第134話 『同床異夢のハーレム』①
「え? 本当に終わったんですか?」
ソルが本気で驚いた表情を浮かべている。
ここはエメリア王城の貴賓室の一つ。
クリードをガルレージュ城塞都市からここ王都マグナメリアまで送ってきたソル一行が、晩餐までまだ時間があるので午後の御茶会を開いていたところだ。
「はい、たった今すべての議題が終了いたしました」
そこへエゼルウェルド王、フランツ王太子、マクシミリア第二王子が揃って訪れ、代表して議長を務めていたフランツ王太子が『世界会議』の完了を報告したがゆえのソルの驚きである。
「クリードさんがここに戻ってきてから、そんなに時間たっていませんけど……」
竜脈路を使用しての超長距離転移は『妖精王』がいなければ使えない。
ゆえに一刻も早い『世界会議』の閉幕を望むソルが、その依頼を請け負ったクリードをここまで送り届け、そののちに大会議室へ送り込んでからまだ一刻少々しか経過していないのだ。
ほとんど時間をかけずにあっさりこの部屋へ戻ってきて一緒に茶を飲むクリードに首尾を聞いても、「さてどうでしょう?」とはぐらかされていたので、ソルの驚きはなお大きい。
「クリード殿の……ご説明からは一刻もかからず閉幕に至れました」
「すごいですねクリードさん。どんな魔法を使ったんですか?」
「ソル様の威をお借りしただけですよ」
あれを具体的にどう伝えていいかわからぬフランツは「ご説明」と表現するしかないのだが、それを聞いたソルは本気で感心し、クリードがネタばらしをしてくれることを期待している。
だがクリードはにこやかにそう答えるばかりで、具体的なことをなにも伝えようとしない。
エメリア王家の立場と面子を慮ってくれていることは明白であり、フランツからの報告に嘘にならない程度に合わせてくれるつもりなのだろう。
「……面目次第も御座いません」
よってエゼルウェルド王もフランツ王太子も、自ら助力を願い出た割にはわりとなんの役にも立てなかったマクシミリアもみな恐縮しきりである。
ソルに対しても、クリードに対しても頭を下げることしかできない。
「いえ、ああいうのは人ではない私のような魔族だからこそできるやり方ですよ。というよりもそれまでを人の常識、規律に沿って進めて頂けていたからこそ効果的だったのです。あれだけの規模の会議を10日掛からず纏め上げられた功績の大部分は、エメリア王国に在ることは間違いありません」
それを受けてクリードが演技ではなく慌ててフォローする。
確かにわかりやすい恫喝で決着をつけたのはクリードなのかもしれないが、その前提となる各国への条件提示はどれだけ力があろうがクリードに用意できるような代物ではない。
痴れ者どもの目を覚ましたのは確かにクリードだが、その結果きちんとすべての国が落としどころとできる草案を造り上げた功績の方が、はるかに大きいと本気でクリードは思っている。
クリードのした役であれば極論誰にでもできるが、その結果締結に至る諸条件を整えることができたのは、エメリア王国の優秀な官僚たちが昼も夜もなく奮闘したからこそなのだから。
「適材適所ということで、美味しいところだけ掻っ攫って行ったことはご容赦いただければと」
だが矜持を持つ者に対して必要以上の遠慮は逆効果だし、すぎれば無礼にもなる。
それを知るクリードは冗談めかしながら、己の手柄も誇っても見せた。
「……そう言っていただければ救われます」
そう答えて頭を下げるフランツは、正直なところ内心で感服している。
魔族など力に頼った蛮族だろうと漠然と思っていたが、知恵持つ存在が千年を生きるということは、こういう腹芸を苦もなくできる『賢者』を生み出すということなのだ。
多少目端が利いたところで百年も持たずに衰え、自身の積み上げた経験の欠片程度しか次世代へ繋げられない人間は、『個』においては太刀打ちできないのだと実感している。
だからこそ数で勝る人間は、『集合知』を如何に活かすかを模索すべきなのだ。
人間同士でいがみ合っている場合ではなかったのに、この千年大して何も積み上げることができていないのが恥ずかしいやら腹立たしいやらのフランツなのだ。
「ガウェインさんに、クリードさん仕様の魔導基礎衣類を依頼しないとですね」
一方、クリードがあっさりと自分の望みを叶えてくれたことにソルは御機嫌である。
これでこの後イシュリー教皇が到着次第、必要な打ち合わせにフルメンバーで臨むことができるので当然だろう。
よって事前にクリードに提示していた報酬を急ぎ用意しなければと思っているのだ。
「それは?」
聞きなれぬ『魔導基礎衣類』という言葉にエゼルウェルド王が反応する。
この大国の王はいい年をして再び己が冒険者として迷宮攻略に臨める日を楽しみにしており、そのためにこそ国家間の雑事を精力的に片付けて行っているとすら言える。
ゆえにソルの下でガウェインが次々と生み出している、とんでもない魔導装備には興味津々なのだ。
「ああ、国際会議を本当に一日もかからず終わらせてくれた報酬です。クリードさんの失われている両角、両翼、尻尾、片眼という魔導器官を、疑似魔導器官で補えるようにしようかと」
「……」
だがあっさりそう答えたソルに、エゼルウェルド王とフランツ王太子、マクシミリア第二王子は絶句する。
左の『魔眼』一つであの威を発することができるのがクリードという魔族なのだ。
それが失われた魔導器官すべてを取り戻したら、一体どれほどのものになるのか。
実際に大会議室でクリードの威に当てられたからこそ、そのとんでもなさを想像して硬直してしまうのだ。
「御心配には及びませんよ。今さら私程度がすべての魔導器官を取り戻したところで、全竜殿にも妖精王殿にも神獣殿にも遥かに及びません。ソル様のお手伝いを今より少々しやすくなるという程度に過ぎませんよ」
それを察したクリードがその杞憂を笑い飛ばす。
翅を捥がれていた蝶が再び飛べるようになったとて、その蝶をいつでも捕らえ再び翅を捥ぐことなど造作もない存在がいるからには心配することなど何もないのだと。
人と魔族の力の乖離がどれだけ大きくとも、それをはるかに上回る絶対者の前では両者ともに等しく弱者にしかすぎず、許可もなくいがみあうことなど許されないのだ。
「……妖精王もそんなに強いのですか?」
だがクリードの発言に、フレデリカが純粋な疑問を投げかける。
『全竜』については今更言うまでもない。
実際に対峙した『神獣』とて、本来の権能を全開にすれば『固有№武装』に身を包んだ四人であっても歯が立たないであろうことは実感している。
だがいつもソルの首根っこにぶら下がり、その天然さにも現在嫌疑がかけられている『妖精王』ですらも、魔族よりも強いというのは正直なところ納得し難い。
領域を展開し、竜脈路を自在に駆け、世界樹を制御する『妖精王』は間違いなく『怪物』の一体なのだと思いはするが、あくまでもそれは便利な力に特化されていて、純粋な戦闘力ではどうなのだろうと思ってしまうのだ。
「確かに今の様子を見ていれば強そうには見えませんね。ですが妖精王――世界樹を司り、外在魔力を自在に制御する存在は、我々のような魔導生物にとっては基本的に無敵なのです」
フレデリカの素直な疑問に、クリードは苦笑いして答える。
千年が経過したこの世界に、『妖精王』の恐ろしさ、あるいは悍ましさが伝わっていないのはある意味当然なのだ。
だが『妖精王』と敵対した者は、強制的に一切の外在魔力の供給を断たれる。
つまりはこの千年間、魔族だけではなく亜人種も獣人種も、人に対する弱者として膝を屈するしかなかった状態へ追い込まれるのだ。
その上で自身は無限の魔力に支えられて、あらゆる強大な魔法を行使するのが『妖精王』
そんなものと伍せるのは、外在魔力に頼らなくとも自身の膨大な内在魔力で継戦可能な竜種くらいしか存在しないのである。
それに――
「徒に外在魔力を消費して力を行使する我々魔族は、『妖精王』にとっては見つけたら処分すべき害獣の類だったのですよ」
千年前、まだ「アイナノア」としての自我を持たない魔力の調整弁ともいうべき全自動存在であった『妖精王』にとって、魔族とはそういう対象だったらしい。
「それがこうやって、同じ空間でお茶を飲んでいるわけですか」
現代には残されていない逸失した知識に対して、フレデリカはしきりに感心している。
こんな話が聞けるだけでも、ソルと出逢えた自分の幸運に感謝したくなるフレデリカなのだ。
「ははは、それを言うなら全竜殿と同じ空間にいて笑っていることこそが異常ですよ。千年前の私であればすっ飛んで逃げていますね」
「それは貴様が我が眷属を殺しているからだろう」
「返す言葉もございませんね」
そうやって『全竜』と『竜殺しの魔神』がじゃれ合っているこの光景こそが奇跡なのだと、力を持つ『怪物』たち自身こそが一番理解できている。
「つまりここにルーナちゃんとアイナちゃんとアヴ君がいて、クリードさんと私たち人間が一緒に笑っていられるのも……全部ソル君のおかげなんだ」
「そのとおりでございます」
ようやっとそこのことを本当に理解できた気がしているリィンの半ば茫然とした呟きを、冗談めかしながらも完璧な仕草でクリードが一礼して肯定する。
「私は――私ども魔族は、ソル様の認めた方々の良き仲間で在れるように、できる限りのことを致します」
もっともクリードに言わせれば、全竜を「ルーナちゃん」、妖精王を「アイナちゃん」、神獣を「アヴ君」と呼ぶリィンも充分にとんでもない。
まさか「ルーナ」が全竜の真名であると知るはずもないクリードにしてみれば、全盛期の己でもまるで歯が立たない相手を全て愛称で呼ぶなど狂気の沙汰でしかない。
いかにソルの「大事な人」として認識されているとはいえ、それで全竜も妖精王も神獣も嫌な顔一つ見せないというのが空恐ろしいのだ。
ゆえにクリードは自分がどんな略称でリィンに呼ばれることになっても、必ず笑顔で答えると決意を固めている。
幸いにして今のところは「クリードさん」と呼んでいてくれてはいるが、ある日突然「クリさん」とかになっても、膝から崩れ落ちないように注意しておかなければならない。
「……つまり期間限定だ、我が賢き妹姫よ」
「……わかっておりますわ、私の尊敬するお兄様」
だがそのクリードの言葉の真意を、フランツ皇太子とフレデリカ第一王女は正しく理解している。
クリードはいい人――いい魔族だ。
それは間違いない。
だがそれは「ソルが君臨している限りにおいて」であり、この場にいる『怪物』たちは皆、人間など遥かに凌駕する時を生きるのだ。
つまりソルがいなくなった後の世界でも、『怪物』たちは健在。
そして種としての人も、世代を繋いで続いている。
その時にもクリードが人にとっての「いい魔族」かどうかなど誰にもわかりはしない。
「?」
当のソルはなんのことかぴんと来ていない御様子。
「ソル様。お願いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
だがいい機会ではあるし、これ以上先延ばししてもいいことなど何もないと判断したフレデリカが、意を決してソルに話しかける。
すべてはソルの意思が優先される。
それでも「次へ繋ぐ」ための手段は、とり得る限り取っておくべきなのだ。
クリードに約束したように、『神獣暴走事変』の初動を収めたリィン、ジュリア、エリザ、フレデリカにもなにかお返ししなければなー、などといっていたソルに付け込むには、確かに一番いいタイミングなのかもしれない。




