第106話 『神獣アヴリール』②
「で、獣人種を救ってほしいっていうのは?」
『はい。御身が『妖精王アイナノア・ラ・アヴァリル』を解放してくださったことによって龍脈による星の魔力の循環が復活し、再びこの地には外在魔力が満ちつつあります。それゆえに某の意識も『神獣』として覚醒することが叶いました。御礼申し上げます』
本題に入ったソルに対して神獣アヴリールが律義にお礼言上を先に済ませる。
角や翼、尻尾や獣眼という魔導器官を有する獣たちは、確かに魔導生物の一種なのだ。
『妖精王』の開放によってこの地に再び魔力が満ちたことによって、この千年失われていた本来の能力を取り戻しているというのはわからなくもない。
「確かにそれはルーナも言ってたね」
魔導生物の頂点である竜種、しかも今や完全な『全竜』となったルーナに言わせれば、そのために世界中の魔物たちも強化されているらしい。
魔物は自身が湧出した領域から離れないことがこの千年常識とされてきたが、それは早晩覆るかもしれないとも言っていた。
世界に魔力が満ちているのであれば、どこであっても魔物は活動できるのだ。
人に敵対する魔導生物、それを指して魔物と呼ばれているのだからそれも当然か。
そのためにも、人という種そのものの戦闘能力を引き上げることも急務となっている。
最終的には『全竜』と『妖精王』が人の側に付いているので、現時点での優位が揺らぐことはないとはいえ。
『ルーナ殿とは?』
「ああ、全竜――ルーンヴェムト・ナクトフェリアの真名だよ」
『さらっと凄いことを仰いますな』
「そうなの?」
『竜種の真名を人が司るとは……いえ、それゆえにこそ御身は『全竜』と『妖精王』を支配なさっておられるのでしょうな』
だがソルの出した名前に反応した神獣サマが、その正体を知って感嘆している。
これには身体の方も小さくなって尻尾がぷるぷるしているので、『神獣』にとってさえ『全竜』という存在は仰ぎ見るほどに恐ろしいものなのだろう。
自分にじゃれついてきたり、アイナノアに対抗してむくれたりしているルーナばかりを最近見ているソルは思わず笑いそうになる。
だが戦闘時や、それこそ初めて邂逅した際に見た本物の真躰――片角と片目、両翼を奪われ無数の鎖に封じられていながらもなお、圧倒的な威容を誇っていたあの姿を思えばさもありなんとも思う。
ソルが一度しかできない『召喚』において、『封じられし邪竜』を選択したことは正解だったのだ。
『申し訳ない、話がそれましたな。外在魔力が世界に満ちることは基本的には良いことなのですが、現状の獣人種にとってはなかなかに致命的な状況でもあるのです』
「?」
そういわれてもソルにもリィンにもピンとこない。
『魔導器官をもたぬ人への影響はほぼありません。竜種や妖精族、魔族を含む亜人種はもとより魔導生物として完成しているので、強化されこそすれ問題はないのです』
神獣サマの説明は理路整然としており、外在魔力と魔導生物の相関関係をよくわかっていなくとも「なるほどそういうことなのか」程度の理解は十分できるものである。
だがそれだけになぜ獣人種だけが致命的な状況に陥るのかがわからない。
『ですが魔獣と人が混ざった結果生まれた獣人種は魔導生物としては不完全なのです。不完全な魔導器官が過剰に吸収した外在魔力によってバランスを失い、遠からず理性を失って暴走するでしょう』
その疑問に対して、明確な答えが示される。
さらりと獣人種の成り立ちを語っているが、なかなかに業が深い。
ソルとしては人と魔獣それぞれ個々の趣味嗜好に口を差しはさむつもりもないが、聖教会が「神の像でありながら獣と交わった異端者」というのもまあわかる。
ソルとて亜人種や獣人種に対しては人と変わらぬと見ることが当然だが、人語を解するとはいえ獣そのものが相手となるとさすがににわかにはピンとはこない。
「止める手段は?」
『某の真躰を取り戻せば簡単ですが、全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアや妖精王アイナノア・ラ・アヴァリルの協力を得られれば、暴走を止めることだけなら簡単です』
「わかった、できるだけはやく対処する」
まあそれはともかく、対処方法がわかっているのであれば対応するだけだ。
確かに急激に満ちた外在魔力が原因なのであれば、それを自在に制御できる存在の力を借りればなんとでもなるだろう。
幸いにして今この大陸における人間社会はソルの言うことに否やを唱えられる状況ではないし、この千年で獣人種はその数を大きく減らし、いくつかの里を保護すればそれでことは済む。
『御前会議』に先立って亜人種や獣人種に対する不当な扱いを全面的に禁止したところでもあるし、この時点で対応できることはありがたい。
とくに妖精族などはすでに本来人よりも上位種であるその力を取り戻しており、ソルの下でそれがなされたのでなければ人に対する復讐をしていても不思議ではない状況なのだ。
それが獣人種たちの意志によらず、あるいは意志と混じって暴走という形で人の社会に仇なせば、その扱いは難しいものになるであろうことは間違いない。
ソルの立場であれば、神獣サマに頼まれるまでもなく成すべきことだ。
この時点で有用な情報をくれた神獣サマになんらかの形で報いる必要があるくらいだろう。
『ありがとうございます。ですが……』
「そっちが本命ぽいね」
だが幸いにして、その機会はすぐに訪れるらしい。
『申し訳ありません。放置しておけば某の真躰もやがて暴走します。全竜と妖精王に正面から相対すれば瞬殺される程度の我が真躰ですが、隠れ里と共に魔物支配領域と迷宮を破壊する程度はやらかします』
「やっぱり死んでないんだね、あれ。真躰がある場所まで中身である君を連れて行けば問題解決かな?」
リィンはピンと来ていないようだが、ソルには納得がいく。
『召喚』の空間でソルが目にした手札、そこに描かれていた『死せる神獣』――それが神獣アヴリールの真躰である事はそっくりなのでわかりやすい。
それもまた世に満ちる外在魔力を吸収して再生するということなのだろう。
にもかかわらず、その精神は今ここで小動物として存在している。
その連結が切れている、あるいは切られているからこその神獣の危惧なのだ。
また隠れ里という文言どおり、現在の人に知られていない獣人種たちの集落が魔物支配領域、あるいは迷宮深部に存在し、そこを放置すれば暴走した獣人種たちが生まれることは避け得ない。
神獣の真躰と共にそれらが暴れ出せば、その迷宮と魔物支配領域が壊滅するのは確かだろう。
それらがそのまま地上に溢れ出せば、ソルとしては排除するしかない。
要らん悲劇はできるのであれば止めたいし、ソルがまだ見たこともない魔物支配領域と迷宮が崩壊することを座視することなどできるはずもない。
『某が自分で行ければよいのですが、この身では……』
「だよね」
情けなそうな声に反して、欠伸をしている猫の姿を見ていると「だよね」としか言えない。
こんな状況で魔物支配領域に踏み入ろうものなら、最初に接敵した魔物に美味しくいただかれて終わりになることは疑いえない。
『面目次第も御座いません』
「いや、ちょうどいいよ。僕たちの最初の迷宮深部攻略は『死せる神獣』のところにしよう。最新兵装の実験にもなるし、ルーナに「地上とは桁違い」だとまで言わせる迷宮深部の魔物を、僕たちもそろそろ知っておくべきだろうしね」
だが正直、ソルはわくわくしている。
城塞都市の立ち上げやそれに伴う式典、興国に伴うありとあらゆる雑事。
それらをくだらないという気もないが、あまり興味をそそられないこともまた事実である。
だが喫緊の課題ができた以上、こちらを優先するべきなのは火を見るよりも明らかだ。
後宮だの式典だのは後回しにするべき、至極真っ当な理由ができたというわけである。
しかもそれは初の迷宮の深部攻略と、それに伴う新規武装――禁忌領域を支配した領域主たちの希少魔物素材から生み出された、各個人の専用武装である『№武装』
その実戦証明の絶好の機会となるのだから。
「ところでなんで君は黒いの? 僕が見た『死せる神獣』の真躰は純白だったんだけど」
『はて? 某は白かったのですか? 今はこの通り漆黒ですが……』
ソルの問いに、神獣アヴリールは自分の事であるにもかかわらずピンと来ていない様子だ。
――外在魔力の吸収率とか、そういうのが関係してるのかな?
御猫様の色違いは本来大きな問題だが、さして小動物に興味のないソルはまあいいか程度である。
リィンやフレデリカ、ジュリアやエリザという女性陣に話したら、黒派、白派、はてはぶちだのトラだのにまで派生して争うことになるのはまず間違いない。
もしも「染めたら?」などと口にした日には、たとえソルであっても女性陣、下手をすれば小動物好きの男性陣からさえ半目で見られることは避け得ないだろう。




