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導の先に立て ―ダンジョン攻略して世界を救う英雄の物語―  作者: 紅咲 いつか
Area2:忘却の地底と渡り鳥

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Point4-3「六百年前の遺物」

 オアシスのある集落に戻ると、一人の少女が駆け寄ってきた。

 彼女の傍にはギルの片腕であるズードンと後方支援を行った報酬を受け取りにやってきていたガオの姿がある。

「ギル!」

「ビジッタ……どうしたの?」

 ビジッタと呼ばれた少女は、日に焼けた健康的な肌に、夕焼けのような赤髪が特徴の活発そうな少女だった。その赤い髪に映える青い双眸が、ギルを心配そうに見つめている。

「ははぁん……ギルも隅に置けないわね」

 ルカは二人の親しげな様子に、顔をにやつかせている。

「俺たちには関係ない。さっさと準備に取り掛かるぞ」

 かくいうジェイドは素っ気ない。あっさりギルたちに背を向けると、すたすたと民宿の方へ足を向けて歩き出していた。

「おいおい、挨拶なしでもう行っちまうのか? 『翡翠眼の渡り鳥』殿はずいぶんと素っ気ねぇんだな」

 ガオが立ち去ろうとしたジェイドを呼び止めた。

 ジェイドの鋭い目が、ガオに向く。

「俺はあんたとは何ら関わり合いがないからな。ここまで来るのにミザールを寄越したのは、もともとあんたがそれを依頼してのことだ。俺たちには関係ない」

「つれないねぇ。今後、もしかしたら取引することがあるかもしれないだろ? コネを作っておくに越したことはねぇと思わねぇか?」

 ガオは全身を揺らしながら大笑いしている。

「それくらいにしときな、ガオ」

 ますます不機嫌そうに顔を歪めたジェイドに、ミザールが口を挟んだ。

「とはいえ、ガオの言い分も一理ある。ジェイド、こいつはガオ。南大陸の北西部にある国々の物流・市場を牛耳る『絹織商会』の代表だ」

 ミザールはジェイドにガオを紹介すると、その口元に相手を皮肉るような笑みを浮かべる。

「南大陸やその周辺国で、こいつの息がかからない商業ギルドはない。特に、その情報網は下手な諜報機関よりずっと根強くてね。国家が秘匿したがっている情報でも、ガオの手にかかりゃ即座に掴めるってもんだ」

「ははっ、姐さんにそこまで言っていただけるたぁ、俺も商人冥利に尽きるっつうもんよ」

 ガオはその髭面を手で撫でながら、豪快に笑う。

「……たとえそうだとしても、今、あんたから情報を買う予定はない」

 ジェイドの素っ気ない態度に、ガオは軽く手を振った。

「ああ、まぁ、『翡翠眼の渡り鳥』殿は用心深いようだ。なら、ここは一つ……お近づきの印に餞別でも差し上げようかね」

 ガオはニヤッとその顔にあくどい笑みを浮かべる。

「六百年前、この南大陸を治めていた大国……リュサ・アンタレスに関する歴史資料など、いかがかな?」

「っ!?」

「え、そんなものがあるの!?」

 ジェイドだけでなく、傍で話を聞いていたロディルトとルカも驚きの声を上げる。

「がははっ、まぁ、リュサ・ノーレン国じゃ禁書指定されている代物だからな! 見つかりゃ極刑だな!」

「ちょっ、物騒!」

 不穏なことをあっさりと笑い飛ばすガオと、顔を青ざめたルカが叫び返す。

「……それが、今の俺たちに必要だと?」

 目を細めて確認するジェイドに、ガオの笑みが頷く。

「俺はダンジョン攻略に関するノウハウには疎いが、ダンジョンが飲み込んだ遺物がなんであったかを探ることくらいはできる。聞けば人間たちの過去の遺物をダンジョンの仕掛けに利用している場合もあるって話じゃねぇか。なら、この南大陸の南部にあった古代都市の記録に目を通しておいて損はねぇはずだ」

 ましてや、今回攻略しようとしているダンジョンは、六百年前に滅亡した大国リュサ・アンタレスの旧都――その中心部に出現し、都の大半を飲み込んだとされる。

「だとすれば、これからおたくらが攻略しようとしているダンジョンには、その旧都の代物がごっそり使われている可能性があるっつうわけだ。少なくとも、事前情報なしに潜るよりは、ずっと役立つのでは?」

 ガオの抜け目ない視線を前に、ジェイドは顔を顰めた。

 ジェイドの目が、ちらりとロディルトを一瞥する。

「有益な情報だと判断します。本物であれば、ですけれど……」

 ロディルトが慎重に答えた。ガオが大げさな仕草で肩をすくめる。

「やれやれ、精霊都市ミルネフォルンの精霊術師殿は疑り深くていけねぇ」

「真実の究明は精霊都市ミルネフォルンが掲げる理念の一つです。嘘・偽りの中から信頼のおける情報を見極めることもまた、我ら精霊術師に求められる資質です」

 ロディルトは悪びれた様子もなく微笑んだ。

「話は決まったか?」

 傍らにいるズードンがうんざりした様子で声をかけてきた。いつの間にか、ギルとビジッタも何やら言い合っていたのが、一緒になってジェイドたちの様子を見守っている。

「もし部屋が必要なら、砦の会議室を使ってくれ。僕もその歴史資料とやらを確認しておきたい」

「決まりだな! さぁ、俺の探し出した品物の価値がどれほどのものか、その目でとくとご覧いただこうか!」

 ガオが両手を叩くと、皆は彼の後に続いて砦に向かった。

「うわ、すごいことになっている……」

 砦の会議室に戻ってくるなり、ルカは呆れ顔でため息をついた。

 室内はすでにガオの部下が運び込んだ木箱やら筒、大量の石板などでいっぱいになっていた。会議室が資材置き場に早変わりしたようである。

「……これ、もしかして過去に精霊教会が摘発していた物品か?」

 ギルも運び込まれた資料を手に取るなり、目を見開いた。

 ガオが得意げに胸を張る。

「さすが若き『蠍の心臓(アンタレス)』の頭目……その通りだ!」

 ガオは手近の木箱を軽く叩くと、その顔に笑みを浮かべる。

「南大陸の北部に住む貴族や学者の中にも、南部の歴史を闇に葬り去ることに反対する連中は多い。だが、教会の権力が盤石となった現在の北部で、そういったことは口が裂けても言えねぇ。教会が求めてきたら、こういった禁書扱いとなった歴史資料も差し出さなければならなくなる」

「それを裏で買い取り、南部へ運び込んで厳重に管理する……か」

「しかし……どれも痛みが激しいですね。ああ、ルカさん! そっちの書物には手を触れないでください! そのまま触ると粉々に砕け散ります!」

「うぇっ!?」

 木箱から一冊の書物を取り上げるなり、ロディルトがひどく顔を顰めた。同じように木箱を覗き込んだルカに、ロディルトがすぐさま注意を促す。ルカが慌てて腕を引っ込めた。

 昼と夜の寒暖差が激しい砂漠地帯では、とくに書物の痛みは激しく進む。使用された素材にもよるが、書物の適温は一般的に十六~二十二度、湿度四十~六十パーセントが基本である。こんな乾燥地帯では、書物を開いた途端、中のページが塵となって砕け散ってしまう。

「仕方ありません。こういうことは道理に反しますが……本の内容をごっそり写し込みます」

 ロディルトがひどく顔を顰め、額に手をやって唸った。

「ミザールさん……以前いただいたこの『玉響(オーブ)』ですが、情報書き込み式のものはありますか?」

 ロディルトの申し出に、ミザールがひどく嬉しそうに笑った。

「ああ、あるよ。どれくらい必要なんだい?」

「この書物の数ですと……情報量をできるだけ圧縮して暗号記述して……最低でも五つ必要です」

「よし、念のため七つ用意しよう。ズードン、誰か人をやってアタシの船から『玉響』を持ってきてくれ」

「了解、姐さん」

 ズードンが速足で出ていく。それを見たギルが、部屋の隅に佇んでいるビジッタへ目を向けた。

「ビジッタ、ジェイドたちを泊めている家の主人に言伝を頼めるかい? この量じゃ長丁場になりそうだから、何か軽食を頼めるかって」

「……わかった」

 ビジッタがすねた様子で唇を尖らし、会議室を飛び出していく。

「いいの? 彼女さんでしょ?」

 石板とにらめっこをしていたルカがギルを振り返る。

「いやいや、ただの幼馴染だから」

 ギルが小箱を取り上げ、苦笑をこぼす。

「本来なら、親しくできる立場じゃないんだけどね」

 力なく呟いたギルの横顔を、ジェイドの翡翠眼がじっと見つめていた。

・読者の皆さまにお知らせがあります。詳細は活動報告にてご確認ください。


Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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