Point3-18「姿映しの悪魔」
「はぁっ! もう……焦った」
ルカは昇降機の上で尻もちをつくと、そのまま大きく息を吐いた。
まさか単身で乗り込んでくる鋼鉄の乙女がいるとは予想外である。危うく、ジェイドの作戦が台無しになるところであった。
「確認はできなかったけど、あの鋼鉄の乙女たちはちゃんと仕留められたかな?」
ギルが昇り続ける昇降機の床を見つめている。彼にとって、あの鋼鉄の乙女たちは仲間を殺した仇である。一体残らず葬り去りたいと思うのが正直な気持ちなのだろう。
「少なくとも、出口を張っていた乙女たちは助からなかったでしょう。彼女たちに悟られぬよう、事前に仕込んだかいがありました」
さすがのロディルトもかなり気を張っていたのだろう。床に座り込み、やや脱力している様子だった。
「これ、一体どこまで昇っていくのかしら?」
ルカが不安げに頭上を仰ぐ。
四人が乗り込んだ昇降機は天井の穴へはまり込むとそのまま建物内を延々と昇っていた。景色が見えなくなったことで奇襲の恐れはなくなったが、同時にこちらも現在地が確認できない。
「次の階層までだろう。いきなり襲われる可能性もあるから、警戒だけは怠るなよ」
ジェイドは床に寝そべってくつろいだ調子でそう言った。目を閉じれば、すぐさま寝息が聞こえてくる。
休めるときに休むという彼の信条は、ある意味豪胆である。
どこまでもマイペースなジェイドに、ルカは呆れた。
「まぁ、しばらくは大丈夫そうだものね」
ルカも今のうちに自慢の斧槍の刃を点検することにする。会話がないのも気が重いので、ルカはロディルトに話を振ることにした。
「ねぇ、ロディルト。これまでのダンジョンで『女帝』が直接出張ってきたことってあるの?」
以前から気になっていた疑問を口にした。
ルカがジェイドとロディルトの旅に同行するようになった後も、「色欲の十三魔将アルディナス」の姿を見たことは一度もなかったからだ。敵の情報を事前に知っておくことはジェイドの護衛をする上でも必要である。
「いいえ、残念ながら……。私とジェイドさんだけでダンジョンを攻略していた頃も、悪魔たちが仕えている主――『十三魔将』とは直接対峙したことがないのです」
ルカの問いかけに、ロディルトは申し訳なさそうに首を横に振った。そのまま、難しい表情で腕を組む。
「悪魔たちが『最高位』と呼んで崇拝する、『十三魔将』の実力がどれほどのものなのか。我々人間側にとって奴らの存在は未知数です。精霊都市ミルネフォルンでも、配下の悪魔たちの言動傾向からその悪魔たちを統括する最高位の性格や軍の体制を推測しています。けれど、結局は推測の域に過ぎません」
「今のところ『女帝』についてわかっている情報って……色欲、陰湿、赤い薔薇が好き、大規模進軍、力押し、たぶん女の悪魔だろうってことくらいじゃない?」
「なんか、それだけ聞くと贅沢三昧な暮らしをした、自分の思い通りにならないと腹を立てるわがままなお貴族令嬢さまって感じだね」
指折り数えるルカに、ギルが微妙な顔つきになった。
呆れ半分、面倒臭さ半分といった具合だろう。
「あはは、あながち間違いじゃなかったりして!」
ギルの言いように、ルカが噴き出した。
「それならそれでやりやすいんですけどね……。人間の貴族のあしらい方が、悪魔にも通用するかどうかはわかりませんが」
ロディルトも苦笑とともに、思案気に呟く。
すると、不意にジェイドが飛び起きた。
「どうやら、到着したみたいだ」
それまでゆったりと上昇を続けていた床が大きく揺れる。四人がパッと立ち上がった。それぞれの武器を構える。辺りは薄暗く、通路と思しき赤い絨毯が奥の暗がりへと続いていた。
「……だだっ広い部屋ね」
周囲を一瞥し、ルカがぽつりともらす。四人は昇降機から降り、ゆっくりと絨毯の上を進んでいく。等間隔に設置された柱には、蝙蝠の翼を背に持つ悪魔の彫刻たちがこちらを見下ろしていた。磨き上げられた大理石の床は、緊張した面持ちで奥へと進むジェイドたちの横顔を映している。
「……誰かいるな」
先頭を進んでいたジェイドが足を止めた。目を凝らせば、巨大な扉のようなものの前に人影が佇んでいた。それはのっぺりとした黒い人型で、湯気のように紫色の煙が全身から立ち上っている。
「悪魔?」
「ああ、油断はするなよ」
ギルの確認に、ジェイドが黒い人型を睨み据えながら頷く。
ぐにゃりと黒い人型が大きく歪んだ。ジェイドたち四人が一斉に身構える。
膨れたり、萎んだりを繰り返し、やがて黒い人影が見知った姿を象る。
ジェイドたちは一斉に息を呑んだ。
「なっ、ジェイド!?」
斧槍を構えたまま、ルカが目を見開いた。
黒い人影が佇んでいた場所には、一人の青年が姿を現した。
短い金髪に翡翠眼を持ち、額には鳥を意匠化したような木綿布を巻いている。動きやすさを重視した首元まで覆った袖なし上衣と脚衣、革製の長靴、そして裾に刺繍が施された前開きの筒型衣を羽織っていた。
まさに瓜二つである。
扉の前にいたジェイドが地を蹴った。腰の剣を引き抜き、そのまま目を見開いているジェイドへ剣を振り下ろす。
「ぐっ!」
「わわっ!? ジェイド、平気!?」
咄嗟にジェイドから距離を取ったルカがジェイドに呼びかける。
「「気を付けろ! この悪魔は相手の姿を模倣する!」」
何度も入れ替わり立ち代わりで剣を交えているジェイドが二人、同時に口を開いた。
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