ、3回も『転移』を行ったにもかかわらず一切減少している様子がない。
少なくとも『浮遊』によって常に消費される魔力量よりも、外在魔力の吸収量と内在魔力の生成量の合算が上回っているのは間違いない。
あるいは桁がおかしいとしか思えない魔力総量よりもその圧倒的な魔力回復量こそが、魔導生物の頂点たる竜の特徴なのかもしれない。
実戦においても、冒険者崩れとはいえ5人もの「魔物と戦って勝てる」相手を鎧袖一触というのも生ぬるい始末の仕方をして見せた。
しかもそれでいて素体レベルは確かに「1」なのだから恐ろしい。
つまりは今のルーナが最弱であり、これからいくらでも強くなっていくのだ。
「人相手であればあんなものですが、迷宮深部ともなるとこのままでは……」
褒められて照れている美少女にしか見えないルーナだが、言っていることはわりととんでもない。
ルーナにとって人とは能力のあるなしなど関係なく、先刻のように必要であればいつでも始末できる対象――有象無象でしかないということだ。
とんでもない能力を持っているとはいえ自身も同じ人でしかないソルにしてみれば、思わず引き攣った笑いを浮かべてしまうのは勘弁してほしいところだろう。
大国や聖教会が邪竜級の秘匿戦力でも保有していない限り、現時点でもソルは世界の支配者の如く振舞っている「人の世界」であればどうとでもできる力を保有していると言える。
だがそんなルーナであっても、迷宮深部の魔物が相手となると楽勝とはいかないらしい。
さすがに『黒虎』が命からがら撤退するしかなかった、名無し迷宮の第9階層程度であればなんの問題もないだろう。
ルーナが口にしている「迷宮深部」とはそんな生温い場所などではなく、そこに生息する魔物の強さを知っているからこその発言なのだろう。
「僕の夢を叶えるためには、ルーナの強化が必須ってわけだね」
とはいえそれは分身体、それも素体レベル1である現状においての判断だ。
人の身であってもある程度攻略可能な迷宮や魔物支配領域を片っ端から攻略し、順を追って強化していけばいいだけの話だ。
「……申し訳ないです」
「自分の夢のためだから気にすることないよ。それに僕はルーナの状況に付け込んで、自分の従僕にしたわけだしさ」
「それこそ気にされる必要などありません。我は主殿がどのような人であっても先のように惨めに縋っておりました。それどころか主殿ではなくても、あの地獄から救ってくれるのであれば誰でもよかったのです。そんな節操も誇りもない従僕など、好きなように遣い潰してくれればいいです」
「……お互い、露悪的な言い方は控えようか」
「主殿がそうおっしゃられるならば」
ソルは自分の夢を叶えるために、ルーナが絶対に必要。
ルーナは二度とあの地獄へ戻らなくて済むように、ソルにとって必要で従順な従僕であり続ける必要がある。
互いの利害が一致しているのであればそれでいいのだ。
少なくとも今のところは。
であれば不必要にドライを気取る必要もなく、友好的な関係を築くにこしたことはないのは確かだろう。
最後の台詞を澄まし顔でルーナに言われたソルは、どのような姿をしていてもやはり数千年を生きた竜には敵わないなと苦笑いするしかない。




