Point11-6「脅威を裂く術」
宴の日から一週間ほどが過ぎた。
別邸にて思い思いに寛いでいたジェイドたちの元に真からの使者がやってきたのは、ちょうど一行が昼餉を食べ終えた後のことだった。
「尊が天界側のダンジョンを見つけた」
白鷺城の謁見の間にて顔を合わすなり、真はニヤッと口元の笑みを深めた。
人払いを済ませた広間はがらんとしている。庭先に生えた木の枝で野鳥のさえずりが聞こえた。
「天界の連中、お主らが『怠惰』を討ったことでこれ幸いとリヤン海に進出してきおった。ダンジョンを踏破すれば海中内の浄化もはかどるゆえ、こちらとしては一石二鳥だな」
天界側の動きを予測していたのだろう。
真の表情には言葉とは裏腹に苦いものが混じっている。
「それで、天界のダンジョンに潜って手に入れてほしいものってなんだ?」
ジェイドが真に問う。
「ふむ。少々、厄介なものではあるのだがな……」
真はそう言って傍らに置いた布包みを手に取る。彼女の細い指先が包みを取りさらう。
「……筒?」
ルカが怪訝そうに首を傾げた。
布に包まれていたのは、ヤウでよく見かける青竹を切って水筒にしたものに似た形状をしていた。ただ、材質は竹などではなく、金属製のようだ。何やら見慣れない文字や記号が全体に描かれている。
「これはダンジョン内のものを持ち帰ることができる品だ」
真は筒を手に取ると、それをジェイドへ差し出す。ジェイドは腰を浮かすと、真から筒を受け取った。
「知っての通り、ダンジョン内に存在する悪魔や天使たちを倒すとその肉体は消滅してしまう。魂だけの存在となった彼奴等はそれぞれの世界へ戻り、再び肉体を得て生まれるからだ。悪魔の方は知らぬが、天使はこの中間世界すらも穢れた土地として見なしておるゆえ、天界に戻る際に生き残った天使たちも穢れた肉体を捨てるために自死するそうだ」
「うわー……過激」
ルカとアルトがげんなりした顔で呟く。
天界側の排他性はかつての精霊教会の内部にどこか似ている。
「まぁ、ある意味それが敵に己の世界の産物が渡らぬ防衛策となっておる。今回、お主らに持ち帰ってほしいのは、天使の骨だ」
真の表情が真剣さを増す。
「悪魔の骨と天使の骨を同じだけ配合することで、いかなる存在をも切り裂く金属が完成する……という話だ」
「なんだよ、自信なさげに……」
真の物言いに、アルトが顔を顰めた。
「致し方あるまい。何せ、それを成功させることができた者がおらぬ」
真はため息まじりに続けた。
「お主らの方が我より詳しいはずだ。精霊都市ミルネフォルンが『精霊術』を編み出したことですら、並大抵のことではなかった」
精霊術を編み出すため、アルトナ・ミエルはその生涯を費やした。多くの犠牲とともに残された彼の発見は、こうしてジェイドたちが魔界や天界と戦うための術となっている。
「将軍、あんたもしかして、その集めてきた天使の骨を作って、武器を作ろうとしているのかい?」
「そしてその武器を、精霊術の扱いに不得手の者にも天使や悪魔と戦う手段を与えようとしている……?」
ミザールとロディルトの指摘に、真は薄っすらと笑む。
「身を守る手段が多いに越したことはなかろう?」
真の視線がひたりとジェイドに据えられる。
「何より、今後も魔界と天界を相手に戦いを挑み続けるのであれば、より戦況は過酷となる。精霊術を使えぬ者が真っ先に犠牲になるのでは、話にならぬ」
ジェイドは特に何も言わなかった。ただ、そっと目を伏せたのみだった。
「つまり、将軍さんはジェイドのための武器を作ろうとしてくれているのよね!」
身を乗り出して目を輝かせたのはルカだ。真は僅かに目を見張り、ややあって小さく笑い声をもらす。
「ふむ。まぁ、そうだな。これから東大陸を奪還するというに、鉄の剣だけでは世界の英雄殿に申し訳ない」
「天使の骨はどれくらい集めればいいんですか? この筒にどれほどの量が入るのでしょう?」
ジェイドが持つ筒に視線を向けながら、ロディルトも真に質問している。
「多ければ多いほどよい。空間圧縮の術をかけておるゆえ、ダンジョンにいる天使全員を収めるくらいはできるだろう。だが心せよ。倒してすぐに筒へ納めねば、天使どもの身体はすぐに消滅してしまうからな」
乗り気な面々の顔を見回し、真は笑う。
「今回も尊が水中のダンジョンまでお主らを送ってくれるそうだ」
信じておるぞ、と真の囁きが広間に響く。
「お主らは我らの……いや、世界の希望なのだ」
「任せろ」
ジェイドたちは表情を引き締める。ジェイドの翡翠眼が確かな強い意思を宿して輝いた。
「俺たちは必ず、ダンジョンの脅威に打ち勝って見せる」
静かな、それでいて確固たる決意を滲ませた声が宣言したのだった。
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