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導の先に立て ―ダンジョン攻略して世界を救う英雄の物語―  作者: 紅咲 いつか
Area1:悪意の森と渡り鳥

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Point1-8「作戦会議」

「まず、これが昨日見たダンジョンの地図だ」

 そう言って、ジェイドが卓上に広げたのはかなり詳細に描かれた地図だった。

 朝食の後、ジェイド、ルカ、ロディルトの三人は互いに額を突き合わせ、ジェイドが示した地図を覗き込んでいた。

 卓上に広げられた地図を見下ろし、ルカは目を見開いた。

 ジェイドの描いた地図は、出発地点から最終的に到達した円塔までの道のりだけでなく、その他の周囲の状況も事細かく記されている。

 五分間、視界の悪い森の中や遺跡群の中をほぼ走りっぱなしの状況の中、ここまで緻密な地図を作成するなど並大抵の観察力ではない。

 渡り鳥として、長くダンジョンに関わってきたための技能だろう。

「ダンジョンの中心はこの遺跡群。中央のくぼんだ地下が、『大将』のいる領域になるだろう」

 ジェイドは地図の中央、円塔から見ることができた巨大な縦穴を示した。

「掲げてあった旗印は『三重の円に薔薇』だった。間違いなく、『女帝』の配下だろう」

「女帝?」

 ジェイドの言葉に、ルカは眉根を寄せて顔を上げた。

「魔界における十三魔将の一人です。『女帝』というのは、我々人間側の呼称ですね。悪魔たちは『最高位(レウーア)』と呼び称え、魔界を統べる魔王に次いで尊い存在と位置付けているようです。魔王直下の腹心、そうご理解いただければ問題ありません」

 ロディルトがすかさず解説する。彼は難しい表情で地図に視線を戻した。

「『女帝』の配下は間接的な手段での惨殺を好む傾向があります。毒、麻痺、幻覚……様々な手段を用いて、人間を精神的にも肉体的にも追い詰め、やがては自分の栄養源として捕食します。まず、正攻法で戦ってはいけない相手です」

「歪んでいるわねぇ……」

 ルカは昨日、ダンジョン内で見た植物の魔物を思い出し、不快げに顔を歪めた。

「悪魔は総じて、歪んでいるもんだ」

 ルカの呟きに、ジェイドも真顔で断言した。

「まぁ、その中でも『女帝』が率いる悪魔たちの特性は、まさに『陰湿』の一言ですね」

 ロディルトも容赦ない。二人の言動に、ルカは苦笑した。

「なるほど、すでに何度かまみえたことのある『腐れ縁』ってことね」

 ルカは地図に視線を移した。

「それで、今回の事前調査では肝心の地下構造を知ることができなかったわけだけど……そういう場合はどう国や冒険者ギルドに情報を流しているの?」

「今回の相手はあの『女帝』です。国の正規軍や冒険者ギルドの方々には、表層での活動をお願いしますので、地下構造を彼らが知る必要はありません」

 ルカの疑問に、ロディルトがしれっと言った。

「はぁっ!? ダンジョン攻略に正規軍や冒険者ギルドの連中も参加するんでしょ!? なんで彼らにも働いてもらわないの!?」

「もちろん、正規軍と冒険者ギルドにも協力を要請するさ。ただ、今回は相手が悪い。『女帝』が統べる(トラップ)だらけのダンジョン内ではその大所帯での強みが仇になる。だから彼らには表層で陣を構築してもらい、要救助者の保護やダンジョンの奥から湧き出てくる悪魔たちとの戦闘を担ってもらうんだ。彼らが敵の目を引き付けている間に、俺たちがダンジョンの深部へと潜り込む」

 ジェイドの言葉に、ルカも冷静になる。

「つまり、私たちが精鋭となって、少数でのダンジョン攻略を実行する。そのため、敵に気付かれる前に敵の大将首を取らなきゃいけないってわけね。まさに、時間との勝負か……」

「そういうことだ」

 ジェイドは頷くと、ロディルトへ目を向けた。

「ロディルト、ヴァノス国には赤の精霊術師の人員確保を依頼してくれ。あとは毒消しや聖水等の『女帝』対策の備品類、そして弓兵などの飛び道具を扱う人員を特に増やすよう伝えてくれ」

「わかりました。ちなみに、対魔獣用の仕掛けはいかがしますか?」

「あって困るものじゃないからな。ただ戦闘や行軍に支障が出るなら不要だ」

 了解です、とロディルトが席を立った。

「では、方々(ほうぼう)へ伝令を発してきます。地図、お借りしていきますね。少し、この場を離れます」

 ロディルトはそうして家を出ていった。出ていった彼の背を、ルカは怪訝な目で見送る。

「何でわざわざ外へ出るの?」

 ルカはジェイドに顔を向けた。

「彼、精霊術師でしょ? なら『伝令(メッセージ)』の精霊術が使えるはずよね?」

「……俺がいるからな」

 ジェイドがフッと表情を曇らせた。

「ジェイドに刻まれた呪いと関係があるってこと?」

 ルカの確認に、ジェイドは首肯する。

「俺が呪いを刻まれたのは、精霊との契約前なんだよ」

「え……じゃあ、ジェイド、あんたまさか――」


「俺は精霊と契約を結ぶことができない。だから、精霊核による恩恵や加護も一切受け付けない」


 むしろ、周りの人間の力を阻害してしまうため、ジェイドは事情を知るロディルト以外とはダンジョンに潜る時も極力、彼以外の人間との共闘行為を避けてきたのだという。

 悪魔は魔界に満ちる魔力を元に「魔法」を行使する。対して、人類は中間世界に満ちる四つの主要元素を己の魂に取り込むことで「精霊術」を行使する。「魔法」と「精霊術」はその性質が異なるために反発し合う。よって、悪魔に刻印を施されたジェイドが精霊と契約しようとすれば、彼の肉体が拒絶反応を起こして死に至る可能性があるのだ。

 ジェイドは悲しそうに眦を下げると、ルカに事情を説明して押し黙ってしまった。

 ルカは壁に立てかけてある己の武器を振り返る。

 ――あの違和感は気のせいじゃなかったんだ……。

 円塔を登っていたジェイドを助けるため、ルカは精霊術を行使した。普段であれば、原形をとどめることなく相手を葬ってしまう威力を発揮するのに、ジェイドの傍で行使したときは地面に叩きつけることが精いっぱいだった。

「あんたも難儀ね」

「はは、そう言うのはロディルトと君くらいだ」

 ジェイドが明るい声で笑った。ルカの目には空元気のように映った。

 外に出ていたロディルトが戻ってくる。

「ジェイドさん、ヴァノス国の宰相殿に連絡がつきました。軍の編制も見直してくださるとのことです」

 ただ……、とロディルトの表情が陰る。

「赤の精霊術師の確保が難航しているようです。ミルネフォルンへの派遣要請も行っているとのことでしたが……一週間やそこらでヴァノス入りをするのは難しいでしょう」

「そうか……なら、攻略はより速さを求められるな」

「ヴァノス国では炎を扱う精霊術師って少ないの?」

「土地柄の問題でしょうね。ヴァノスは一年を通して、比較的温暖な気候です。北大陸や中央大陸の北部にある麗国と比べると炎の精霊術の需要が少ないのです」

 ロディルトの説明に、ルカは納得した。

 炎の精霊術を行使する機会が少なければ、他国に流れてしまうのも無理からぬことだ。精霊術師といえど、その人にも生活がある。ジェイドたちとしても、赤の精霊術師たちを責められる立場ではなかった。

「ないものねだりしても仕方ない。今、確実にできることを優先して準備をするしかない」

 ジェイドは切り替えるように言うと、立ち上がった。

「ダンジョンの出現まで、一週間あるかないかだ。昨日潜ったダンジョンの様子から、敷地面積がこれ以上拡張されることはないだろう」

「では、私は劣化結晶を確保してきます。合流地点を教えていただけますか?」

 ロディルトの問いかけに、ジェイドはヴァノス国内の地図を卓上に広げる。その指先が迷うことなくある一点を指差した。

「ヴァノス国の西部に連なるノイス山脈、その登山道で落ち合おう」

 わかりました、とロディルトが頷くと、ルカに振り向いた。

「ルカさんも今のうちに揃えておきたい備品などがありましたら、補充に向かってください。三日後、ジェイドさんが示したこの場所に戻ってきてくだされば問題ありません」

「わかったわ。ピッケ村の住民のこと、冒険者ギルドに事情説明に行っておきたいのよ。じゃないと依頼をすっぽかされたと思われるから」

「なら、ダンジョンに潜ったということは伏せておいた方がいいですよ。ルカさんとしても、根掘り葉掘りと説明を求められ、何日も拘束されるのは嫌でしょう?」

 微笑むロディルトに、ルカは思わずジェイドを振り向いた。ロディルトの傍らで苦い顔をしているジェイドの様子から、過去に何度か経験したのだろう。

「そうさせてもらう」

 ルカも軽く肩をすくめると頷いた。

「じゃ、三日後にノイス山脈の登山道でね!」

 ルカはジェイドとロディルトに明るい笑顔を向けると、壁に立てかけてあった武器を手に取ったのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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