第001話 『プレイヤー』①
エメリア王国北方辺境領、城塞都市ガルレージュ近郊に複数存在する魔物支配領域。
今の時代、人よりも魔物たちが支配している領域の方が圧倒的に多い。
その中でも規模において五指に数えられているいまだ解放されていない大森林。
そこの最深部においてとある冒険者パーティーが展開し、領域主とされている大型魔物を包囲している。
その大型魔物の個体名は、『邪眼』を持つ大妖バジリスク。
人など簡単に弾き飛ばす巨躯や、盾や鎧ごと引き裂く爪牙はもちろんのこと、獲物を生きたまま石化させる『邪眼』は一軍をも一撃で無力化する。
その強さこそが、いまなおこの広大な森が人の手に落ちていない最大の理由である。
この世界において戦える『能力』に恵まれた精鋭たちで構成された国の正規軍を以てしても、過去に多大な犠牲を出しただけで倒しきることができなかった怪物。
百年を超えてこの大森林に君臨しているバジリスクによる被害の残滓が、深い森のそこかしこに苔生した石像として転がっている。
だが今その脅威と対峙している冒険者パーティーの総勢は、たったの5人に過ぎない。
とはいえ別にこの5人からなるB級冒険者パーティー『黒虎』は、たまたまこの領域に迷い込んだ結果、運悪くバジリスクからの襲撃を受けたまぬけどもだというわけではない。
この強大な領域主を狩るべく、自らの意志でこの地に踏み入ってきているのだ。
軍でさえも手に負えない魔物を屠れるだけの力を、自分たちが持っていると誰もが確信している。
だからこそ冒険者ギルドが発しているA級昇格任務、『指定魔物支配領域開放』を彼らは受注したのだから。
彼らは冒険者ギルド、城塞都市ガルレージュ支部所属、B級冒険者パーティー『黒虎』
この世界の人間であれば誰でも12歳になる年の元日に必ず授かるなにかしらの『能力』において、魔物と戦える戦闘系に恵まれた、いわば神に微笑まれた子供たち。
1000人に1人ともいわれるその希少な能力者が、総人口がたった100人程度の村から同じ年に5名も生まれるという奇跡が5年前にあった。
そのため今では『奇跡の村』と呼ばれているロス村出身の幼馴染である『奇跡の子供たち』
その5人で構成されているのが『黒虎』なのである。
だが世間によく知られているその話は、真実ではない。
その年。
ロス村で神に微笑まれた――いや愛された子供は、本当はたった1人だった。
ただその与えられた『能力』が『プレイヤー』という、この数千年の長きにわたって絶えて久しかった特別な能力だったのだ。
自らが選んだ相手を『仲間』とし、保有する数多のスキルやステータス値を与えられるという、この世に顕現した神の如き力が『プレイヤー』という能力の正体。
神に愛されたと言ってもまるで過言ではないその能力こそが、実はありふれた『能力』しか授かっていなかった他の4人にも魔物と戦えるほどの強大な力を与えたのだ。
『プレイヤー』をその身に宿したロス村出身の少年の名は、ソル・ロック。
艶やかな黒髪を自然に整え、同色の瞳が強い意志を感じさせる。
幼さを残しながらも整った風貌と、鍛えこまれた身体を持ったいかにも名うての冒険者らしい姿。
だが彼はパーティー『黒虎』の中では最弱の存在でもある。
『プレイヤー』が持つスキルやステータス値の付与能力は、自身には不可能だからだ。
ソルは自身が持つ『能力』の本当の力を誰にも明かさないまま、12歳から15歳までの王立学院での生活をそつなく終えた。
その後冒険者としてデビューしてから現在までのたった2年間で、自らとその仲間たちを冒険者としてトップレベルまで引き上げてみせた、真に『神様に愛された子供』
それがソル・ロックという冒険者の本当の姿なのだ。
だがその事実を正確に知る者は、ソル本人以外はまだ誰もいない。
「よし、マークとアランも予定どおりの位置についた。リィン。ジュリア。はじめるよ?」
そのソルが『プレイヤー』としてのスキルのひとつである『地図化』を自身にしか見えない表示枠として視界の端に浮かべ、敵味方の位置を確認している。
バジリスクの位置を正確に捉え、仲間であるマークとアランがその背後に回り込んだことも確認したソルが、自身の側にいる二人の女の子たちに声をかける。
「いつでもいけます」
「おっけー」
もうソルとの付き合いが長いこの二人は、普通であればおかしなことを言っているようにしか聞こえないソルの言葉にいちいち過剰反応を示さない。
ソルであれば視界を大きく阻害されるこの深い森の中であっても、敵はもとより広く展開した味方の位置を見失うことなどないし、たとえどれだけ複雑な迷宮であっても道に迷うことなどありえないことをよく知っているのだ。
ソルの授かった『能力』はそういうもの――仲間を支援する類のものだと理解している。
少なくとも対外的にはそう説明している。
「よし……戦闘開始!」