元王国1 奴隷術式
説明回です。
不屈2と順番を入れ替えました。
「“王位の印を我に”」
異世界より召喚された勇者はそう告げる。
召喚術式に組まれた隷属術式を強引に跳ね返した勇者の命令は絶対であった。
魂をも縛る隷属術式、それが跳ね返り奴隷となったブルゼニアの人々と主人てある勇者の間には、魂に直接命令系統が布かれている。
魂の縛りの恐ろしいところは、反抗意識すら許さない事だ。
何故ならば、常に魂を監視しているのと同じ状態だからだ。
通常の奴隷術とは、行動に対しての罰によって成り立つ事が殆どだ。
例えば“奴隷の首輪”、これは主人の意に反する行動に対して罰を与える、例えば電撃を流す事などによって対象を服従させる。
それも主人のアクションにより罰が発動する形式である事が多い。
対象を縛れば縛ろうとする程、奴隷術の制約は多く大きくなる。
術をより深部までかける必要が出てくるし、縛りの範囲と密接度が高まった分だけ、隷属させられた側の抵抗域も広がる事になる。
また細かい条件を付けるには主人側の命令も正確に伝わらなければならない。その結果、術的な奴隷と主人の結び付きは強くなり、強力な程主人の念も宿った術式、謂わば呪いとしての性質が強くなる。
勇者はその最上級とも言える術式を呪い返しした。
強い繋がりから逆流させたのだ。
言い換えれば、勇者は最上級と言える隷属術式をブルゼニア全土にかけた。
それを成したのは固有スキル〈不屈〉。
本来はただ精神干渉を許さないだけの精神保護スキル。
精神攻撃に対しては無敵であったが、それだけだ。
しかし呪いと〈不屈〉の相性は最悪で最高であった。無敵の精神保護スキルは向けられた呪いを寄せ付けず、また抵抗から来る呪い返しすらも許さなかった。
結果、魂まで奥深くブルゼニアの人々は縛られた。
反抗の意を思い浮かべるだけで、魂を握り潰す強大な呪いで。
この反抗意思を許さない性質は、本来命令による指向性を持たせるだけのものである。
例えば、右を向けと命じたら首を右に向けされる強制力であった。この強制力は罰ではなく、ある程度は抵抗も可能なものだ。
術式的に、完全な操り人形にする為にはリソースが大きくなり過ぎる事から、不完全な力であった。罰がメインで補助程度の性能しか発揮しない。
しかし勇者を対象とし国中から掻き集めたリソースを以て発動する術は、ブルゼニア人の深層の魂を侵食し、魂を対象にその強制力を働かせた。
そして、魂に付与される指向性に対抗出来るものは皆無であった。
無理に動かすと、魂がネジ曲がり、押し潰れる。耐えられた者は居なかった。
魂を握りつぶされる痛みや恐怖には耐えきれなかった。
少しでも反抗する意思を思い浮かべる度に魂を潰され、もはや逆らう気は皆無であった。
実のところ、未だ命令違反による罰を受けた者は居ない。
しかし、勇者を召喚しこの広間で直接勇者の命令を聞いたものは、全員早くも調教され尽くしている。
奴隷術と言う性質上、命令と言う言葉によるトリガーが必要となるが、一度それを発すれば詳細に言葉として発さなくとも奴隷を思いのままに出来る状態であった。
もはや、ブルゼニア人は勇者の手足とでも言ってもいい状態だ。
そして徹底的に勇者に恐怖し、反抗意思を思い浮かべる事も出来ない自分達の情けなさに涙した。
特に、プライドの高い者ほど、また勇者をただ道具だと思っていた者ほど思い知らされていた。
尚、そんな事を知らない勇者は呑気に自分のカリスマ性のせいで召喚術者達が泣いていると思い、その涙で歪んだ顔に引いていた。
広間に居なかった者達も阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。
奴隷が直接勇者の命令を聞いていなくとも、魂の繋がりから強引に命令出来ていたからだ。
そもそも、初めの呪い返しの時点で、強大過ぎる呪いがブルゼニア人を侵食し、未だ動けもしない状態が続いていた。
ブルゼニア人の全てが地面に跪いていた。
物理的に国家全体が麻痺していた。
そして魂の繋がりから勇者の事を知り、反感を持つと魂を潰される。
呪いはブルゼニア人が屈服するまで追い打ちをかけ続けた。
勇者が召喚されて数分、神聖ブルゼニア王国、いや神聖ブルゼニア帝国は彼の物となっていた。
元国王すらもその例外では無い。
勇者の忠実な所有物と化していた。
“王位の印を我に”と言われて、つまり王の全てを寄越せと要求されてもまともに反抗しなかった。
いや、出来なかった。
本心では嫌がっていても心の中での反抗すら大して出来なかった。
ただ呪いの力に怯え、プライドをズタズタにされながらも従った。
だが、反抗しなかっただけで反省もしていなかった。
本来この呪いは、勇者にかけようとしていたもので、その報いが訪れたのだと省みる事は無かった。
ただ自分の身だけを案じていた。
ブルゼニア人も現段階で、自分達の行いを悔いた者は皆無であった。
そして気付いていなかった。
自分達が今は、今まで召喚して来た異世界人と同じ立場にある事に。
異世界人達にやらせていた事のツケが返ってくる事に。
これがまだ、始まりに過ぎない事に。
次話は主人公視点に戻ります。