第111話 『迷宮攻略』①
大陸南部。
どこの国家にも属していない人跡未踏の山間部に存在する、峻険な岩山に囲まれた巨大な縦穴のような魔物支配領域。
その最深部には神獣アヴリールの記憶が正しければ、神獣の真躰、その遺骸が安置されている迷宮への入り口が存在するらしい。
その中には獣人種たちの隠れ里もあるはずだ。
千年間、存えていればの話ではあるのだが。
今回この地へ『固定№武装』の実戦証明を兼ねた確認と準備に訪れているのは、ソル以下ルーナ、アイナノア、リィン、フレデリカに神獣アヴリールを加えた変則パーティーである。
とはいえ現在の戦闘力はフル・パーティーではないことなどまるで問題にはならず、最大戦力である怪物たち――ルーナとアイナノアを戦わせることなくその攻略を進めている。
リィンの剣撃とフレデリカの打撃が、接敵する魔物を悉く一撃で打ち倒してゆく。
まさに鎧袖一触を体現したかのような快進撃を続けた結果、あっさりとこの魔物支配領域の領域主とも接敵した。
領域主は巨大な翼鹿。
ただこの魔物支配領域が人に知られていなかっただけで、禁忌領域の領域主たちに勝るとも劣らない、バジリスクなどとは比べ物にならぬほどに強力な千年個体であるのは確かだ。
倒してその魔物素材と核魔石を持ち帰れば、ガウェインによって『固有№武装』のⅩが創り出されることになるのは間違いない。
だがリィンとフレデリカの二人だけとはいえレベルが4桁に至った現状では、図体が大きい程度でまるで脅威にはならない。
ソルの補助を受けるまでもなくリィンが基礎スキルである『威圧』で敵意を自身に固定、巨大な鹿角による突進を受け流し、人にあるまじき膂力を以て翼鹿の巨躯をすっ転ばせる。
本来であればその巨大な鹿角からは大技は放たれる。
だがそれを撃たせることを赦さず、大技発動の溜めとして魔力光を迸らせたまま倒れ伏しているその巨躯へフレデリカによる無数の拳撃が叩き込まれる。
一呼吸で叩き込まれたその連撃だけで翼鹿は沈黙し、この千年間、人の侵入すら許していなかったこの魔物支配領域はあっさり解放された。
戦闘にかかった時間は小型魔物の際とほぼ変わらない。
まるで危なげなくまずは魔物支配領域の開放を完了させるのに、『固定№武装』を起動する必要性を感じたことは一度たりともなかった。
『あそこが入り口ですな。間違いありません』
「あー、なるほど。じゃあここでいったん休憩しようか」
「はーい」
倒れ伏した翼鹿の巨躯をソルが回収し、アヴリールが迷宮の入り口を確認できたことで、ここで一旦休憩の運びに相成った。
初期こそ只の人であるはずのリィンやフレデリカが見せるとんでもない戦闘力に唖然としていたアヴリールだが、すでにそれにも慣れてしまっている。
もはや城塞都市内であろうが魔物支配領域であろうが、地上ではまず危険を感じることもなくなったリィンやフレデリカの反応も、どこかピクニックめいていて気が抜ける。
ソルが『プレイヤー』の異相空間から敷物と軽食、飲料を取り出して準備しているあたり、本当に景観のいい大渓谷へピクニックに訪れたようにしか見えない。
「ここまでは順調だね」
「黒虎時代からは考えられないよね」
「順調とかいう域ではありませんよ?」
自身は手近な岩に腰を下ろしたソルの周囲に、当然のように侍るルーナとアイナノアにはもう慣れているリィンとフレデリカである。
だがこれもまた当然のようにソルの膝元にうずくまり、無意識に喉元を撫でるソルの手に気持ちよさそうにしている御猫様。
それを羨ましそうに見てしまうことは、二人ともにまだ止めることができない。
アヴを自由に愛でられるソルも羨ましければ、ソルにそんな風に優し気に触れてもらえることにも羨ましさを感じてしまう女性陣は、なかなかに複雑なのだ。
さておきソルの発言も当然で、ここまで順調すぎるほど順調といっても過言ではない。
地上に生息する魔物に苦戦することがなくなっているのは以前からだが、それでも朝一に出発して、昼前にもう対象魔物支配領域の領域主を討伐済みというのは異様な速度だ。
実際リィンの知る2年間の冒険者時代とは比べ物にならないし、フレデリカとて知識だけとはいえ、迷宮や魔物支配領域の攻略において、「戦闘」と並ぶほどに大変なのが「移動」である事くらいは知っている。
どんな魔物でも鎧袖一触で倒せるようになったとしても、どれだけ手近な魔物支配領域とて半日で攻略完了することなど人には本来不可能だ。
だが事実、半日もかけずにソルたちは済ましてしまっている。
当然それには理由がある。
アイナノアの解放とそれに伴う世界樹の復活により、この大陸は随分狭くなっているのだ。
もちろん物理的な意味ではなく、ソルたちだけに限定された話でもある。
ソルたちは大陸中に走る龍脈を通して、各地に点在する要衝――龍穴へは超長距離転移が可能になっているのだ。
世界樹を統べる妖精王、アイナノア・ラ・アヴァリルが仲間になっているからこその副次的効果というやつである。
いまだに音楽めいた声しか発さないアイナノアではあるが、ルーナに常にくっついているためか、加速度的にその意識は確立されつつあるらしい。
以前はまさに小動物の雛や仔のごとくあったものが、今ではきちんと人の幼女が両親に懐くかのような態度に変じてきている。
自身の器に宿る『妖精王』の力は本能的に御せるとみえ、龍脈を使った超長距離転移や、それ以上に便利なとある能力も、ルーナに言われて問題なく使用できるようになっている。
もちろん目的地に龍穴が運良く存在することなどは稀だが、それでも最寄りの龍穴までは一瞬で転移し、そこからはルーナの『魔創義躰』で高速空中移動することを合わせれば、大陸全土のどこにでもほぼ1時間前後で到達可能となっているのだ。
そこからは高速移動しつつの鎧袖一触を繰り返して深部へ辿り着くだけであり、結果としてこの短時間で魔物支配領域の領域主を討伐することをソルたちは実現させたのである。




