第011話 『冒険者ギルド』②
「マークとアランは大丈夫なのか?」
「正規軍や有名クランのメンバーとしてなら、まあ問題ないと思います」
「……お優しいこって」
「ジュリアにも言われましたよ、それ」
ソルの能力を知っているからこそのスティーヴの確認である。
『黒虎』が解散することによってソルがマークとアランに与えていた力を取り上げるのであれば、2人はただの『村人』に戻ってしまうのだ。
本来『村人』であれば生涯上がることの無い基礎レベルこそ上昇しているとはいえ、その状態で魔物と戦おうものなら一撃でも喰らえば爆散して死ぬことになるのは間違いない。
2人の戦力に期待している、その時に組んでいる軍やクランのパーティーにも被害が及ぶ可能性も高い。
ソルと袂を分かつのであれば、リィンやジュリアのように『魔物と戦わなければならない稼業』から身を引くのが最も賢い選択だと言えるのだ。
魔物や魔物と戦える能力に恵まれた正規兵、冒険者には敵わなくとも、基礎レベルの違う一般人相手に身体能力で後れを取ることはあり得ない。
B級冒険者として今まで貯め込んだ資産は、残りの人生を面白おかしく過ごすには充分なものだろうし。
だがソルが「問題ない」と言うことは、与えた力を取り上げるつもりはないということだ。
『プレイヤー』の補助による戦闘の常識を覆すような真似はもうできなくなるだろうが、それでも正規軍や有力クランの一員として生きていくには十二分なものだろう。
『奇跡の子供たち』、たった2年でA級昇格を果たしたパーティー『黒虎』としての噂や実績からすれば期待外れの誹りを受けることは免れまいが、そこは自業自得だと諦めてもらうしかない。
スティーヴはソルの能力を詳しく知っているからこそ、ジュリアと似かよった辛辣な意見になってしまうのだ。
もしも自分がソルの立場だったとしたら、恩知らずどもから容赦なく力を取り上げてその絶望した顔を見ながら笑うだろうに、と。
だがこの2年の付き合いで、ソルがただのお人好しではないこともある程度はスティーヴも理解している。
根っこはやられたらやり返す派だし、正邪善悪ではなく自分の都合に従って己の力を行使することを躊躇することもない。
自分の個人戦闘力が弱いことも熟知しているので、それを前提に立ちまわる事にも長けている。
それに敵と看做した相手には、容赦というものがまるでないのだ。
つまり心理的なものはともかく、戦力的な意味において『黒虎』の解散はソルにとってもはやとるに足りないものでしかないということだ。
ソルを最優先するリィンやジュリアは当然として、『黒虎』から自分を除名にしようとし、今現在もソルを侮っているであろうマークやアランでさえ敵と看做していない。
それは確かに長年の付き合いからくる情もあるだろうが、敵とみなすほどの脅威ではないからだ。
力を与えたままのマークやアランであっても、純然たる戦力としてみればソルにとって二人は雑魚に過ぎない。
――弱い犬がどう吠えようが、獅子は相手にせん、か……
噛み殺そうと思えばいつでもできる相手に、いちいち腹を立てる必要もないということだろう。
蔑みながらも戦場で幼馴染が死ぬことを厭ったマークやアランよりも、あるいは一番冷酷なのがソルなのかもしれないとスティーヴは思う。
ソルが自分の戦闘能力を頑なに隠していると思っている、スティーヴならではの判断ではある。
実際はソルに戦闘能力はほぼないし、最悪力ずくでマークやアランが襲ってきた場合、その瞬間にすべての力を剥奪すればいいと思っているが故の余裕に過ぎない。
そうすれば基礎ステータスでは優れているソルであれば、ただの『村人』に戻ったマークとアラン2人から逃げ出すことくらいは充分に可能なのだ。
「で、ソルはどうするつもりなんだ? 俺としちゃ『鉄壁』と『癒しの聖女』に、新メンバーを迎え入れて新パーティー結成ってのが一番ありがたかったんだが……」
だがその目はなくなった。
そのパーティーでは、ソルが大真面目に何度も語っている「すべての迷宮の攻略」という夢を果たすには戦闘力がまるで足りないからだ。
だが冒険者ギルドという組織としての視点で見れば、そんなはじめから不可能な絵空事などよりも、A級パーティーがもたらす実益の方がよっぽど大切である。
とはいえリィンとジュリアが引退を決めた点についてはまず覆らないだろう。
冒険者ギルドや他のパーティーから見ればこの機会になんとしてでも手に入れたい大戦力である事は確かだが、ソルにとって戦力的な意味ではマークやアランと同じなのだ。
そしてスティーヴがここまでの情報から察するに、女性陣2人はソルと離れてまで冒険者稼業を続けるつもりはまるでないのが明白だ。
それはおそらく、スティーヴと同じようにある程度『プレイヤー』という能力について理解できているからだろう。
これまでの冒険者暮らしで庶民視点なら一生遊んで暮らせるだけの金もすでに持っているだろうし、タイプは違えど2人とも年若く美しい女性だ。
なにも冒険者を続けなくとも楽しく生きていく道はいくらでもある。
そうなると単独になったソルがこれからどう動くのかが、冒険者ギルドにとってはもっとも重要な情報となる。
ソルに明確なビジョンがあるのであれば、是非とも聞いておきたいスティーヴである。
「わりと途方に暮れています」
「そうなのか?……」
だが返ってきた答えは、意外なものだった。
わりと本気で困った表情を浮かべているので、言葉通り本当に困っているらしい。
――いや、確かに情報を秘匿してきたからこそ、ソルの本当の価値を知っている上位冒険者など存在しないか……
それどころか虎の威を借る狐の如く思っている者も多い。
中堅どころまでの冒険者たちであれば伝え聞くソルの支援系能力だけでも喉から手が出るくらい欲しいだろうが、『黒虎』を解散してまでそのクラスの連中とパーティーを組む意味などなにもない。
――となればこの際、情報を解禁してでもトップクラスの冒険者たちとソルが組めるように手を回すべきか。
今までソルの情報を秘匿していたことについてはいくらでもごまかしがきく。
たった今知った態で、冒険者ギルドの総力をあげて「最強パーティー」を組む方向へ仕向けるのは充分にアリだとスティーヴは判断する。
ソルにしてみたところで隠したい相手であった幼馴染たちは男性陣とは決裂、女性陣は最初から気付いていたとなれば、情報解禁にそこまでの忌避感はない可能性が高い。
それに本気で「すべての迷宮の攻略」をこれから目指すのであれば、仲間にする冒険者が強いに越したことはないはずだ。
本部を含めた全冒険者ギルド支部に所属している上位冒険者たちの脳内情報から、最強と呼ぶにふさわしい組み合わせを高速で構築開始するスティーヴである。
「あ、そうだ。パーティー登録って、二人でも可能ですよね?」
「別に単独でも問題ねえよ。パーティーだけじゃなくクランでもな。言葉としちゃ破綻するが、冒険者ってな結果がすべてなんでな。……なんかあてでもあるのか?」
「あてというか……試してみようと思っていることはあります」
「そりゃけっこう。ま、なんにせよソルが冒険者稼業から足を洗わねえってんならまあなんとでもなるか。冒険者ギルドとして協力できることがあったらなんでも言ってくれ。できる限りのことはさせてもらうからよ」
「ありがとうございます」
ソルがあたりをつけている冒険者がいるというのであれば、うまく組めるようにあらゆる便宜を図ることをスティーヴは厭うつもりはない。
それは冒険者ギルドとして圧力をかけるとか、脅してという意味ではない。
そんなことをしても、命を預けあう冒険者パーティーとして十全に機能しないからだ。
よってその本人が「是非ともソルと組みたい」と思えるような好条件を用意し、現在組んでいるパーティー・メンバーたちや所属クランにも相応の見返りを約束する。
恫喝など論外、泣き落としや逆に理を説いての説得も非効率。
要はそうした方が得だと、関係者全員が思うように仕向けるのが最も効率的だ。
それを可能な立場と組織をスティーヴは持っている。
スティーヴはこういう大事な時に己の意志で介入できることに快感を覚えるがゆえに、今まで白髪を増やしながらもせっせと出世に勤しんできたのだから。
よって今このタイミングで己の持つすべての権限をフル活用することに躊躇などない。
「ま、今日のところは気をつけて帰んな。つっても絡む奴は絡むだろうけどよ」
「まあ、その程度なら大丈夫だと思います」
「どうせ護衛もついてるしって?」
「ははは」
ソル個人の戦闘能力については隠していると判断しているスティーヴではあるが、万が一本当に戦闘能力を持っていない場合も想定して、本来ならば護衛のひとつもつけたいところである。
だがソルも言っているとおり、ここ数日であればまず問題ないだろう。
だからこそスティーヴはここ数日ではなく、それ以降もソルに要らんちょっかいをかける存在がでないようにする必要がある。
そしてそれはスティーヴにとってそう難しいことではないのだ。




