第019話 『信者』①
「はー」
ソルは呆れ気味にため息をつくことしかできない。
さすがに二度目なだけに、転移はなんとか落ち着いて乗り切れた。
今ソルがいる位置は自分の屋敷の中庭、そのほぼ中央にある噴水の上だ。
つまり転移前から継続して、当たり前のようにルーナと共に浮遊している。
そしてルーナにとっては直接手を下すにも値しない雑魚である賊たちは、ソルが想定したとおりの処分のされ方をしていた。
つまりルーナによる転移によって、ただ単に遥か上空へと放り出されたのだ。
ソルは詳しくは知らないが、50メートルもの高さから落とされればまず確実に人は死ぬ。
だが今ソルに溜息をつかせた5つの肉塊は、少なくとも100m以上の高度から落下して地面にたたきつけられた結果だろう。
かなりグロい。
――短距離と言っていたけど、この程度なら余裕ということか。
一度に適用できる対象人数に制限がないのであれば、この『転移』一つでルーナは軍隊とでも正面から戦えるということになる。
仮に直径100m範囲にいる者すべてが対象に指定可能なのであれば、その結界内に一歩でも踏み込んだ人間は例外なく100m上空から降るはめになるということだ。
つまり浮遊系の魔法を使えるか、強制転移に対する抵抗方法を持っていなければそれで終わる。
歩兵も重装歩兵も騎兵も将軍も分け隔てなく、上空から無数に降り落ちては潰れて死んでゆく人馬の群れを想像してしまったソルはもう笑うしかない。
落ちた瞬間の音と声がなかなかにエグく、うっかり夢に見そうで嫌なソルである。
自分たちが転移してからしばらく後に、上空から意味不明の叫びと共に5人もの人間が落ちてくるという絵面も結構なホラーだった。
ルーナにはソル以上に、容赦というものが一切ない。
まあ長々と拷問される苦しみを知っているルーナにしてみれば、数秒の恐怖と一瞬の激痛で済ませてやったのだから慈悲深い始末の仕方だと言っても間違いではないだろう。
生殺与奪の権を強制的に握られるほどの格上に喧嘩を売った者は、どのような目にあわされても文句など言えない。
そのことを、我が身を以って誰よりも思い知っているのがルーナなのだから。
「これらはどうしますか?」
「ああ、聞きたいことがあるのと、実験対象の候補だね」
ルーナによって肉塊に替えられたのは8人の賊のうちの5人。
そいつらは明確な殺意を持ち、ソルを殺すつもりだったということだ。
どういう評判であれ間違いなくB級の冒険者であるソルに殺意を持てる――殺せると思えるということはつまり、その5人は冒険者崩れだったのだろう。
スラムという場所に限定するのであれば、最強格だったのは疑いえない。
ルーナの言うこれら――殺意を持ち得なかったために生かされた3人。
対象を殺しに行くことはわかっていたにもかかわらず、対峙してなお殺意を持てないということはつまり、戦う能力に恵まれなかった者たちだということだ。
事実、睥睨する――角度的にそうならざるを得ないというだけだが――魔王の如く空中に浮かぶソルたちを見上げて、下手な演技のように大げさに震えることしかできなくなっている有様である。
――なるほどね。後始末役の下っ端といったあたりか。
肉塊たちが想定していたとおりソルを殺した場合、その後処理をやらせるために連れてきていた戦力外の者たち。
3人とも死んだ5人と比べてみな歳若く、間違いなく全員がソルよりも歳下だろう。
12歳になる年の元日に優れた能力に恵まれず、生まれ故郷からなんの準備もなく城塞都市での生活に憧れて飛び出し、案の定スラムで生きていくしかなくなったというお約束を辿った少年少女というわけだ。
同じ年頃に見える、男1人と女2人。
『能力』に恵まれなければ、あるいはソルたちがなっていたかもしれない姿。
だからというわけではないが、ルーナに告げた「実験」の対象としてはちょうどいいかもしれないとソルは思ったのだ。
「『黒虎』の解散を誰から聞きました?」
とはいえこの状況でさえ従順にもなれないほどのチンピラ気質や、逆に恐怖に支配され過ぎて硬直することしかできないようでは別の候補を探すべきだとも判断している。
その確認も兼ねて、まずは基本的な質問をする。
だが誰も答えない。答えられない。
ソルが視線を向けた体格のいい男は、なにかを言おうとして口をパクパクさせてはいるもののまともな言葉を発することができないらしい。
「答えないなら、君たちも殺すことになるけど」
……まあ確かに魔物との戦闘を経験していないこれくらいの年齢だったら、絶対的な強者だと思っていた連中が5人まとめてよくわからない方法で肉塊に変えられたらこうなるか……
冒険者をしていれば、無残な人の死体など飽きるほど目にすることになる。
ソルにしてもそうなる過程にさすがに呆れただけで、潰れた肉塊程度ではもはや動じない。
冒険者稼業というものは、斯くも過酷なものなのである。
この期に及んで虚勢を張られる心配はなさそうだが、自分の命がかかっていても動けないとなればさすがにソルが想定している実験対象には選べない。
会話など通じない、格上の魔物と対峙した際に動けもしない人間には務まらないからだ。
ゆえに本当に殺すつもりはないけれど、最後の確認としてソルは静かに、だが明確な言葉にして「殺す」という最後通牒を行ったのだ。
「わ、私たちは知りません。本当です。貴方が殺したボスが……」
男が首を左右に振りながら自らが殺される恐怖に支配されていくのを見てソルが無理かなと思ったタイミングで、女二人のうち片方の少女がソルの前に出、震える声でなんとか声を絞り出した。
――こういう時には女性の方が強いのかなあ……
逃れようのない死に直面して、それでも行動できるというのは実は得難い才能なのだ。
迷宮で格上の魔物と不運にも接敵し、恐怖と絶望に硬直したまま殺されてしまう冒険者は意外と多いのだ。
格上の魔物と接敵したことは確かに運だろう。
とびきりの不運だと言っても差し支えない。
だが動けもせず殺されたのなら、それは運ではなく自身の覚悟が足りていなかったに過ぎない。
そういう意味でこの少女はソルの実験対象として、まずは第一段階をクリアしたと言っていいだろう。
「じゃあ次の質問。君たちはなにもの?」
確かにこの少女が言うとおり、下っ端にいちいち情報源など教えないというのは納得できる答えだ。
この状況下で自分の命を懸けてまで嘘をつくほどの価値がない情報でもある。
納得したソルは男から視線を少女へと移し、新たな質問を投げかける。
「スラムを拠点とする組織のひとつです。ボスはそこで死体になっているガフスさ……ガフス・ノダク。スラムではガフス組と呼ばれています」
まだ声は震えているが、遅滞なくソルに聞かれたことに応えている。
「実験対象」というソルの言葉は恐ろしいものだろうが、たとえそうされたとしてもただ殺されるよりはよほどましだと覚悟を決めた表情をしている。




