第130話 『神なる獣』⑤
「冗談ではなく、正しさだけで倒せない相手には邪さも必要だと思う。なんのためかは違っても、殴りたい相手が同じならば手を組めないかな?」
沈黙する『黒き神獣』に対してソルが重ねて提案する。
ソルはすべての魔物支配領域の解放と迷宮の攻略を経ての『塔』の頂へと至る。
その障害となるものは取り除きたい。
『黒き神獣』は千年前の恨みを晴らしたい。
上から目線の同情で「救ってあげたい」などという情緒的なものではなく、あくまでも実際的に「千年に渡って蓄積された怒り」という力を自分の手駒にしたいのだということを、噛み砕いてソルは説明する。
少なくとも正しい――純白の神獣は千年前、『勇者』によって無数の槍に貫かれて殺されたのだ。
その『勇者』すらも『呪った』相手と対峙するには、千年前にはなかった力が重要になることは言うまでもない。
『黒き神獣』としてもそれで勝てる保証などあるはずもないが、少なくとも直接かかわりのない人などというふわっとした相手に八つ当たりをすることなどより、負けるにしても一発ぶん殴った方がよほどマシなんじゃないかとソルは思う。
生きていればすべて忘れて幸せに暮らすのも一つの手だろうが、死してなお千年も存えてきた呪詛――怒りであれば、それこそが唯一の正解じゃないのかなと。
そんなことよりも八つ当たりでもなんでも、暴れてすっきりする方が重要だというのであれば止むを得ない。
もはやソルにとって脅威ではない以上、それだというならば祓うだけなのだ。
だが一応は手持ちの交渉材料はすべて提示しておく。
「それに獣人種は今も生き残っている。外在魔力が再び満ちたこれからの世界では、本来の強者として生きていけるはず……ただし『神獣』が健在ならね」
千年前に逃げ遅れ、地上に取り残された獣人種たち。
だからこそ『大深度地下空間』の里での鏖を免れて生き残り、それゆえに力を失い人に蔑まれ、恥辱に塗れながらも千年間その血を繋いできた同胞たちは今なお健在なのだ。
ソルはこの商談が破談になったからと言って、生き残っている獣人種たちを連座させるつもりなどはさらさらありはしない。
それどころか魔導生物である獣人種を『プレイヤー』の下で育てたいがために、すでに保護した者たちの中から選出を開始しているくらいだ。
『神獣』が暴れたから、獣人種たちを根絶やしにせよ。
そんなことを真顔で求めてくる国がもしもあるのであれば、その国こそを歴史から消すことにためらいはないソルである。
もともと『神獣』ごと殺してしまうつもりもなければ、よしんばそうするしかなくなったところで獣人種たちの暴走を抑える手段などいくらでもある。
なんといっても再び世に満ちた外在魔力を統べる『世界樹』と、その制御役である『妖精王』はソルの手の内にあるのだから。
だがそんなことを『黒き神獣』に教えてやる必要もない。
己が千年に及ぶ怒りがいかに正当なものであろうとも、それに自分たちが信仰する神たる『神獣』を巻き込んで、今やっとまともに暮らせるようになりつつある同胞たちを暴走させることをよしとするのかという脅しでもある。
『……怨敵と対峙する際に、我らの呪詛が使えるかもしれぬというのであれば是非もない。我らの千年醒めぬ過ちを、せめて正しく使ってくれることを希う』
だがその存在が呪詛であれ怒りであれ、意思疎通が可能であるからには同胞を巻き込むことをよしとはしない理性は持っているらしい。
そもそも「誰でもいいから」と暴走を始めた時点で、自分たちの怒りは千年積み重なる間に間違えたのだと自覚せざるを得ない。
誰に対してのモノなのかを見失っていたこの怒り――力を正しい相手に叩きつけさせてくれるというのであれば、ソルと敵対すべきどのような理由もない。
「商談成立?」
『然り。となれば我らの意思など不要。力のみを神獣様に託して我らは消えましょう』
安心したようにそういうソルに、毒気と警戒の抜けた声で『黒き神獣』が答える。
正しく力が使われるのであれば、それにみっともなくへばりついていた己らなど不要だと告げている。
「いてもアヴは怒らないんじゃないかな?」
『呪詛に塗れた我らの魂も神獣様の中で一つとなります。御身の言われる『黒き神獣』となった際には神獣様も少々気性が荒くなられるでしょう。それが我らの残滓です』
「そっか……お疲れ様」
そういうソルに、『黒き神獣』はこの千年で初めて苦笑いを浮かべる。
迷惑だけをかけた自分たちが消えることを気にするソルに対して笑ってしまったのだ。
力のみを託して消え去る事こそが楽――解放なのだと理解したソルはなにを言っていいのかわからず、間の抜けた一言を口にする。
それで彼らは消え去った。
すくなくともソルと会話できる状態ではなくなった。
ゆっくりと『神獣』の真躰が漆黒から純白へ――ソルが『召喚』の際に見た手札と同じに戻ってゆく。
『……面目次第も御座いません』
意識を取り戻したアヴリールが、期せずして取り戻した真躰を小さくして謝罪する。
アヴリールにすればそうとしか言いようが無いというのはソルにも理解できる。
「結果だけみれば行方不明だった真躰を取り戻し、その上『黒化』も手に入れたってことで良しとするべきなんじゃないかな? 『神獣』はちょっと暴れたけど、人的にも物的にも一切被害を出していないんだし」
『とは申されましても』
だからこそ、あえて気楽にそう告げる。
その言葉はフォローというわけではなく、真実でもある。
この一件は実際そう片を付けるつもりだし、これ幸いとこの件で自分たちに有利な条件を引っ張り出そうとする国があるなら、選別と見せしめにはちょうどいいなと結構ひどいことも考えているソルである。
まあ間違いなくいるのだ、「これはエメリア王国の不始末では? 御しきれぬ力を抱えすぎるのも考え物ですな」などと賢し気に宣ってくる自称「交渉上手」は。
そういう手合いには遠慮をする必要がないので、ソルとしても助かる。
だが今のところ意外とそういう手合いは少ないが、あぶり出すにはちょうどいいかもしれないとソルは考えているのだ。
だからといって「そうですか、そうですな」ともできないアヴリールである。
「まあリィン、ジュリア、エリザ、フレデリカの4人には感謝するべきだよね、僕もアヴも。アヴの場合は愛玩動物形態、神獣形態の双方でサービスしたら赦してくれるんじゃないかな?」
ゆえに功労者へ報いる術をソルが提示する。
小さいときには好きなだけかまえて、大きくなったら背中や腹、ふわふわの尻尾に抱き着くことを認めるというのであれば一撃で手打ちになるだろうとソルは思う。
『そのようなことでよろしいのでしょうか……』
「本人たちが満足ならいいんじゃないかなー。ね?」
不安視するアヴリールに対してソルがリィンたちに確認すると、真躰の四方を包囲していたリィンたちは一も二もなく頷いている。
すぐにでも『固有№武装』を解除して、魔導基礎衣類一枚で真躰の巨躯に抱き着きたそうである。
ソルでさえちょっといいなと思ってしまうのだ、女性陣たちにしてみれば巨大なふわふわ毛皮はたまらないものだろう。
一方、ルーナは竜ゆえに強固な外皮と竜鱗に覆われている自分の真躰を不利だと思っているらしく、ちょっと悔しそうである。
ルーナにしてみればはやく自分も真躰を取り返して、ソルとの合一をやってしまいたいところだろう。
全竜の真躰、その権能のすべてを自在に操れるとなれば、ソルも自分との合一を好んでくれるはずだとルーナは期待しているのだ。
とにかくこの時より、神獣アヴリールはリィン、ジュリア、エリザ、フレデリカに対しては愛玩動物形態であろうが真躰形態であろうが、なにをされても一切の拒絶を示さなくなっている。
御猫様らしくないという向きもあろうが、それ以外の者に対しては今まで以上に厳しくなったため、後世に伝えられるほどにリィンたち4人は多くの者から羨まれることになる。
『神獣に愛された4人の美女』とかいう絵本が生まれるくらいに。
問題はアヴリールと同じくらい、この4人に対して借りができてしまったソルである。
それは近いうちに、ソルにとっては意外な、世の多くの男衆にとっては「ソル様死なねーかな」と言われる形で返すことになる。
次話 『君臨』①
2/7(月)投稿予定です。
そろそろ本格的に各地の迷宮攻略を開始するため、各国のあれこれを一気に処理予定です。
読んでくださっているみなさまのおかげで、投稿開始から3ヶ月を待たずして100万ユニークを達成しました! ありがとうございます!
そろそろ書籍化に関する情報もお知らせできればいいのですが、1巻の改稿、改良も結構進んでおります。
もう少々お待ちいただければと思います。
誤字・脱字を指摘、修正してくださっている方々、本当にありがとうございます。
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