第103話 『支配者』④
「絶対者らしく振舞えば振舞うほど、その根拠となる力を失った際には滑稽だろうね」
ソルが焦っているように見えた理由を理解して茫然としているリィンに、軽い調子でソルが話しかける。
たまたま与えられた力に溺れ、調子に乗っている相手からそれを奪ってどうなるかを観察する。
悪趣味だとは思いはしても、それを面白いと感じてしまう負の感情の存在を否定することまでは出来ない。
ソルとてその仄暗い感情を理解できてしまうからこそ、逆に『黒虎』が解散した際でも、マークとアランから力を取り上げることをしなかったのだ。
本質的な部分ではソル自身と、ソルから与えられた力を当然のモノとして振舞うマークとアランに違いを見出せなかったからだ。
マークやアランにとってのソルが、ソルにとっては「神」と呼ばれている何者かだという程度の違いでしかない。
そしてソルと付き合いの長いリィンは、ソルがなにを考えているかの想像はつく。
「プレイヤー」としての力を突然失い、その恩恵を受けていた者たちが一斉に手の平を返すことを「当然」だと思ってしまうところが、ソルの良いところでもあり、悪いところでもあるのだろう。
だが多くはそれまでソルによって受けていた恩恵を失った場合、今まで受けていた恩恵に対する感謝よりも、失ったことに対する不満を表明することもまた真実の一面でもある。
それはどう嘲っても断罪される恐れがないと知っていればこそ、見るに堪えないほどのものになるのは想像に難くない。
もしも神を気取っている存在に悪意しかなく、愚かに右往左往する人類を見て嗤うことが目的なのであれば、その後もう一度ソルに力を戻すことが最も効果的だろう。
人の福音となったソルのその力が、本質的にはなにも変わっていないのに人を滅ぼす鉄槌に変貌するのを見るのはさぞや面白かろう。
どうあれ12歳というまだ幼い頃に「プレイヤー」というとんでもない力を得てしまったことによって、ソル・ロックという自分自身への自己評価が不当に――あるいは正当に低い。
だがそれはこの世界に生きる者であれば皆、多かれ少なかれどうしても持ってしまう「神様による呪い」のようなモノだ。
魔物と戦える能力だけに限らず、大げさではなく己の人生を左右する力を、12歳になる年の1月1日に「神様」から与えられるのがこの世界の常識なのだ。
それは持って生まれた能力や立場の差以上に、人という存在に強い影響を与えざるを得ない。
可視化された才能と言い換えても大げさではないのだ。
どんな思いも、決意も、努力も、その有無を覆すことなどできはしない。
ゆえにこそ誰もが我知らず、その力に自分自身をも支配されてしまうことから逃れられないのだ。
「私は――」
違うよ、と言いかけてリィンは言葉に詰まってしまった。
ソルが当然と思っている、当然と思うことで予防線を張っているあり得るかもしれない将来の失望、あるいは絶望に対して、自分は違うとリィンは伝えたかった。
リィンがソルを好きになったのは、12歳を迎える年の1月1日よりも前だったことは間違いない。
だから自分は「プレイヤー」の力だけに魅せられてソルを好きになったわけではないと断言できるし、その自覚もある。
しっかりジュリアという証人もいてくれる。
それは嘘ではない。
嘘ではないが、誰よりも「プレイヤー」の恩恵を受けているのもまた自分なのだという自覚が、リィンの言葉を止めてしまったのだ。
ただの村人に過ぎなかった自分が、『鉄壁』の通り名を得るほどの冒険者になれた。
突然『黒虎』の解散が決まって以降は、あれよあれよという間に世界の中枢を担うメンバーの一人――どころかその序列において筆頭にまでされてしまっている。
今や大国の王女様と対等に会話できることも普通になり、この世界を壊し、あるいは再生できる存在をちゃん付で呼んでいるのが今のリィンなのだ。
それはすべてソルの――「プレイヤー」という能力のおかげだということも出来る。
そんな自分が「力を失ってもソル君はソル君だよ」などと、ちょっと頭が回る者であれば誰だって想像できる、今相手が言って欲しいであろう言葉を軽々しく口にするのが憚られたのだ。
嘘ではないからこそ、止めてしまった本当の言葉。
嘘ではないけれども、純然たる本当だけだとも言い切れない言葉。
今リィンがソルを好きな気持ちは、幼い頃に芽生えたものだけのものではすでにないのだから。
もしも今リィンが口にしようとした言葉を証明できるとすれば、それは本当にソルが『プレイヤー』という力を失い、誰からも顧みられなくなってもなお共にいれた時になるだろう。
そんな時など、来ない方がいいに決まっているのだ。
それもわかっているからこそ、黙り込むことしかできなくなるリィンである。
「うん。そこはわりと信用してる」
だがソルが目線を逸らしながらそう言ってくれたので、リィンは救われた。
ソルとてリィンが自分に好意を寄せてくれたのが、「プレイヤー」という力を手に入れる前からだということはよく知っている。
だからこそあの日、ソルは自分だけで夢を追いかけるよりも、共に夢見た幼馴染たちでそれを目指すことを躊躇なく選べたのだから。
『黒虎』の解散の時に一も二もなくソルの方を選んでくれたことは、『プレイヤー』の力に気付いていたからだということも出来るだろう。
だがマークやアランが気付けなかったことを気付いてくれていたという事実そのものが、信頼に値するとソルは思っているのだ。
もしも力を失って夢を追うことができなくなっても、それを悔しがり、懐かしみながら一緒に居てくれる一人だという程度にはリィンのことを信頼している。
だからこそ今日、デートと称して二人きりで話したいと思ったのだから。
そのソルの思いは今の一言で充分リィンにも伝わっている。
リィンにしてみればそこまで信頼してくれているのであれば、女の子としても好きになってくれればいいのにと思わなくもないのだが、欲張りすぎるのもよくないだろうと思いなおす。
全竜や妖精王すらも凌ぐこの信頼は、関係のはじまりが『プレイヤー』ではない者にしか得ることができない優位点なのだ。
自分が欲しい立場をどうしても手に入れたいのであれば、それを十全に活かすしか道はない。
どんな分野であっても競うべき相手がいる以上、綺麗ごとだけでは、勝つことなどおぼつかないのは一緒なのである。




