元上層部1 死刑宣告
不屈2と同じ場面の元国王サイドからの視点です。
「“代表者は案内すると共に、俺の部屋について来い”」
勇者の命令で宮廷魔術師長イザレ、宰相モリガン、近衛騎士団長ベルトン、神官長オルトメア、諜報長官ザナクが勇者と元国王の下に合流した。
彼等は国の重鎮であると共に、異世界召喚の専門家でもあった。
その為、元国王アドルフのように屈辱感を感じるよりも絶望感の方が大きかった。
この自由の利かない現象が、魂を縛り付けられた感覚が、召喚術式に組み込まれていた隷属術式によるものだと、正確に理解出来てしまっていた為だ。
故にこれは勇者による異世界人奴隷化の報復であると、誤解していた。
勇者がどのように組み込まれていた隷属術式を反転させたのかは定かで無いが、術式を正確に理解していなければ反転させる事など出来ない。
勇者が隷属術式の事を知っていて起きたこの現象は、報復以外の何ものでも無いと。
実際は、全て〈不屈〉が精神を保護しただけの結果で勇者は現在進行形で気が付いていないが、異世界召喚の専門家である彼等にはそうとしか思えなかった。
論理自体は正しいのだから無理も無い。
全く知らぬ術式を反転させる事など本来は出来ないし、隷属術式を知っていて受け入れる者も、それを許す者も皆無だ。
だから重鎮達は確信していた。
勇者の報復が始まると。
まあそれでも、初めて顔を上げて見た勇者の服装が、フリフリで派手な服を着た少女の絵柄出会った事には、別の涙を流してしまったが……。
同時にこうも理解していた。
元国王アドルフはまだ現状を理解出来ていないと。
もし元国王が余計な事をしてしまったら、一環の終わりであると。
重鎮達はしきりに目でアドルフに訴えかける。
『陛下! どうかご理解を! これも国の為なのです!』
『ならぬ! 余が王なのだ! 強制されるのは致し方なしであるが、此方から媚びる事はせぬ!』
必死の目配せは、会話を成立させた。
『王よ! 我らは奴隷に墜ちたのです! これは奴の報復です! 機嫌をとらないと、我々が異世界人のように使い潰されます!』
『自ら奴隷となると言うのか! 異世界の奴隷如きに――あぎゃぁぁぁああっっ!!』
『どうかご理解を、陛下!』
うっかりアドルフが命令に抵触した隙に、宮廷魔術師長イザレが前に出る。
「ま、まずはご挨拶を、へ、陛下」
そして脅えながらも挨拶をした。
敬称も忘れない。
彼は進んで勇者の王権を認めた。
『陛下は、この国の支配者は余ただ一人じゃ――あァァァあっっっりません! 余は陛下じゃありません!』
アドルフは憤怒するも一瞬で嘆きに変わる。
『この裏切り者どもがぁぁぁ!!』
そして勇者に向けられない怒りを臣下達に当てた。
「わ、私は神聖ブルゼニア王国宮廷魔術師長の、イザレと、申します」
しかしそんなアドルフの怒りはイザレに伝わらない。
イザレは全神経を勇者に向けていた。
刺激しないように、慎重に慎重に言葉を選ぶ。
「俺はこの国を統べる王だ。“俺を王として敬え”」
そして返って来た言葉はこれだ。
イザレ達は光明が差した気がした。
主人を敬えでは無く、王として敬えと言ったからだ。
全てを差し出している奴隷は、言われなくとも主人に対しての最上位の対応を強制させる。
しかし同じく最上位に位置しても、忠誠によって敬意を集める王として敬えと言う。
玉座での宣言では無く、この段階で態々言うまでも無い様な事を言ったのだから、きっとそうであろうと希望的観測も込めてイザレ達は判断した。
ただの言葉の綾と言う可能性も捨て切れなかったが、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
例外は元国王のアドルフだ。
王位を奪われた事、王位は既に勇者にある事を鮮明に突き付けられ、更にはその宣言でほっとする薄情な重臣達に追い打ちをかけられ涙した。
「か、畏まりました。こちらにおわす御方は、も、元神聖ブルゼニア王国国王であらせられるアドルフ一世閣下です」
肩の力が多少抜けたとは言え、やはり油断が破滅に直結すると思っているイザレは会話を詰まらせず、緊張しながらもまずは紹介をした。
『元』国王と言う肩書も、陛下では無く『閣下』と言う敬称も紹介しているアドルフの精神をゴリゴリと削ってゆくが、押し通す。
一番大切なのは勇者の機嫌だ。
アドルフの命運もここに有ると、我慢してもらう。実に悔し気な泣き顔は努めて見ない。
「そしてモリガン宰相、ベルトン近衛騎士団長、オルトメア神官長、ザナク諜報長官です。改めまして、ご挨拶申し上げます」
そして全員の紹介を済ませた。
だが真の試練はここから。
「ここは、神聖ブルゼニア王国。大陸の中央に位置する大王国です」
案内を求められたのだから、この場所と、召喚した経緯を話さなければならなかった。
命令の言葉では“案内しろ”だったが、魂に響く命令では説明しろと言うニュアンスも含まれていた。
今回の命令では、勇者の知りたい事に答えなければならない。
そして場所と経緯も知りたいと、魂の回廊から勇者の思念が流れている。
まだメインで知りたいと言う訳でもなく、魂を握りつぶされる感覚もないが、それも時間の問題。いつまで流せるか分からない。
それに命令が無くとも、勇者の機嫌を損ねれば終わる。
だからと言って、真実を告げる訳には断じていかない。
奴隷として使い潰そうとお呼びしましたなどと言えば、その瞬間に破滅は確定する。
確実に自分達が使い潰される事になるだろう。
隷属術式を反転させた以上、真実を知っている可能性が高いが、それでも何とか嘘にならないよう誤魔化さなければならない。
イザレは必死に嘘にならない言葉を探した。
「陛下はその、あの、神聖ブルゼニア王国の繁栄の為にお呼びしました」
そして無難な言い回しを発見する。
「ああ、神聖ブルゼニア帝国皇帝として、この地を繁栄に導こう。お前達にその礎となる栄誉を授ける。覚悟するが良い」
しかしその返答は、『礎となって消えてもらう。覚悟しろ』と言うものであった。
真実はまるで違うが、元国王や重臣、聞こえていた全ての者達は、そう思い、絶望するのであった。
繁栄の誓い=死刑宣告
次話は主人公視点に戻ります。