第112話 『迷宮攻略』②
「思った以上に便利そうだよね、それ」
一息ついたソルが、リィンとフレデリカが今している格好に対して意見を述べる。
今のソルはちょうどいい岩に腰掛けている。
その膝には神獣アヴリールが丸まって乗っており、背後からは妖精王が、足元には全竜がいつもの如くぴったりと寄り添っている。
対面には涼し気な絹を幾重にも重ねた、なかなかに扇情的な衣装を身に付けたリィンとフレデリカが、かいがいしく軽食と飲み物の世話をしている。
その様子はまさに、男の夢の具現化と言っても過言ではないだろう。
美女たちに傅かれて、優雅な午後を過ごす艶男といった絵面である。
ソルが指摘したのはその、リィンとフレデリカが今身に付けているちょっと変わった衣装についてだ。
もちろん衣装そのものではなく、戦闘用装備から一瞬でそんな格好になることを可能としている、バッカス工房謹製『固有№武装』の基礎装備、魔導基礎衣類についてである。
「そうなのです! といいますか、可能であれば日常でも使いたいくらいです」
「ですよね!」
思いのほか強い反応に、ソルはちょっと引いてしまった。
フレデリカとリィンが見せた反応は、ソルの予想をはるかに上回るものだったのだ。
エロ装備と看做して半目となっていた二人は、実際に運用した今もうどこにも存在しない。
なんとなれば魔導基礎衣類単体であれば確かにボディ・ペイントしただけの様なありさまにはなるが、通常運用ではその姿を見せる時間はごく短くて済むのだ。
魔導基礎衣類の上から着込んだ日常衣装や通常戦闘用装備、それらを複数『登録』することが可能であり、紐づけた合言葉によって切り替えが可能なのである。
今リィンやフレデリカがしている格好を「普段着」、つい先刻まで装備していた通常戦闘用装備を「戦闘装備」と登録することによって、数秒で切り替え可能になっているのだ。
現状身に付けているものを異相空間へと格納し、そこから対象装備を呼び出す際には魔法光も相まってなかなかに艶めかしい様子になりはする。
だがものの十数秒、それも目にする殿方はソルとアヴリールだけということで良しとしているらしい。
迷宮や魔物支配領域の長期攻略において、これほど助かる機能もそうはない。
いやソルの『プレイヤー』に関するものは、すべてが規格外すぎて比較対象外ではある。
もはや当たり前のようにソルが扱っている『異相空間』による各種消費材の確保と獲得素材その他の収納たるや、攻略期間が長期になるほどその必須度が高まり続けているのだ。
だがそれにも匹敵するほどに「危険地帯で警戒しつつ着替える必要がない」「休息時間には楽な格好になれる」「その上で有事には必要な装備に即換装可能」「清潔さが維持されている」「ある程度の体温保持機能を持っている」という各種機能はありがたい。
数値化した戦闘力というだけではなく、冒険者も当然人なのだ。
戦闘、移動、休息、そのすべてにおける快適性の確保は瞬発力もさることながら、継戦能力により大きく影響する。
またその機能もさることながら実際に身に付けて戦闘をこなした今では、リィンもフレデリカももはや魔導基礎衣類を知らなかった頃には戻れそうもない。
温度調整はもちろん、汗やそれに伴う汚れを魔力分解してくれるおかげで、長期間身につけていることによって発生するはずの不快感というものが一切発生しないのだ。
贅沢である事は理解しつつも、可能であれば常に魔導基礎衣類を身に付けて生活したいというフレデリカの言葉は心の底からのものだろう。
王族として、高位冒険者として「望みうる最上限品質」の肌着その他を知っているフレデリカとリィンだからこそ、魔導基礎衣類のとんでもなさをより実感できるのだとも言える。
ソルにしてみればガウェインが可能だというのであれば、そうすることに否やはない。
レベル数千にまで至った今のリィンやフレデリカがそうそう害を与えられることはないだろうとはいえ、最強装備を常備できているにこしたことはないからだ。
そのおまけとして、女性陣が日々を心地よく過ごせるのであれば多少の出費は問題にもならない。
それに今まで目にしたことはなかった種類とはいえ、女性が身につけるものとして割と魅力的にも感じているソルなのだ。
正直機能をカットしたただの衣装のひとつとして売り出しても、ある程度売れるのではないかと思うほどである。
「主殿の好む衣装に一瞬で着替えられるのは良いかも知れぬな」
装備類にはほとんど興味を示さないルーナですら、衣装をころころ変えられるリンとフレデリカ、それを見て隠せているつもりでも嬉しそうなソルの表情を見ていれば思うところもあるらしい。
ルーナ自身は素っ裸を一番好むことは変わってはいないが、仕えるべき主殿があからさまな裸体よりも着衣系、それも本来清楚寄りのそれがちょっと乱れている感じがお好きらしい、ということ程度はすでに共に暮らす中で洞察できている。
であれば、武器のひとつとして装備することも吝かではないルーナなのである。
『……ふむ。ソル様は脱がす喜びは感じぬタイプであられるのか。某とは相容れませぬな』
だが何気ないアヴリールの一言に、ソルはもちろんリィンもフレデリカも口に含んだばかりの紅茶を吹くはめになった。
「アヴ、あのな……」
「?」
わりと素で赤面してしまっているソルだが、アヴリールにしてみればなにを動揺されているのか? と言ったところである。
ここまでかいがいしく付き従っている女性たちにソルがまだ手を出していないなど、アヴリールの感覚からすれば在りうべからざることなのだ。
それにアヴリールは雄であり、当時人間の女性を相手する時は猫であるがゆえに苦労して脱がすのが好きだったというのもある。
「……そっか」
「……なるほど」
紅茶を吹いたそのままに、なにやら得心している様子のリィンとフレデリカもどうかと思うソルである。
――いやそりゃ言われてみれば、脱がすのも愉しいのだろうけれども……あれ? 脱がされるのも楽しいものなのかな? 2人の感じからすると……
それは男であるソルには、永遠にたどり着けない真理のようなモノである。
女性の真理のひとつである「何事も相手による」を理解するのは、ソルにはまだ難しいのだ。
『そ、そういえばクリード殿はえらく驚かれておりましたな!』
さすがにこの妙な空気が自分の発言のせいだと気付いたアヴリールが、やや強引に話題を変える。
強引だという自覚があるからには、誰もが食いつくであろう話題を振るのは当然のことだ。
「あれだけ己の有用性を並べ立てた上で、主殿にあっさり拒否されれば驚きもしよう」
悪い顔で笑いながら、ルーナがその話題にのってくる。
そう、ガウェインの工房においてあらゆる利益の提供を前提に提示されたクリードからの条件を、ソルは一言の下に否定したのだ。
――嫌ですよ。僕は『封印されし邪竜』、『囚われの妖精王』、『死せる神獣』、『虚ろの魔王』、『呪われし勇者』のすべてが揃ったパーティーを組むんですから。
ソルにそういわれたクリードは一瞬呆然とし、その後強い驚愕の表情を浮かべたのだ。
その後まさかの大笑いに転じ、新たな条件を提示してそれをソルが承認することによって、自身が並べ立てたすべての利益の提供を改めて確約した。
クリードが提示た新たな条件は、ソルにとってさして重要ではなかった。
だからこそ快諾したのだ。
『虚ろの魔王』を開放する順番を、最後にする程度であれば。




