第129話 『神なる獣』④
「さてアヴ……はまだ囚われたままだろうから、今『神獣』の真躰を操っているモノに聞くけど、話をする気はあるかな?」
その全竜を使役するソルは、取り込まれたアヴリールではなく、取り込んだ方に用があるらしい。
もはや水の結界どうこうではなく、敵対行動をとれば即座に全竜に潰されることを理解している『神獣』は動かない。動けない。
油断させる必要などないほどの彼我の戦力差がある以上、ソルの提案は本気である。
だが漆黒に染まった『神獣』は警戒の唸り声を上げるだけでそれに応えようとはしない。
「なければおそらくは呪詛の類だろうから、真躰を無力化して拘束してからお祓いでもするけど、それでいい?」
その様子に溜息を一つついて、ソルが最後通牒を行う。
『神獣アヴリール』を殺す気などさらさらない。
確たる根拠があるわけではないが、『召喚』の際に選ばされた5枚の手札、そのすべてを揃えることが必要な気がしているからだ。
そして『大深度地下空間』をすでに訪れているがゆえに、ソルには今『神獣』を暴走させているアヴリール以外のものがなんなのか、ある程度の推測はつく。
純白を黒く穢したものはかの地で全滅した里の獣人種たちと、あるいは殺された神獣自体の呪詛――怒りくらいしか考えられない。
千年もの時をかの地に留まり続け、外在魔力が再び世界に満ち『死せる神獣』が魔導器官からそれを吸収して甦る際に憑りついたのだ。
ソルたちが知るアヴリールとはまた別の貌、神獣としての己が成すべきを成せなかった怒りが真躰そのものにもあったからこそ、『黒き神獣』は成立したのだろう。
もっともソルはそれだけが理由だとは思っていないのだが。
ともかく『呪詛』なのであればそれを払う手段などいくらでもある。
なければ探せばいいし、話す気もないというのであればその手段を取ることに対する躊躇など、ソルにはありはしない。
同情は出来ても、邪魔となるのであれば排除する。
逆に言えば、そうでないのであれば話す余地はあるのだ。
『……今さら、なにを話そうというのだ』
さすがにそれを察した『呪詛』が言葉で応じる。
『黒き神獣』とて、このまま払われて終いが本懐な訳もない。
一方ソルにしてみればこの『呪詛』――『黒き神獣』が人語を解せることは想定内だ。
そうでなければソルと全竜、妖精王の不在を狙って暴走を引き起こすことも出来まいし、ただあたりに呪いを巻き散らかすだけの存在であれば全竜を前に竦んだりはしない。
そして意思を持ち言葉が通じるのであれば、交渉は可能だと判断する。
「商談だよ」
『貴様……』
だがあっさりとそう口にするソルに対して、『黒き神獣』の獣眼が紅光を発する。
己が恨みを、怒りを、千年の呪詛を売り買いの品と看做すとは赦せぬとばかりに。
だが。
「口の利き方には気をつけよ、一度敗れた呪詛風情が。二度も敗れた上でなお敗者として弁えることも出来ぬようでは、獣人種の怒りそのものの値打ちが問われようが」
静かな声で全竜が告げる。
それ以上敗者の立場を弁えぬのであれば、竜が猫を喰らうぞと言わんばかりだ。
敗れて俎上に載せられた獣が偉そうにすることなど、竜種にも、本来の魔獣にも獣人種にも許せることではない。
なにかと言えば権利だ義務だと騒ぎ立てる一部の人どもとは違い、弱肉強食の理を絶対とし、己が剛力のみを頼む者には越えてはならぬ線があるのだ。
それは生者であろうが死者であろうが、意思持つ者である限りなにも変わらない。
ゆえに『黒き神獣』は黙り込む。
「目的は人への復讐ってところだろうけど、君らを虐殺した当人も、そうさせた存在も、ここにはいないよ」
八つ当たりしてもしょうがないだろう、とソルが告げる。
『我らをこうした人を同じ目に――』
「無駄に主語が大きくない?」
再び激昂しそうになる『黒き神獣』に、今度はソル自身の言葉で冷水をぶっかける。
殴られた報復は殴った相手にするべきなのは言うまでもない。
奪われようが殺されようが蔑まれようが、それはなにも変わらない。
ソルは復讐を否定する気などさらさらありはしない。
というよりも断然肯定派である。
「復讐はなにも生み出さないよ」などという寝言を言いたい奴は好きにすればいいとも思うが、ソルは必ずやられたらやり返す。
それは確かに力を持つ者ゆえの傲慢でもあるのだろう。
だからといって、そこを曲げるつもりもない。
リィンやジュリアに危害を加えることを匂わせただけで、徹底的にその相手を破壊する程度には容赦などないのだ。
復讐どころか、悪意を明確に口にした相手を排除することすら当然だと思っている。
後になってあの時に排除しておけばよかったなどという、情けない『後悔』を絶対にしたくないからだ。
特に自分が大事だと思っている者が関わることについては。
だがそれを違う相手に行うのは狂気だとも思うのだ。
曰く「あいつらが」「あの組織が」「あの国が」はては「あの人種が」
確かに集団としての悪意もあるだろう。
直接手を下した者だけではなく、そう指図したもの、唆した者も同罪というのには頷ける。
だが人に酷いことをされたから、人に同じことをするのは当然だ。
そんなことを真顔で宣う相手は、躊躇なく排除する所存なのがソルである。
べつに「人」の部分が「亜人種」でも「獣人種」でも「魔族」でも同じだ。
殴り返すことの正当性が保たれるのは、殴り掛かってきた相手に限定される。
ソルにとってはあたりまえのことだ。
とはいえまあ、そこまで熱く説得しようなどとも思っていない。
相容れなければお互い関わりなく遠くで過ごすか、関わるのであればどちらかが排除されるしかない。
「それにここにはいないだけで、まだどこかにはいるんだよ。千年の怒りを、その呪詛をぶつけるべき相手――『勇者』と、彼女にそうさせたその黒幕はね」
『!』
なによりもこの『黒き神獣』には殴るべき相手が現存しているのだ。
であれば無関係な人に害為そうとしてそれすら果たせず、千年の呪詛を無念で終わらせている場合でもないだろうと思うのだ。
「で、僕たちはいずれ必ずそこへ辿り着く。報酬は君たちが黒幕を殴れること、条件は君たちが僕らに力を貸してくれること。どうかな?」
そして『神獣』の真躰に憑いて操ることができるほどの『呪詛』であるならば、味方につけられるのであればつけたいとも思っている。
手持ちの札は多いにこしたことはないのだ。
『……御身には我らを消し去ることなど造作もあるまい。なぜそうされぬ』
「同情とかそういうんじゃないからそこは安心して。商談と言ったとおり、僕たちにもメリットがあると判断しているからに過ぎないよ」
黒幕は必ずいる。
ソルはそれをもう確信している。
騙られる『勇者救世譚』の真実の如く、ソルの物語も悲劇、あるいは喜劇で終わらせたがっている存在は必ずいて、そいつのせいで千年前に『封印されし邪竜』『囚われの妖精王』『死せる神獣』『虚ろの魔王』、そして『呪われし勇者』は生まれたのだ。
どうやってそいつを舞台の上に引きずり出し、どうすれば勝利になるのかなどまだわかるはずもない。
だがその思惑どおりにソルが踊るのが不味いことくらいはわかる。
もしも『固有№武装』が用意できていなかったら、どうなっていたか。
おそらくは己の油断からソルはリィン、ジュリア、エリザ、フレデリカを失い、怒りにまかせて『神獣』を消し飛ばしていた可能性が高い。
これで『手札』は一枚欠ける。
思えば『妖精王』にしても、ソルが関わるのが遅れていれば妖精族ごとイステカリオ帝国によって始末されていた可能性も充分にある。
こうなるとソルの盤面の向こう側にいる相手は、ソルから『手札』を欠けさせることを目的に動いているようにしか思えない。
たが相手もまたこの世界のルールを破ることは出来ず、その範疇でしか動けていないのも確かだ。
だからこそ、こうも回りくどくなっている。
だったらその思惑をまずは外す。
『神獣』を手にかけることが論外なことはもとより、そうさせるように相手が仕向けたであろう『呪詛』――『黒き神獣』ですらも手札に加えてやる。
「……それに『黒白の神獣』ってカッコよくない?」
わりとそれも本音である。
それを聞いたリィンとジュリアは「変わってないなあ」と呆れ、フレデリカとエリザはソルの意外な側面を見て戸惑っている。
ちなみにルーナは、自分も白くなれた方がいいのだろうかと、要らん心配をしていた。




