Point1-7「精霊武器」
ルカは身支度を整えると、朝日が昇る前に村の広場で鍛錬をしていた。
腹筋背筋、腕立てなどの基礎体力作りから愛用の斧槍を手にした素振りなど、一通りの日課をこなす。
「はっ!」
気合いを込め、斧槍の先に装着された槍で虚空を突く。すると背後から拍手とともにこちらに歩み寄ってくる人物がいた。茶髪に鳶色の瞳を持つ、丸眼鏡をかけた赤の精霊術師の青年――ロディルトである。
「朝早くからお疲れ様です。無駄のない動きですね」
微笑むロディルトの顔を、ルカは油断なく見つめる。
よく言う……ずっとこちらを観察していたくせに。
ルカはジェイド以上に、ロディルトと名乗るこちらの青年の方が得体の知れない存在のように思えた。
「ねぇ、聞いてもいいかしら?」
ルカは斧槍を手の中で回すと、石突で地面を抉った。
ロディルトはルカの鋭い視線を受けても笑顔を崩さない。
「どうぞ。私に答えられることでしたら」
人の良さそうな笑顔とともに、ルカに頷き返す。
「あんたは――」
「ロディルトと申します」
「……ロディルトはジェイドと組んで長いの?」
「ええ、出会ってからかれこれ十年ほどでしょうか。私の師匠がジェイドさんを保護し、それをきっかけに今に至りますね」
ルカの疑問に、ロディルトはあっさり答えた。
十年、ということはジェイドの故郷がある東大陸が魔界からの侵攻を受けた時期である。
「何で私を雇うことをジェイドに勧めたの? ましてや初対面の人間相手で……」
「これは異なことをおっしゃいます。最初に用心棒の話を切り出されたのはルカさんだったと、ジェイドさんから伺っていますが?」
ロディルトの言葉にルカは若干の苛立ちを覚えた。一度大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「そりゃ言い出したのは私よ。でも……一緒にダンジョンに潜ったわけでもないのに、どうして言葉添えをしてくれたのかと疑問に思っただけ」
「なるほど……ルカさんは意外にも聡明な方ですね」
「……あんた、喧嘩売ってる?」
ジャキリと斧槍を構えたルカに、ロディルトは軽く笑った。
「要するに根拠を知りたいということですよね。私がルカさんに実力を発揮する場を設けた根拠が……」
ロディルトの眼鏡の奥で、鳶色の瞳がルカの構える斧槍へ向いた。
「まさに、今ルカさんの手にある斧槍ですね。それが根拠です」
「はぁ? この精霊武器が?」
ルカが眉根を寄せる。ロディルトはしっかりと頷いた。
「ルカさんは精霊武器について、どの程度知識をお持ちですか?」
真剣な表情で尋ねてくるロディルトに、ルカは構えを解いた。石突で地面を突き、己が手にする斧槍を見上げる。
「精霊武器とは使い手の肉体に宿った精霊核との親和率を上げるため、俗に『劣化結晶』と呼ばれる精霊核の残骸を埋め込んだ武器よ。その『劣化結晶』を媒介に使い手は武器を通して精霊術を行使することができる」
劣化結晶とは、精霊の力を失った結晶の残骸であるため、結晶そのものには精霊の力は宿っていない。しかし、劣化結晶は精霊の力を吸収し、僅かな間ため込むことができる性質を持っており、武器や防具に埋め込んで護符として使用されている。通常、劣化結晶には使用回数に限りがあり、摩耗も激しい。劣化結晶は定期的に付け替えなければならず、その上、武器としての価格も、普通の武器と比べると飛躍的に高くなる。武器を手に入れた後も維持費がかかるため、冒険者の中でもS級の位階の者が所持しているかいないかといったほど希少な代物である。
「おっしゃる通り、精霊武器は非常に高価で希少です」
ルカの言葉に、ロディルトは満足そうに頷いた。
「劣化しているとはいえ、もともとは単一に存在した精霊核を埋め込むわけですからね。さらには使い手の精霊核との親和率が低ければ、そもそも扱うことすらできないのが精霊武器の常識です」
ロディルトはそう前置きすると、目を鋭く細めた。
「しかし、ルカさん……あなたが手にする精霊武器に埋め込まれているのは『劣化結晶』などではなく、正真正銘の『精霊核』のようです」
「え……?」
ルカが弾かれたようにロディルトを振り返った。
「精霊核は確か生物の肉体以外に定着させるのが難しいって、昔聞いたことがあるけど?」
困惑顔のルカに、ロディルトはあっさり頷いた。
「精霊核とはこの中間世界に満ちる四つの主要元素、火、水、土、風の力が凝縮され、結晶化したものです。しかし、その本質は非常に流動的です。そんな精霊核が生物の魂への定着が容易であると、偉大なる精霊術師アルトナ・ミエルが発見し、以後、我々人類は精霊核を宿すことで『精霊術』という自然の力を操る術を体得したわけです」
ロディルトはまず一般的な常識を口にした。こうした背景から、中間世界の国々では十歳以下の子どものうちに精霊核を魂へ定着させる儀式が広く行われている。地域によって「洗礼式」や「成人式」、「契約式」など呼び方は様々である。
「発見された精霊核は早々に宿主の魂へと定着させ、その肉体を依り代に力の流れを循環させます。宿主のいない精霊核を手元で管理するのは、実は非常に難しいのです。極端な言い方をしてしまえば氷を常温の中で固体の状態を維持しようとするようなものとご理解ください。そんな精霊核を、ましてや無機物へ定着させるとなると……まず不可能でしょう。しかし、現に精霊核を埋め込んだ武器が、目の前にあります。その上、その武器はルカさんに宿る精霊核との親和率を計算して設計されているようです。これは普通ではありません」
ロディルトはそこまで言って、満面に笑みを浮かべた。
「しかし、私はそのとんでもない技術を施すことができる人に、心当たりがあります」
「っ!? もしかして、師匠を知ってるの!?」
ルカがロディルトに詰め寄った。
ロディルトは小さく頷いた後、少しだけ困った顔で笑った。
「おそらく、私の知る人物がルカさんのお師匠さまで間違いないと思います。このような技術を持つ人は、まぁそうそういないでしょうから。ですが、私にも今、彼がどこで何をしているのかまでは存じ上げないのです」
「そう……」
がっくりと肩を落としたルカに、ロディルトは力になれず申し訳ないと詫びる。
「ロディルトのせいじゃないでしょ。それに、師匠のことを知っている人と会えただけでも十分よ。各地を旅して回れば、そのうちどこかで会えるかもしれないしね」
ルカは気を取り直すように明るく言った。
「ルカさんはお師匠さまを探しいらっしゃるのですか? その武器の所有権を認めてもらうという話でしたら、そもそもルカさん以外の方にその武器が扱えない時点で所有権が認められているようなものです。それに正式な書面がほしいのでしたら、精霊都市ミルネフォルンで手続きをすれば済む話ですよ?」
ロディルトの疑問に、ルカは石突で地面を抉った。
彼女の目が完全に据わっている。
「そりゃもちろん、師匠を一発ぶん殴るために決まってんじゃない!」
その鬼気迫る形相に、ロディルトは思わず口を閉ざした。
「いきなり『よし、んじゃ最終試験だ』なんて言って、修行場に二年も閉じ込められたのよ? その間、こっちは何度死にかけたか……だから絶対追いかけて一発、その気に食わない髭面に拳を叩き込むって決めているの」
「……なるほど。ルカさんの目的が一日でも早く成就することを祈っています」
ロディルトは乾いた笑い声とともに、顔を引きつらせた。
「さて、そろそろ朝食にしましょう。ジェイドさんをそろそろ起こさないといけません」
「そういえばあいつ、夜遅くまで起きて何か作業していたわね」
「ダンジョン攻略について色々と情報を整理していたのだと思います。おかげで、私も国の上層部とのやり取りをするときはとても楽をさせていただいております」
「あ、国への交渉はロディルトがやってたのね」
ルカの言葉に、ロディルトは初めてその笑顔を消して悲しげな表情になった。
「はい……私はこう見えてミルネフォルンに所属する正式な精霊術師ですから。教会側も手出しできません」
ロディルトのその一言が、すべてを物語っていた。
ジェイドが負っている宿命が、ここでも不穏な影を落としている。
「ですから、正直、ルカさんと言い合っているジェイドさんを見ていて、私はすごく安心したんですよ」
「はぁ? なんで?」
ロディルトの呟きに、ルカは思わず変な声を上げた。首を傾げているルカに、ロディルトは優しく微笑む。
「あんなに余裕を失って、年相応の反応を見せたジェイドさんは初めてです。彼はいつも気を張っていらっしゃいますから。長い付き合いの私とも、あそこまで打ち解けたやり取りはしたことがありませんからね」
ロディルトは嬉しそうに笑いながら続ける。
「私はジェイドさんの兄代わりですから。ああいった変化はとても嬉しいのです。ですから、ルカさんには死ぬ気で試験に合格していただきたいですね」
「ロディルト……あんた、なかなかいい性格しているわね」
ルカは自分の顔が引きつるのを感じた。
「お褒めにあずかり、光栄です」
ロディルトはしれっと答える。昨夜、ルカたちが一泊した家の戸に手をかけると、ロディルトはルカを振り返った。
「朝食を食べましたら、さっそく具体的なダンジョン攻略を練りましょうね」
「ええ……わかったわ」
ロディルトに促され、ルカはすっかり冷えてしまった汗を拭って彼の後に続いたのだった。
Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021