Point1-5「用心棒」
ジェイドの話に耳を傾けていたルカは、しばし沈黙した。その脳裏には先程耳にしたジェイドの話と今の世界情勢を照らし合わせている。
ジェイドの話は嘘ではないだろう。事実、ルカはつい先程、彼とともに出現前のダンジョンに潜ったのだ。彼の言動は先程の説明で納得のいくものばかりであった。その上、悪魔に呪いを刻まれ、誰よりもダンジョンを知り尽くしているからこそ、ジェイドの語る危険性についても理解できる。
何より、彼自身の経験則に基づいた言葉には重みがあった。
――でも、ジェイドは一つ、大きな思い違いをしている。
ルカはニッと口角を上げると、おもむろに口を開いた。
「ジェイド、あんたの抱えている事情は理解したわ。噂も案外、真実に近いものだったのね……」
「ああ……予知能力があるだの、悪魔の手先だって話か。ま、当たらずといえども遠からずってやつだな」
ルカはマグを卓上に置き、苦笑するジェイドの顔を見つめる。おもむろに両手を組むと、まるで世間話をするように切り出した。
「ところで、ジェイド。あんた、ダンジョンの情報を国や冒険者ギルドに提供しているって言っていたわよね? その対価にいくらもらっているの?」
「は? なんでそんなことを……?」
ジェイドは目を丸めた。唐突とも言える話題転換に、戸惑っているのだろう。
「いいから、いいから。それで、いくら?」
ルカの催促に、ジェイドは不審に思いつつも右手の人差し指を一本立てた。
「単位は銀?」
「いや……金」
「小金?」
なおも食い下がるルカに、ジェイドは眉間にしわを寄せた。
「確か……中とか言っていた気がする。それがどうし――」
「嘘でしょ!? 中型金貨一枚!? それって国の正規軍が兵士に支払う給料の半年分じゃない!」
ルカはダンッと卓に両手をつくと、目を輝かせてジェイドに詰め寄った。
ジェイドは身を引いて顔を引きつらせている。
ルカはじっとジェイドの顔を見据え、きっぱりと言った。
「決めた! ジェイド、あんた私を雇わない? 専属の用心棒として!」
「はぁっ!?」
ルカの反応は予想外だったのだろう。
ジェイドがあからさまに驚いた表情を浮かべている。
「待った! なんでそんな結論に達するんだよ!? 俺の話、理解できなかったのか!?」
「失礼ね。ちゃんと理解したわよ。実際、ついさっきあんたと一緒にその危険を実体験したばかりじゃない」
「ならどうしてそういう結論になる!」
理解できない、とジェイドが頭を掻きむしる。そんなジェイドに、ルカは人差し指を突きつけた。
「言っとくけど、ちゃんと理由があって提案しているのよ」
ルカの真剣な目を見つめ、ジェイドはひとまず口を閉ざす。ルカはジェイドが聞く姿勢を示したことを受け、指を三本立てた。
「理由は三つ。一つ目は今やダンジョンの出現が世界的な社会問題であるということ。誰もがどこでどんな風に暮らしていようと、ひとたびダンジョンが出現すればすべてが台無しになる。今ここで、あんたと別れて他国へ避難したとしても、避難した先でダンジョンに遭遇する可能性も十分あるわ」
「それは……その可能性は、否定できないが……」
渋るジェイドに、ルカは「二つ目!」と有無を言わせない。
「あんたが探している悪魔……ダンジョンを生み出しているって話だったわよね? つまり、そいつを潰せば悪魔たちの侵攻を食い止めることができる。ダンジョンをこの世界から消すには一番手っ取り早い方法よね」
そして何より……、とルカは拳を握りしめる。
「あんたのその出現前のダンジョンに潜り込める能力を生かして、情報提供と攻略報酬を得られるなら、いい稼ぎになるわ! これが三つ目の理由よ!」
「おいおい……結局、金かよ」
「いやいや、人間、生活していくのに先立つものは必要でしょ。それにこちらとしてもダンジョンが出現するたびに仕事がなくなることを思えば、これほど安定的かつおいしい話はないわ!」
ルカはジェイドに満面の笑みを向ける。
「それにジェイドはダンジョンの出現をある程度予測できるし、その対処方法を考えることも可能! おまけに今までの実績を評価されていて、国の上層部にも顔が利く! 実家の父がよく言っていたわ。『逃げる困難、大惨事。向かう困難、被害なし』ってね!」
だから、とルカはジェイドにとびっきりの明るい笑顔で言った。
「ジェイド、私を用心棒として雇わない?」
「断る!」
ジェイドがガタッと椅子から立ち上がった。乱暴に卓へ手をつき、怒鳴る。
「俺の敵は悪魔だけじゃない! この呪いを刻まれているせいで、俺は神殿からも追われているんだ!」
ジェイドの言葉は、ルカの予想の範囲内であった。
悪魔の刻印を体に刻まれているとなれば、この中間世界に脅威をもたらす存在として神殿からは認識されているだろう。神殿との結びつきが強い国では、場合によっては正規軍からもお尋ね者扱いだ。
「だから?」
それを理解した上で、ルカは小首を傾げてみせる。
ジェイドが苛立ちから全身を小刻みに震わせている。
「神殿の勢力はダンジョンの出現を機に、各国で強まっている! 場合によってはダンジョンから救出された民間人ですら『悪魔の使い』『異端者』として火あぶりにされるんだぞ!?」
「偏見って怖いわよね。それで?」
「いやいや、偏見怖いの一言で片づけるなよ! なんで自分から進んで危険な目に遭おうとしているんだ!?」
「まぁ世の中には色んな人がいるわよねぇ。他に言いたいことは?」
「ダメに決まっているだろう! 命を粗末にするんじゃない!」
「いや、あんたにだけは言われたくないわ。さっきも捨て身でダンジョンを走り回っていたくせに。よかったわね、私が一緒で。でなきゃあんた、あの塔を登っている間に悪魔に襲われて怪我していたかもよ?」
「う゛っ……それについては感謝しているが……それでも! ルカには俺と違って危険を冒してまでダンジョンに潜る理由はないだろうっ!」
「出た出た、人の考えを勝手に決めつけるやつ。言っとくけど、私だって冒険者の階級が「剣」になればダンジョン攻略に参加するつもりだったのよ? その辺の害獣退治に比べれば、ダンジョン攻略は依頼も多いし、稼ぎが安定しているからね。それがちょっと早まるだけよ」
「俺の目的は金稼ぎじゃない!」
「目的は違っても、目指す結果は同じよ。私だってダンジョンのせいで生活苦なんだから。悪魔をぶっ飛ばすついでにお金も稼げれば儲けもんよ!」
「あああ、もうっ! お嬢さんの危機管理意識はどうなってるんだよ!」
ジェイドが頭痛を覚えたのか、青ざめた顔を手のひらで覆う。
「褒めても何も出ないわよ?」
「断じて、褒めてはいない!」
ダメだと譲らないジェイドに、雇えと迫るルカ。
二人の押し問答が繰り広げられ、なかなか収拾がつかない。そこへ、ギィッと軋んだ音が二人の耳に届いた。
ジェイドとルカが同時に身構える。戸口には覆いを目深に被り、鮮やかな赤い外套を身に着けた青年が一人、佇んでいた。
「随分と楽しそうにされていますね、ジェイドさん。まったく、いきなり行方をくらますのであちこち探しましたよ」
貴方を探す方の身にもなってください、と青年は被っていた覆いを取り去る。
やや癖のある茶髪に鳶色の瞳を持ち、小さな丸眼鏡をかけた青年は、ジェイドとルカを交互に見回すとにっこりと人の良さそうな笑顔を浮かべたのだった。
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