Point1-6「赤の精霊術師」
「ロディルト!」
ジェイドは青年の顔を見るなり、ホッと表情を和らげる。
「誰?」
ルカが怪訝な顔で呟く。
ジェイドの態度から顔見知りのようだ。
ロディルトと呼ばれた青年は入り口で外套を脱ぐと、ルカに向き直った。
「初めまして、私はロディルト・レイム。見ての通り、赤の精霊術師です」
ロディルトはそう言って、身に纏った赤い装束を示した。白いシャツに臙脂色の脚衣、ベストの胸元には十字架と薔薇の刺繍が施されていた。その紋章を見て、ルカは目を丸くする。
「もしかして、精霊都市ミルネフォルン所属の精霊術師さん?」
「はい、そうです」
ルカの言葉に、ロディルトは眼鏡の奥の瞳を細めて微笑った。
中間世界の国々では、人々は十歳になるまでにその肉体に「精霊核」を宿す。
精霊核とはこの中間世界に満ちる四つの主要元素、火、水、土、風の力が凝縮され、結晶化したものである。中間世界の人々はその結晶を己の魂に取り込むことで風を操ったり、炎を生み出したりする「精霊術」を行使することができるようになったのだ。
とはいえ、強力な「精霊術」の行使には、精霊核と魂の親和率が高いことが条件であり、大半の人々が日常生活でちょっと得をする程度の精霊術を行使することができるのが一般的だ。かくいうルカも大地の精霊核を魂に宿しているが、愛用している斧槍に埋め込んだ劣化結晶の補助なしには精霊術を行使することは難しい。
この世界で「精霊術師」を名乗るためには、己の魂に宿した精霊核のみで強力な精霊術を行使できるだけの実力がなければならない。
「ロディルト、お前からもルカを説得してくれ!」
ジェイドが身を乗り出すと、ルカを親指で示した。
彼の態度から、おそらくロディルトとは長年の付き合いなのだろう。
ジェイドは助けを求めてロディルトに詰め寄った。
「ダンジョンが出現するって話したら、自分を用心棒として雇えって聞かないんだ!」
「ほぉ……それはまた。剛毅な方もいらっしゃるものですね」
ロディルトは何故か感心した様子で微笑む。ジェイドがすぐさま噛み付いた。
「感心してる場合か! 剛毅と無謀は違う!」
「だって、逃げても状況が変わるわけじゃないでしょ?」
ルカがジェイドの後ろから声を上げた。
「だからって、死地に飛び込む必要はないだろう! そもそも、駆け出しの『硬貨』冒険者がダンジョンに潜れば死ぬだけだ!」
ジェイドの言葉に、ルカはムッと唇を尖らせた。
「言っとくけどね! 冒険者として生活を始めたのは最近でも、武芸の腕は確かよ。ついさっきだって、あんた自分で言ってたじゃない。その実力で何故F級なのかわからないって! そんなに疑うんなら私と一つ手合わせでもしてみる!? 叩きのめしてあげるから!」
「あ、あれは社交辞令だ! とにかく、自分の身は自分で守れるから、君を用心棒として雇う必要はない!」
ロディルトは言い合いを再開した二人を、どこか微笑ましいといった様子で見守っている。そんなロディルトの目が、壁に立てかけられたルカの武器に向いた。僅かに目を見開き、すぐにその双眸を鋭く細める。
「すみません、ルカさん……とおっしゃいましたか? 一つ、質問させていただいても?」
ロディルトが場違いなほど穏やかな声音で二人の言い合いを止めた。
「何かしら?」
ルカが視線をジェイドからロディルトへ移す。
ジェイドも怪訝そうにロディルトを振り返った。
「壁に立てかけてあるあの武器は、あなたの所持品ですね? あの武器をどこで手に入れられましたか?」
ロディルトの質問に、ルカだけでなくジェイドも思わず首を傾げた。
何故、ルカの武器の話になる。
二人の表情がそう問いかけていた。それを見たロディルトが笑顔で「必要なことです」と告げる。
「……師匠からもらったのよ。正確には『最終試験だ』って言われた修行場で試練を突破したらあの武器だけが放置されていたの。だからそのまま持ってきちゃった」
「それ……もらったじゃなくて、無断で持ち出しただけじゃないか?」
「だってしょうがないでしょ! 試練を突破したときには、師匠は行方をくらましてしまって、この武器をもらっていいか聞けなかったんだから!」
呆れ顔のジェイドが指摘し、ムスッと不機嫌顔になったルカが彼を睨む。
ロディルトは顎に手を当てて少しの間沈黙している。
それから唐突に笑顔で頷いた。
「ジェイドさん、私はルカさんの提案を受け入れてもいいと思いますよ」
「はぁっ!? ロディルト、お前まで何を言い出すんだよ!」
「やった、お兄さん話がわかるぅっ!」
裏切られた衝撃で声を荒らげるジェイドと、その横で両手を合わせて喜色を示すルカ。そんな二人を眺めて笑うロディルトは、不満そうなジェイドに顔を向けた。
「出現するダンジョンの難易度は日ごとに困難になってきています。正直、私とジェイドさんの二人だけでダンジョンを攻略していくには、近く限界が来るでしょう。それに、人手は多いに越したことはありません」
「……そんなことはない」
「あなたが誰よりも現状を理解しているはずです。そして、現状を理解しているからこそ、あなたはたとえ一人になってもダンジョンへ挑むことをやめない。そんな戦い方を続けていては、命がいくつあっても足りません」
ロディルトは黙り込んだジェイドから視線を外し、ルカに向き直る。
「とはいえ、ジェイドさんの懸念ももっともです。ルカさんはどこまで、彼が抱える事情について伺いましたか?」
「自分に呪いを刻んだ悪魔を探し出して復讐するってところまでは聞いたわよ。そのためにダンジョンを探して攻略しているって話もね」
ルカの言葉に、ロディルトは少し意外そうに目を丸くした。それも一瞬で、すぐに真剣な面持ちになる。
「では、ジェイドさんからダンジョンの危険性は聞いていると思います。私たちは少々込み入った事情でダンジョン攻略に携わる身です。中途半端な実力や生半可な覚悟の方が同行されましても、正直……邪魔になるだけです。その辺りの事情を、どうかご理解ください」
口調こそ丁寧だが、ロディルトの主張もジェイドと同じ厳格さを持っていた。
「さて、以上のことを踏まえまして、私はお二人に一つ提案をいたします」
ジェイドとルカの顔を交互に見て、ロディルトは微笑む。
「ジェイドさん、ルカさんの技量に不安がおありなら、一つ試験をしてみてはいかがですか?」
「試験?」
険しい顔で非難の視線をロディルトに向けていたジェイドは、首を傾げた。
「はい。今度この国に出現するダンジョンに、彼女も同行していただくのです。そこであなたが彼女を雇うにふさわしいか、その実力から判断をすればよろしいでしょう」
ロディルトはそのままルカへと視線を移す。
「ルカさんとしましても、己の実力を見せずに判断されるのはご不快でしょう。こちら側の勝手な判断で、ルカさんの申し出を拒絶するのは理に適いません。私としましても、仲間が増えることは歓迎です。とはいえ互いに命を預ける以上、双方の力量を確かめる機会を設けることは必要かと思います。ルカさんはどのようにお考えですか?」
ロディルトの提案に、ルカも心得たように頷く。
「頭ごなしに否定されるよりはずっといいわ。私だって実力不足だってはっきりわかれば、ちゃんと引き下がるもの」
ルカの横顔を、どこか疑わしげなジェイドが見つめている。
ロディルトはパンッと手を叩くと、「交渉成立です」とにこやかに述べた。
「では、ダンジョン攻略についての話し合いは明日行いましょう。今日のところは……ひとまずこの家で一泊させていただきましょうか」
ロディルトはそう言って、窓の外へ視線を向けた。
いつの間にか通り雨は過ぎ、西の空が赤く燃え上がっていた。
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