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導の先に立て ―ダンジョン攻略して世界を救う英雄の物語―  作者: 紅咲 いつか
Area2:忘却の地底と渡り鳥

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Point4-10「その悲劇の場所で」

 翼を生やした戦士が振り下ろす剣を、ジェイドは手にした剣で受け流す。そのまま背後へと跳躍し、放たれた矢を躱した。

「〝炎の断罪〟!」

 ロディルトの放った炎が翼の戦士の一体を焼く。炭となって落下する仲間に、他の翼の戦士たちが一斉に距離を取った。

「ちっ、逃げんじゃないよ!」

 ミザールが舌打ちとともに剣先を翼の戦士たちに向けた。

「ルカ、ロディルト、ギル、アタシに合わせな!」

「任せて!」

「いつでもどうぞ」

「姐さん、今度こそド派手に行っていいよ!」

 ミザールの呼びかけに、三人は即座に応じる。ミザールが腰を落とし、剣を己の腰へと引き寄せた。見たこともない構えだ。ちょうど、鞘から剣を抜き放つような「抜刀」の構えである。ミザールを包む風が、止んだ。


「剣技――〝辰巳(いなさ)の風〟」


 目にも留まらぬ早業で、ミザールが剣を一閃した。彼女の放った剣撃から巨大な暴風が巻き起こる。翼を持つ戦士たちはもみ合いながらミザールの放った暴風に吸い寄せられていった。

「〝金剛鎖〟!」

 ギルが生み出した無数の鉄鎖が、吹き飛ばされそうになったジェイドたちの身体を引き留めた。

「ルカさん、後は頼みます! 〝水の束縛〟」

 ロディルトが法具を装着した左腕を突き出す。竜巻にまかれる翼の戦士たちを水流の牢獄が一か所へとまとめ上げる。そこへ斧槍を振り上げたルカが叫んだ。


「〝重力崩壊〟!」


 水牢を中心に生み出された重力の特異点が、翼を持った戦士たちを一人残らず飲み込んだ。

 静寂が、ジェイドたちのいる空間を満たす。やがて、宙に浮いた床へと伸びてくる光の筋があった。皆が武器を構えて見守っていると、それはどうやら「道」のようだった。

「わぁ……綺麗」

 ルカが細かい光の粒が集まって生み出された「道」を見下ろしながら呟いた。光の筋ははるか下方から伸びている。このまま下っていけば、次の階層にたどり着くだろう。

「急ごう。また巻き戻ったら最初からだ」

 ジェイドは剣を鞘へと収めると、すぐさま光の筋に向けて飛び出した。ルカたちもジェイドの後に続く。どれくらいの時を走り続けただろうか。

 暗闇の中、光の「道」を頼りに進んでいると、やがて荘厳な門が見えてきた。

「あれが入り口だね!」

 ギルがパッと表情を輝かせた。ジェイドの表情が強張る。

「まずい、時間が巻き戻――」

「行くよ! 歯を食いしばりな!」

 ジェイドの言葉が言い終わらないうちに、ミザールが生み出した風が一行の背を押した。いや、もはや吹っ飛ばした。

「ひあぁっ!?」

 荘厳な門をぶち破る勢いで体当たりした一行は、そのまま床の上へと転がり込む。

「よしっ! 無事に階層突破だな!」

 不敵な笑みを浮かべたミザールが、靴底を床に押し付けて勢いを殺して背後の扉を振り返った。門の扉はぴったりと閉ざされており、時間が巻き戻ったことによって開かずの扉と化していた。

「『よしっ!』……じゃない! いきなり仲間を背後から吹っ飛ばす奴があるか……!」

 ジェイドが、腰を押さえながら身を起こす。

 その横で、ルカが目を回して伸びている。

「制限時間があるんだ。多少の荒事には目を瞑りな」

 ジェイドの恨み言を平然と聞き流すと、ミザールの目が室内へと向く。

「それより『あれ』、次の謎解きじゃないかい?」

 ミザールが指差す先をジェイド、ロディルト、ギルの三人が目で追った。

 真っ直ぐと床上に伸びた朱色の絨毯が二つの椅子の置かれた階へと続いている。落下してきた瓦礫で所々破損している豪奢な椅子の傍には、二つの冠が床に転がっていた。

 ギルの表情が悲しげに歪む。

「ああ……ここだったんだ」

 ギルは立ち上がると、ふらふらと吸い寄せられるように階の前に立った。そんなギルの背を、ジェイドたちは無言で見守っていた。

「……駆け付けるのが遅くなり、申し訳ありません」

 ギルが階を登り、玉座の前に転がった冠を両手で取り上げる。蠍の紋章が刻まれた紅玉がはめ込まれた、王の冠と思われる代物だった。ギルはそれを胸に抱き、肩を震わせていた。

「ここが、最初にダンジョンが出現した謁見の間だったのですね」

 ロディルトも立ち上がると、室内の様子を見回す。特に変わった仕掛けは見受けられないが、何が起こるかわからないのがダンジョンである。壁に刻まれた模様はもちろん、破損してしまった宝飾品の類にも目を光らせている。

「おい、ルカ。いい加減に目を覚ませ」

 ジェイドがルカの肩を掴んで揺り起こす。小さく唸り声を上げたルカがぱっちりと目を開いた。

「うぅ……頭痛い」

 強かに打ち付けたらしい後頭部をさすりながら、ルカも身を起こした。

「ここは……謁見の間?」

「ああ。いわば、六百年前の悲劇の発端となった場所だ」

 ルカとともに立ち上がり、ジェイドはルカを伴ってロディルトとミザールの傍へと歩み寄る。

「ロディルト、ミザール、何か変わった物はあったか?」

「いや、どれもこれもただの石造りの壁だし、罠の類が仕掛けられている様子もない。まるで休憩地点みたいだね」

 ミザールが冗談めかして言うが、難しい表情をしたロディルトも何も言わないので、現状ではそれがもっとも正しい見解なのだろう。

「それにしても……本当に蠍の絵が多いのね。いくら王族の紋章だからって、ここまで執拗に描かれたら気持ち悪いくらいよ」

 ルカが呆れた様子で壁に描かれた蠍の彫刻を指先でなぞっている。

「王族ってのは自分らの権威をとかく周囲に知らしめたがるもんさ。特に、六百年前の南大陸を統治していたリュサ・アンタレス国ならこれくらい当然だろう」

 ミザールが軽く肩をすくめて呆れ顔を向ける。

「それにしたって……ん?」

 不意に、壁を指先でなぞりながら進んでいたルカの足が止まる。彼女は眉間のしわを深めると、壁に向き直った。

「ねぇ……ここの蠍だけ、少し変じゃない?」

「どれだ?」

 ルカの傍に、ジェイドたちが駆け寄る。

「ほら、これ。他の蠍の絵と、何となく雰囲気が違う気がするんだけど……」

 そうしてルカが壁に描かれた変わった蠍の絵を指さした。確かに左右の蠍の絵に比べると、左右の触肢(ハサミ)が小さく、肝心の毒針を有する尾も細長い。なんとも頼りない印象の絵だった。

「これはおそらく『ビネガロン』ですね」

 絵を見た途端、ロディルトが呟いた。

「ビネガロン?」

 ルカがロディルトに顔を向ける。

「姿は蠍に似ていますが、実際は蜘蛛類に近縁な別系統の節足動物です。尾に毒針を持つ蠍とは違い、ビネガロンは強い酸性の分泌物を噴射します。名前の由来はその酸性の分泌物が『(ビネガー)』のにおいがするからだとか。地方によっては『擬蠍(さそりもどき)』とも呼ばれていますね。ちなみに、油で揚げて食べると非常に美味しいですよ」

「いや、昆虫食情報までは聞いてないから」

 笑顔で解説するロディルトに、ルカが呆れ顔でツッコんだ。そんな二人のやり取りを聞いていたジェイドが首を傾げる。

「なんで蠍の絵の中に、そのビネガロンが混じっていたんだ?」

「もしかしたら……調味料として重宝していたんじゃないかい?」

 ジェイドの疑問に答えたのはミザールだった。

「長い航海をする船乗りにとって、食料の保存は常に頭を悩ませる問題でね。特に野菜はそのままだとすぐに傷んでしまう。そこで殺菌効果が高い酢に漬けて船内の倉庫で保管することも多い」

「何より、酢の原材料はお酒です。古来より、酢は薬や栄養飲料物として親しまれてきました。不足する栄養を補い、疲労を回復する効果もありましたので……リュサ・アンタレス国の強大な軍事力の背景にはこういった健康思想があったのかもしれませんね」

「その健康思想と今回のダンジョンにおける謎かけ、どんな因果関係が?」

 ギルが腕を組んで首を傾げた。

「酒の奉納とかかい? あいにく今は持ち合わせがないねぇ……」

 ミザールが残念そうに呟いた。

「ひとまず、この部屋を隅々まで確認してみましょう。この壁画以外にも、蠍とは別の生き物が描かれているかもしれません」

 ロディルトの提案に、ジェイドたちは一斉に散った。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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