第002話 『プレイヤー』②
ソルの掛け声に素直に従い、まずリィンと呼ばれた少女が大木の陰からバジリスクの視界の前、索敵範囲内へとその身を晒す。
それと同時に自身の盾役としての仕事を果たすため『威圧』――目標の敵意を強制的に自身に向けさせると同時に、効果時間中は敵のあらゆる行動速度を鈍化させるという破格の性能を持ったスキルを発動させる。
スキルが発動する際の派手なエフェクトを身に纏い、華奢な細身では本来持ちあげることも不可能であろう大剣と大盾を構えるその姿は、見る者の目を奪うには充分に足るほど美しい。
大盾&大剣使いの戦士、リィン・フォクナー。
ソルからパーティーの『盾役』として選ばれた、金髪金眼、バランスのいい健康的な肢体を持った美しい少女。
肩のあたりで綺麗にそろえた髪をなびかせて突進するその美しさに引き寄せられるようにして、敵の存在を察知したバジリスクもその巨体をリィンの方へと振り向ける。
彼我の体格差からすればひとたまりもなさそうなその突撃を、巨大な盾を構えたリィンがこともなげに受け止め、その後いなして柔術の投げ技のようにバジリスクの巨躯をあっさりと地面にすっ転ばせる。
だが一見すれば簡単に受け止めたように見えてはいても、実際はそうではない。
バジリスクの突進を大盾越しとはいえ正面から受けた結果、それなりの数値を消し飛ばされた不可視の障壁――本来は魔物と戦える『能力』を授かった者たちの中でもごく一部の者だけが身に纏うことを赦される『H.P』を0にさせないよう、ジュリアがソルの指示を受けて即座に『回復』を発動している。
癒しの聖女、ジュリア・ミラー。
ソルからパーティーの『回復役』として選ばれた、桜色の髪と瞳をした色気過剰とも見える抜群のプロポーションを誇る美少女。
普通の冒険者であれば引退を覚悟するような大怪我でも治してしまうスキル『治癒』によって、冒険者ギルドや聖教会はもとより、貴族社会からも単独での治療依頼を受けるほどの有名人でもある。
その力から呼称されている『癒しの聖女』という通り名には、少々そぐわない胸焼けするような色気を纏ってはいるのだが。
リィンの『盾』が砕かれればもとより魔物の攻撃に耐えられるはずもないソルとジュリアはその姿をバジリスクに晒しているが、必ずリィンとバジリスクを結んだ線の延長線上に自分たちの身を置くように細かく移動している。
内心に湧き上がる恐怖を押さえ、盾役であるがゆえに敵の攻撃を最も多く受け続けるリィンの背後から離れるような愚はおかさない。
岩や大木の影などよりも、リィンの背後こそが魔物との戦闘において最も安全な場所だとわかっているからだ。
『指揮役』のソルと、『回復役』のジュリアが、『盾役』の背後から離れることによって得られるメリットなどなにもない。
だが魔物の削り役――攻撃を担う男性陣の二人、マークとアランは敵の全周型大技を回避する際でもない限り、戦闘中ずっと盾の陰に隠れているわけにはいかない。
リィンにすっ転ばされ、その巨躯のために素早く体勢を立て直せないバジリスクへ向かって、派手なエフェクトを纏った無数の遠距離攻撃――『魔法』が次々と叩き込まれる。
魔力そのものを叩き込む無属性の『魔弾』に加え、地水火風の属性を纏った『属性弾』が次々と発動のタイムラグのずれを以ってバジリスクへと着弾する。
魔法使い、アラン・ルイス。
ソルからパーティーの特殊、魔力系の『攻撃役』――魔法使いとして選ばれた、蒼氷色の髪と瞳を持った常に沈着冷静であることを旨とする少年。
同世代の異性から「冷たい」という評価を受けがちな性格ではあるが、さすがに戦闘中は高揚を隠すことができないことを自覚している。
その分、意識して冷静である事に努めてはいるのだが。
「アラン! 風属性が一番効いている! 風系に特化を頼む!」
「いえ無効化されている属性はありません! それならば再発動可能になるたびに全属性を撃ち込んだ方が素早く倒せるでしょう!」
「…………わかった」
ソル以外には不可視の表示枠から得られる戦闘の情報は常に正確である。
ゆえにバジリスクの弱点が風属性であることは間違いない。
だがそれを客観的に証明する手段がない以上、「実戦の経験」に基づいた「使い手自身の判断」が優先されるのは仕方がないことともいえる。
そしてその傾向が、使い手が強くなっていくことに正比例してゆくのもまた当然だ。
ここ最近の戦闘において、男性陣2人は事実上ほとんどのソルの指揮を無視している。
素直に従ってくれているのは女性陣2人だけであり、だからこそまだなんとかパーティーとして破綻せずに戦えているともいえる。
だがソルはアランの意見を頭から否定することができない。
アランとてソルの意見をまるで信じていないわけではなく、信じた上でなおそうした方がいいという判断をしているだけだからだ。
『プレイヤー』という能力の全てを仲間にすら語っていない自分が悪いと、ソル自身もわかっているのだ。
実際のところパーティーの総保有M.Pを効果的にダメージに置き換えることは、ぎりぎりの戦いにおいては大げさではなく生死を分ける。
だが余裕があるのであれば殲滅速度をあげるという判断が盾役の負担を、ひいてはパーティー全体の負担を減らすということもまた事実ではあるのだ。
自分が『プレイヤー』の力をミスせずに行使できさえすれば、バジリスク相手であればまだ十分な余裕があるとソルは判断している。
充分なマージンを確保することは冒険者としての最低限となる基本。
常に一か八かの賭けを繰り返しているようでは、大成する前に命を落とすことになるのは当然なのだから。
だからこそ自分の指示に従わないアランに対して、ソルはまだ「わかった」と答えることもできたのだ。
「爆拳百裂!!!」
次は近接戦闘型がゆえに、アランの魔法からは遅れて打撃を加え始めていたマークが時間充填開放型の大技をバジリスクの脇腹へと叩き込む。
ソルによって付与された『通撃』のスキル効果によってバジリスクが本来持つ物理防御力をほぼ無効化し、スキル発動後の充填期間に打ち込んだ打撃と同じ数を瞬時に再現するという、時間当たりの攻撃力をほぼ倍化する大技だ。
拳闘士、マーク・ロス。
ロス村の村長の息子であり、この世界では最も多い茶髪茶眼の美丈夫。
近接物理攻撃役ゆえに他の仲間たちよりも鍛えこまれたその肉体は、同世代どころか現役冒険者たちの中でも突出した完成度を誇っている。
パーティー『黒虎』のリーダーであり、同世代では頭一つ抜けている魔物の討伐数から、城塞都市ガルレージュの冒険者の中ではすでに五指に数えられる強者と看做されている。
そのマークが自身の必殺技として『爆拳百裂』と勝手に呼称している大技は、本来ソルの合図に従って発動するというのが『黒虎』の初期ルールだった。
だが最近では撃てるようになったら即叩き込むことが常態化してしまっている。
マークにしてみれば一発でも多く大技を叩き込み、出来るだけ短時間で戦闘を終了させるべきというアランと同じ意見に基づいての判断だということはソルにもわかっている。
しかし魔物との戦闘とはそう単純なものではない。
相手の敵意を完全にコントロールし、大技の発動をキャンセル、あるいは完全に対応可能な状況で撃たせることによって、より優位に戦闘を進めることはいくらでも可能なのだ。
敵の行動を完全に把握できてさえいれば、戦闘時間が多少長引いても完封してのけることすらも不可能ごとではない。
それが力任せではなく、能力とスキルを駆使して行う魔物との戦闘の神髄とさえ言える。
もっともそんなことを本当の意味で理解できるのは、『プレイヤー』という能力を持っているソルだけだ。
ある程度は伝えているとはいえ、『プレイヤー』という能力が可能とすることを全て仲間にも話していないソルにしてみれば、絶対に自分の指示に従えというのも無理がある事もわかっている。
なによりもソル個人としての戦闘能力は『黒虎』メンバーの中では圧倒的に低く、魔物に直接という意味では「なにもできない」と言っても過言ではないほどなのだ。
だからこそ指揮から外れた行動によって綻びた戦線の「立て直し」くらいは、絶対にこなさねばならない自分の仕事だと納得している。