Point4-11「暗号の解読」
「んー……ん?」
謁見の間の玉座周りを探していたルカは床に這いつくばった状態で声を上げた。
「何か見つけたのか?」
ルカの声音の変化を耳にしたジェイドが顔を上げる。
「いや、さっきの動物とはまた違うんだけど……玉座の近くの床に文字が刻まれてる」
ルカが床を指差し、件の文字を示した。
「ロディルト! 掘り細工を頼む!」
ジェイドの呼びかけに、柱を調べていたロディルトが駆け寄ってくる。
「少々お待ちを……」
駆け寄って来たロディルトは荷物の中から取り出した掘り細工と床の文字を見比べていた。
「『心臓に灯す火、人々の安寧を胸に、太陽となって、大地を照らすだろう』と書かれていますね」
「何かが太陽として大地を照らすってこと以外さっぱりだわ」
ルカが真顔で床に描かれた文字を睨む。
「おそらく、心臓に灯す火とはリュサ・アンタレスの王族のことだろう。序盤の試練で、炎の心臓を宿した蠍を描いた壁画を見た」
ジェイドはそう言って、技巧の試練の際に見た壁画を思い出す。
正面には横たわる人の上に太陽が昇る絵。
右が月を抱いて眠る骸骨。
左が胸に炎を灯す蠍が人々の上に鎮座している様子。
炎の心臓を持った蠍は、多くの人々に敬われていた。王族という解釈で間違いはないだろう。
「ジェイドさんが見たという壁画――横たわる人の上に太陽が昇るというのは、王族が逝去した場合、その魂が太陽となってリュサ・アンタレス国の地をあまねく照らすという解釈が妥当でしょうか。祖霊信仰は人々の信仰の根幹にありますから、死した王族が守護霊となって自分たちを守ってくれると考えるのは自然なことです」
「それで蠍の心臓に炎が描かれているのね。ふふ、まさに『蠍の心臓』ね」
ルカが納得した様子で小さく笑う。
「そう考えると……『月を抱いて眠る骸骨』とは当時の人々の観念で、死した肉体の方の解釈かもしれない」
ジェイドの言葉に、ロディルトも頷く。
「考えられるのは、死霊に関する解釈でしょうか。死した肉体が独りでに歩き出すなど、当時の人々としても不吉な予兆と捉えていた可能性はあります」
「いや……逆だよ」
ギルが口を挟んだ。ギルとミザールがジェイドたちの輪に加わる。
「リュサ・アンタレスでは死霊は守護霊のような存在だ。実際、僕らが子どもの頃に族長たちから聞いた昔話の大半では、死霊と出会った旅人が彼らの助力を得て困難を乗り越え、財宝や名誉を手にする話が多いんだ」
「なるほどね。死後、人間の魂は太陽となって国を照らし、肉体は迷える旅人の道標であり守護者となる。隠された財宝へと導くっていうのも、海賊としては魅力的な話だ」
「財宝とは死者が葬られる際の餞のことだな。当時、盗掘の被害も多かっただろう。それを踏まえれば、墓から死霊が彷徨い出て墓を物色していた盗掘者と遭遇。死霊への恐怖のあまり、盗掘者が逃げ出したことで被害を免れた墓の話が時を経て昔話として語り継がれたのだろう」
「お墓を盗掘者から守った死霊が、旅人へ財宝の在り処を案内する役割に代わったってことね。でも、さすがに死者へ手向けられた財宝に手を出すのは気分がよくないわ」
ジェイドたちの解釈に、ルカは顔を顰めた。「死霊」という単語が出てきてから、彼女の顔色は真っ青である。
「ねぇ、まさかこの階層の謎を解いたら死霊がわんさか出てくる、なんてことないわよね?」
青ざめた顔で尋ねてくるルカに、四人は沈黙した。ロディルトとギルが苦笑を浮かべて顔を見合わせている。ミザールも小さく唸って、ルカの視線から逃れるように目をそらす。ルカは自分の目を真っ向から見返すジェイドに顔を向けた。
「可能性はある」
ジェイドは真顔で告げた。慈悲も何もない。
「わかっていたわよ! 何となく、そうなんじゃないかって予感がびんびんするからっ!」
「まぁまぁ……まだ確定したわけではありませんから。とにかく今は暗号の解読を進めましょう。お二人は何か変わったものを見ましたか?」
「関連があるかはわからないが、宴の様子が描かれた壁画を見つけた。この玉座から遠い壁、あそこだ」
ミザールが己の背後を指差した。
「僕は燭台を見つけたよ。この玉座を中心にその周囲に五つ。柱や壁の装飾に紛れていてパッと見ただけじゃ気づかなかった」
ギルも燭台があった場所を指差しながら答えた。
ジェイドたちはまず、ミザールの発見した当時の酒宴の様子が描かれた壁画の前に立った。
豪華絢爛に飾り立てられた宮殿内で、酒や料理が振舞われている。中央の舞台らしき場所では踊り子たちが長布を両手に持って舞い踊り、踊り子たちを取り囲む兵士たちの手には松明が握られて五色に彩られた炎が燃え上がっている。
「この松明の先に灯された炎の色って意味があるの?」
「リュサ・アンタレスの五つの訓育じゃない?」
ルカの疑問に、ギルも顎に手を当てながら答えた。
このダンジョンに入って最初の試練であった、リュサ・アンタレス国の最盛期において貴ばれた五柱の訓育。武力、富、叡智、技巧、栄光がそれぞれの炎を色分けにして表したのだろう。
「……まさか、この壁画と同じように、それぞれ対応する色の炎を灯せってこと?」
「ギルが見つけた燭台もある。普通に考えるならそういうことだろう」
壁画を指差しながら表情を強張らせるルカに、ジェイドはあっさり頷いた。
「炎の色は赤、黄、緑、青、紫の五色。まぁ、この色なら不可能ではありませんからね」
「ロディルト、色の付いた炎を生み出せるの?」
首を傾げるルカに、ロディルトは笑顔で頷いた。
「はい、炎色反応という現象を利用すれば可能です。六百年前のリュサ・アンタレスの人々も、ある特定の金属を燃やすと炎の色が変わることを知っていたようですね」
「それってどんな金属? 僕が生み出せる鉱石だったりするかな?」
ギルがロディルトに問いかける。
「えっと……まず、赤は『リチウム』、黄は『ナトリウム』、緑は『銅』、青は『ガリウム』、紫は『カリウム』です。もちろん、色によっては代替可能な金属もあります」
「うん、『銅』以外……なんかよくわからない呪文が飛び出したね」
ギルが腕を組んで満面に笑みを浮かべた。ロディルトは苦笑する。
「まぁ、鉱石に関わる研究や商売をしていない人からすると、あまり原石を目にする機会がありませんからね。鉱石の図解や特徴を描きだしますので、それに見合った鉱石を試しに生み出していただけませんか? 生み出された鉱石を私の炎で燃やしてみて、色の変化を見定めましょう」
「了解」
「ロディルト、ギル、ここは任せた。俺たちは餞の方を準備する」
炎のことを二人に一任し、ジェイドはルカとミザールに向き合う。
「死者の眠る墓所へ立ち入るなら、餞は必須だ。そうすれば死霊たちが俺たちを目的地へと誘ってくれるだろう」
「でも……この広間には飲食物はないわよ?」
青い顔をしたルカがミザールにしがみついて指摘する。ミザールも無言で頷いた。
「そうだな。だから取りに行かないといけない」
「取りに行くって……」
「どうやるんだい? 今まで通って来た道はすでに塞がれているんだよ?」
ジェイドの言葉に、ルカとミザールは困惑した様子で顔を見合わせる。ジェイドは首を傾げる二人に、不敵な笑みを向けた。彼の指先が天井に向く。
ルカとミザールが頭上を仰ぐと、声を上げた。
謁見の間の天井には通路と思われる五つの穴が開いていた。それぞれの通路の上に、第一階層で見た試練部屋と同じ紋章が刻まれている。
「餞は全部で五つ。それぞれの部屋で紋章に対応する物を運び込むんだ」
「えっと……武力の部屋は、斧を持った剣闘士だった。つまり、『斧』を奪って倒せばいい?」
「そういうことだ。ミザール、富の部屋の宝は何だった?」
「小瓶だったよ。骨董品ってのは一見すると他の金銀財宝より質素で見劣りするが、施された彩色や小瓶に使われた材料、そしてその小瓶を作ったと思われる技術者の知名度などを加味すれば……そこら辺の宝石以上の価値になるからね」
ミザールが得意げに胸を張った。
「それにその小瓶を持ち上げた時、中に液体が入っていた。封をされていたから中身まではわからないが、もしかしたら件の『酢』じゃないかい?」
「おそらく、な」
不敵に笑うミザールに、ジェイドも頷いた。
「『叡智』の部屋では大量の巻物が納められていました。時間が巻き戻っているなら、入り口から左手、上から二段目の、左端から七つ目の巻物が答えです」
ロディルトが口を挟んだ。ルカの目がジェイドとミザールに向く。ミザールが苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「場所はばっちり覚えたよ。『叡智』はアタシが回収する」
「なら、『技巧』は俺が回収する」
「うん、よろしく!」
視線で二人に訴えかけていたルカがにっこりと微笑んだ。
「『栄光』は三つの謎解きだった。答えは順に『太陽』、『月』、『案内人』だよ。謎解きの後に台座に安置されていた指輪が光って扉が開いたから、その指輪を回収すればいいはずだ」
「そういうことなら、そちらは私に任せて! 答えがわかっていて物品を回収するだけなら楽なもんだわ!」
「謎解きが無作為だった場合はどうするんだい?」
意気込むルカに、ミザールが不吉なことを言った。ルカの表情がすぐさま強張った。
「……ジェイドぉ~」
「そこは機転を利かせろ。万が一そうなっても、問題と掲示された回答群を覚えておけばいい。時間が巻き戻ったら、もう一度挑むことができるんだから」
「あ、そっか。こういう時ばかりは、時間が巻き戻ることに感謝しなきゃね」
ルカが嬉々とした表情で笑った。ジェイドが頭上を仰いだ。
「そろそろだな。時間が巻き戻ったら、行動開始だ」
ジェイドがそう告げた瞬間、ルカたちは何度目になるかわからない視界の歪みを険しい表情で見据えたのだった。
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