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魔獣との遭遇



どれくらい走ったかはよくわからない。

初めて乗った馬はとにかく腰が痛いし、お尻が痛いしそれどころじゃなかった。

少しでも腕の力を緩めればその場に振り落とされそうで、俺は必至で馬を操る男にしがみついていた。そもそも俺は絶叫マシーン系が全くの苦手だ!それでも今は怖いのを必死で我慢して、ただ時が過ぎるのを待った。

馬は人通りの多い道を避け、とにかく町の外れや村の外れをひたすらに走った。どこに向かっているは皆目見当もつかない。城を出たのは恐らく昼頃だったが、今はすでに日が暮れてきている。かなりの時間が経過したのだろう――

馬はどこか森の入り口のようなところで止まった。


「私が命ぜられているのはここまでだ。この先はお前ひとりで行け」


そう言ってエカテリーナお嬢様の使いの者と馬は元来た道を引き返していった。


そうして俺は一人その場に取り残されてしまった。

目の前は日の暮れた薄暗い森。

何も持たない自分。

今日は食事も摂ってないから腹も減った。喉も渇いた。

どうしたらいいのかさっぱりとわからない。

そもそも始めは大学のキャンパスにいたはずなのに。

なんで急にこんな知らない世界に来て聖女になったり、犯罪者扱いで捕まったり、逃亡したり。


「一体なんなんだよ……腹減ったなぁ。もう動けない」


俺はその場でふて寝した。

もう知らん。俺が何したっていうだよ……

めっちゃ疲れた……家に帰りたい……


「俺が何したっていうだよ……バカヤロー」



その後、どの位眠ってしまったのかはわからない。

辺りは薄暗くなり、風が冷たくなっていた。



「寒っ!」



肌寒さで目が覚めた。

ネグリジェとマントだけではさすがに冷える。

腕をさすりながら、風が当たらないようなところを探そうと森の奥を見つめた時。

二つの小さな赤い光が見えた。

何だあれ?

よく見ると自分の周りのその赤い光はいくつかあった。


「……?!」


気が付くと俺は数十頭の獣に囲われていた。

その風貌はオオカミによく似ていたが大きさはオオカミの倍以上あった。

2本の牙は長く、睨みつけられた赤い目は今にも俺を噛み殺してしまいそうだ。


「グルルルルル……!!」


「マジかよこれ。シャレになんねーよ!」



俺はとにかく一目散に逃げた。

辺りが暗くてそれが森の中なのか、町の方なのか方角は全くわからなかったが、とにかく死にもの狂いで走った。

後ろからはオオカミの化け物が、唾液をまき散らしながら追ってくる。


やべえ!走るのをやめたらマジで食われる!!


走りながら俺はエカテリーナお嬢様に貰った小袋のことを思い出した。


『もし魔獣に遭遇するようなことがあれば試してみてくださいね』


そんなことを言っていた。魔獣ってあのオオカミの化け物のことなのか?!

そんなことはどうでもいい!

あれが魔獣だろうがなかろうが今はそんなこと考えている暇はない!!


俺小袋からとりあえず、一粒の玉を取り出した。

なんの変哲もない大豆ほどの黒い粒。

俺はとにかくそれを後ろから迫ってくるオオカミの化け物に投げつけた。


ドーーーーーーーン!!!!


その黒い粒は大きな破裂音と共に広範囲に及んで灰色の煙をもくもくと上げた。

化け物たちがどうなったのか全く確認できないが、まさかこんな小さな一粒でこんなに威力のあるものだったなんて……!普通に腰に巻いてなんて怖すぎ!!

でもよかった!これで助かった。


煙で辺りがよく見えないうちに俺はさらに走って、どこか隠れることできるところを探した。


さっきの粒は爆弾じゃなかったのか?

ただの火薬にしては煙の臭いが変だな。

火薬に何か変な薬でも混ざっているのか?


そんなことを思いながら、なんとか一人でも登れそうな木を見つけその木の上で化け物たちをやり過ごそうとした。

息を潜んで木の上にいると、オオカミの化け物たちが次々とやってくる。

なんだかさっきよりも数が増えたような……

俺は怖くなって更にあの粒をありったけオオカミたちに向かって投げた。


ドーーーーン!!

ドーーーーン!!

ドーーーーン!!



いくら粒を投げたところでオオカミの化け物たちはいなくなる気配がない。

なんなら数を増やし、俺が登ってる木を揺さぶり倒す勢いだった。


あんのお嬢様!!全然効かねーじゃねーか!この粒!!


エカテリーナお嬢様に怒りを覚えた瞬間、木の枝がボキっと折れる嫌な音がした。


――これは、やばいやつ


落ちたら下にいるアイツらに食われて死んじまう!!!!

しかし時すでに遅し。

枝が折れるのと同時に俺の体は真っ逆さまに地面へ落ちていった。


あぁ、俺こんなところで死ぬのか……

こんなよくわかない所でスケスケネグリジェのまま……

母さん、父さん、孫の顔も見せらせずドーテイのまま死んでゆく親不孝な息子でごめんなさい。


短い走馬灯が頭を駆け巡ったその時、俺は誰かの腕の抱きかかえられた。



「……大丈夫か?」



俺をお姫様抱っこでキャッチしてくれたのは、赤い髪の赤い眼をした無表情な男だった。


「え、あ、俺……」


男は何も言わず素早くそばにいた黒の馬に俺を乗せ、自分はオオカミの化け物に対し剣を振るった。

男の持つ黒い剣は炎を纏っており、彼が剣を振るう度にその炎がオオカミの化け物を覆い込み焼き尽くしていく。その炎は増幅し次々とオオカミの化け物を灰にしていった。


すげぇ……この人……めっちゃ強い


俺は目の前で起こっていることにただ茫然と見ているしかなかった。

不思議な事に目の前で大きな炎が上がっているというのに熱さが全くなかった。

どういうことなのかはわからない。


その男はあっという間にすべての化け物を倒してた。


男はふぅと息をつき、剣を鞘にしまった。

そして振り返り俺の方へ歩いてくる。

俺はあわてて馬から降りようとして、そのままズルリと馬から落ちた。

頭のフードが落ちて黒髪が露わになる。


「いてて……」


俺は頭をさすった。


「大丈夫か」

「いや、あのすみません。本当に助けて頂いて……」

「魔族の子どもか。何故こんな危険なところにいる?」


子どもって…俺これでもハタチなんですけど?!

しかし今はそんなことを言っても仕方がない。


「あのいや、連れてこられたっていうか。ってかこの森ってそんなに危険なところだったんですか?!」

「第二級の危険区域に指定されている森だろ。武器や魔法具なしでは確実に死ぬな」

「第二級危険区域~?!」


あのエカテリーナお嬢様、もしや俺を殺すためにわざとここに連れて来たんじゃ?!


「それにお前が使ったあの道具はなんだ?魔獣を凶暴化させ興奮させる作用があるようだが。あのような物を使えば殺してくれと言っているようなものだぞ」

「え?!あれは人に貰って。魔獣にあったら試してみろって……」


エカテリーナお嬢様は初めから俺を生かす気なんてなかったのか?!

なら何で牢屋から逃がしてくれたんだよ。

わけわかんねーよ……

それとも本当に道具の効き目を確かめたかったとか?

とにかくもうあのお嬢様には関わらないほうがいい。


「なんにしろ誰かに騙されているらしいな」


男はそう言って俺の頭をポンと叩いた。


「俺に会ったことを幸運に思うんだな」


男は服の襟元についていたピンバッチを俺のマントに付けた。

赤い二匹の龍が百合の花に巻き付いた不思議な模様だった。


「あの……これ……」

「それがあれば魔族の国では皆よくしてくれるはずだ。この森の中にも魔族の家がある。そこまでは自力で歩け。私は行かなくてはならない」


男はそう言って、馬に飛び乗った。


「あの、助けて頂いて本当にありがとうございました」

「またな幸運な少年――」



そう言って、赤髪の男は去っていった。

物語のヒーローかと思うほど格好良かった。

男の俺でも惚れそうだ。

俺はしばらくその背中を見つめていた。

ゆっくりと月が登っていた。



月の光を見つめていると、突然俺の指先と足先が光りだした。


「え?!今度はなに?!」


光は次第に体を包み、髪の毛の先まで到達したかと思うと、俺は昨日の金髪女に代わっていた。


「ええ。ここでまた女になっちゃうのかよ……」



俺は両手を見合わせた。

白く細い手が暗闇で輝いている。

よく見るとどうやら俺の体自体がこの暗闇の中で光り輝いているようだ。


「俺ってマジで聖女なのか?」



そう思った時、俺は何故かその場で卒倒してしまった。


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