召喚国1 因果応報
召喚国視点です。
神聖ブルゼニア王国。
ブリュドーク大陸の中央に位置するこの大国は、三百年前、古代遺跡で発見された勇者召喚の術式を解読し、勇者召喚術式の復元には至らなかったが、その代わりに異世界人を召喚する異世界召喚術を確立した。
それから三百年、大陸中央北方の小国に過ぎなかったこの国は大陸一の大王国へと急成長を遂げた。
異世界人は強かった。
学説によれば世界を越える過程で適応する肉体に作り変えられ、その際に余剰エネルギーを取り込むらしい。
その力は平均して常人の十倍、しかも成長する。
加えて固有スキルを始めとした特殊能力まで身に着けて召喚される者も多い。
それで弱い筈が無い。
異世界召喚は魔力を始めとしたコストが大き過ぎる為、頻繁には行えなかったが、それでも神聖ブルゼニア王国は異世界人を召喚する度に国土を押し拡げて来た。
そしておよそ百年前、彼らにとっての事件が起きた。
召喚した異世界人が他国についたのだ。
そして二百年ぶりに国土を縮小させる事になった。
以来、かの国の魔術師達は召喚術の改良の着手し、遂に召喚術に隷属術式を仕込む事に成功した。
決して自分達を傷付けられない呪いに、服従の呪い、奴隷術式をも強引に越えた出力任せの呪いをかけられた異世界人は強大な死兵。
更には固有スキルや特殊能力を殆どの確率で持たせる事にまで成功。
ブリュドーク大陸の統一すらもすぐそこであった。
しかし他国もただ見ていた訳では無く、遺跡の調査や諜報偵察によって同規模の術式を完成させた。
そして資源を異世界召喚に注ぎ込んで次々と召喚。
各国は異世界人を支配し、戦場に送り出し戦争していた。
もはや戦争において異世界人は必須。戦争とは即ち異世界人を使った代理戦争とまで言って良いものになっていた。
「陛下、此度も異世界召喚の準備が整いました」
「うむ、始めよ」
「「「御意」」」
謁見の間、王の玉座の下で今、儀式が執り行われていた。
黒いローブ姿の術式達が両手で長杖を掲げ、広間にびっしりと画かれた魔法陣は徐々に様々な光を帯び始める。
光はやがて一つに纏まり、複雑かつ乱雑だった魔法陣の形も統合されより幾何学的な魔法陣へと変わる。
広間に刻まれていた魔法陣は変化と共に光に吸収され消えてゆき、新たな魔法陣として広間に浮き上がる。
「王よ!」
宮廷魔術師長イザレがアドルフ王に呼び掛けると、アドルフ王は王笏を掲げ祝詞を唱える。
「――ブルゼニアの王がここに命じる ここにブルゼニアの力を徴収す 納めよ大地 納めよ大河 納めよ臣民 ブルゼニアの力は今ここに結集す――」
途端、ブルゼニア中の魔力が動いた。
ブルゼニアの統べての魔力が。
山も川も人も魔力を霊脈に流し、霊脈を治める都市を通じてブルゼニアを束ねる王都ブルゼニスまで魔力を運ぶ。
ブルゼニアの支配下に無い獣魔が驚いて逃げ出す程、確実に知覚出来る規模の魔力が王都へと流れた。
そして王都の魔力は王宮地下へ。
王宮地下に集まった魔力は王笏を通して汲み上げられ、莫大な魔力が魔法陣に注ぎこまれた。
これこそがブルゼニアの生み出した異世界召喚術の根幹。
言ってしまえば莫大な魔力によって強引に求める結果をもたらす力業。
過去の魔術師から現在の研究者まで、勇者召喚術式を解析し使える形まで何とか復元したのが現在の異世界召喚術式だと思っているが、真実は違う。
彼らの先祖が発見し、歴代の研究者達が改良した術式の大部分は、勇者召喚術式を発動する為に必要な魔力を集める術式、霊脈から魔力を汲み上げる術式であった。
召喚術本体の方は、莫大な魔力により思い通りに現実を書き換える力、文字通りの魔法が発現し、術式の破損部分を強引に修整した事により成立している。
勇者が召喚出来ないのは、その莫大な魔力を注ぎ込んでも尚、コストが不足しているからだ。
逆説的に言えば、勇者とただの異世界人との間にはそれだけの差が存在すると言う事でもあった。
そして隷属術式もこの莫大な魔力によって成立していた。
そもそも異世界人にしろ、世界の壁を越える程の存在強度を持っている。
世界の壁を越えると言う行為は、生身で宇宙水泳する事よりも危険な行為だ。環境どころか世界法則そのものが違う。世界を飛び越える際に必要となる莫大なエネルギーにも耐えなければなら無い。
つまり異世界召喚は世界を越える力と、それら世界法則への適応化やエネルギーからの保護といった転移術式と強化保護術式の二つの要素で成立しているのだ。
つまり、召喚に成功した時点で異世界人の存在強度と言うのは強い。
転移エネルギーからの保護等はその場限りのものだが、世界法則に適応させる効果は当然残り、適応化能力の内、特に魔力は精神や魂にも影響し、元の適応性自体も弱い傾向にあるので異世界人の精神や魂には適応化だけでなく護りと言う力自体も残っている。
その力は魂と精神そのものを強化し干渉を防ぐ。
異世界人には精神干渉系の力が効かない。
完全とも言えないが、存在そのものに影響する強い力程弾く傾向にある。悪夢を見せるような事は比較的簡単だが、奴隷術はまず通用しない。
それを捻じ曲げ隷属術式を成立させる。
この術式にも、異世界召喚術式本体と同規模の魔力が、国中からかき集めた莫大な魔力が使われていた。
そして未だこの世界の人間の殆どが気が付いていなかったが、霊脈地脈から魔力を大量に汲み取る事で、大地の力自体が枯渇しかけていた。
魔力はこの世界の万物に宿っている。動植物は勿論鉱物、そしてそれらから生み出された人工物にまで。
魔力は願いを魔法として現実のものに変える。それは一流の魔術師レベルの魔力が無いと、はっきりと形として見える程強くは無い。
しかし魔力は確かに作用していた。願う程の意思の無い植物はそれを生存と言う生き物として当然の願いを魔力によって形にし、成長を助けていた。
植物よりも願い無き鉱物すらも、存在そのものを強化していた。
魔力の影響を受けていないものは存在しない。
それが急激に抜かれ、大地は、その上にある全ては弱っていた。
特に地球に存在しない動植物、魔力が無ければそもそも成立しない存在への影響はかなり大きかった。
そして質の悪い事に、魔獣や魔物は無傷。
これは、魔物に力を与えるのが瘴気と言う汚染された魔力だからである。魔力を、それの流れる霊脈の制御が出来ても、瘴気の制御自体は出来ていなかった。人は古代文明を含めて、瘴気を制御する術を持たなかったのだ。
と言うよりも、瘴気を制御出来てしまう程、瘴気に馴染んでしまえば、もう人では無く魔族など人外の存在と化してしまう。
異世界人を隷属させるなど外道の行いをしているが、術式的には実はまだ人の道を外していなかった。
そして大地の魔力は瘴気を抑えると言う役割まで果たしていた為、魔力を奪われた大地は不毛の大地と化すと共に、魔物の大地へと化していた。
それを解決する為に戦争を起こし土地を押し拡げ、増えた魔物を排除する為に更に異世界人を召喚してと、ブルゼニア王国は、いやブリュドーク大陸は破滅への負の連鎖の沼に嵌っていた。
唯一の幸いは、それだけ魔力を必要とする異世界召喚の儀式が魔力をかき集めても頻繁に行えない事くらい。
しかし、魔力が溜まればすぐに、彼らは異世界召喚の儀式を行った。
そして一人の異世界人の召喚に成功した。
同時に、余剰魔力、隷属術式に使われる筈だった魔力は弾け、形を持ったまま魔力を徴収したブルゼニア全体へと逆流した。
隷属術式の形を持った魔力がブルゼニア全土へと。
その瞬間、異世界人を隷属させようと企んだ、そしてそれに手を貸したブルゼニア全土の人々が、召喚された彼に隷属した。
これが、後に【不屈の勇者】の一人として語り継がれる一人の王が誕生した瞬間であった。
次話は主人公視点に戻ります。