Point1-20「隠し場所」
「ジェイド……打開策があるの?」
おずおずと問いかけるルカに、ジェイドは目をそらさなかった。
「あの光る円盤が制御装置だろう。ならそれを見つけ出すことが現状、唯一の打開策なのは言うまでもない。問題は、件の円盤がどこに隠されているのか、それを見つけ出す手段だ」
ルカとロディルトも同時に頷く。
地下に閉じ込められている間に、あの円盤がダンジョン内のどこへ飛び去ったのか。それさえ知ることができれば、手の打ちようもある。またこうしている間にも、時間制限は刻一刻と迫っていた。ルカやロディルトの焦りを見て、ジェイドはあえて落ち着いた声音で続ける。
「そして、ヘルヴェムはこうも言っていた。『私の生み出す最高傑作、絶望が生み出される場所』と。奴はダンジョンに対する強い執着のようなものを持っている。あの悪魔のことだ。光る円盤にも『ダンジョンブレイク』を引き起こすだけでない、何らかの形でダンジョンに関わる機能を持たせているはずだ」
どこか確信を込めた口調で、ジェイドは言った。彼はゆったりとした足取りで、石壁が崩れた瓦礫の山へと歩み寄る。その中から古い弓と矢の収まった筒を引っ張り出した。
「しかし……ダンジョン内にいるとわかっていても、これだけの広大な敷地を闇雲に探していては、『ダンジョンブレイク』に間に合わないでしょう」
ロディルトは苦い顔で腕を組み、思案気に呟く。
「せめて目星を付けられたらいいのですが……そんな時間も手がかりもありません。ここは正規軍や冒険者ギルドの方々と合流し、事情を説明した上で助力を求めるべきでは?」
「それこそ時間がかかり過ぎる」
焦りを滲ませる三人へ追い打ちをかけるように、再び地面が大きく揺れた。三人は地面に手をつき、身構えたまま揺れをやり過ごす。
「五分でいい。俺に時間をくれ」
彼の言葉に、ルカとロディルトもハッと顔を見合わせた。
「俺はあの悪魔を、どんな手を使ってでも消し去る。俺は絶対に、あの悪魔に負けるわけにはいかないんだ」
ジェイドの決意は揺るがない。
ルカも表情を引き締め、改めてジェイドに向き直る。
「ジェイド、私は何をすればいい?」
身を乗り出すルカの横で、ロディルトも頷いた。
「あなたの観察眼は信頼に値します。私も全力で補佐します、ジェイドさん」
二人の言葉に、ジェイドは微かな笑みをその口元に浮かべて頷いた。
「先程も話した通り、ダンジョン内を駆け回っている暇はない。だから高いところからこのダンジョンを見渡せる足場を二人に作ってほしいんだ。幸い、材料はいくらでもある」
ジェイドは周囲に散乱する瓦礫の山を一瞥すると、ルカとロディルトに言った。
「いくらヘルヴェムとはいえ、一度構築したダンジョンの土台を挿げ替えることはできないはずだ。例の円盤の隠し場所も、最初に見渡したダンジョンとの違いを見つけることができれば、そこに突破口が見えてくるだろう」
三人が話し合っている間にも、地震がダンジョン内の空間を揺らす。
その度に、ルカが顔を顰めた。
「でも、ジェイド……さっきから起こっている地震のせいで、だいぶ景色が変わっているのよ? それに高い足場を築けば、下級悪魔たちの標的にならない?」
頭を腕で保護しながら、ルカが不安そうな顔で指摘する。ルカの指摘をジェイドはあっさり肯定した。
「もちろん、こうしている間にもダンジョンは拡大し、変容を続けている。確実にあの円盤を見つけ出せるという保証はない。この激しい揺れの中、下級悪魔を迎撃しつつ、足場を作っていくことになる。状況的には、かなり厳しい」
「それでも、他に手段がありません。生き延びるためには、やらねばならないのですね」
ジェイドの提案を黙って聞いていたロディルトが、表情を引き締めた。彼は腹を決めたようだ。ロディルトはルカに顔を向けると口を開く。
「ルカさんの精霊術で最初の足場を構築していただいた後は、私が下から材料を提供します。ルカさんはジェイドさんとともに、足場の高所を目指しつつ、下級悪魔を迎撃。私もできる限り、下から援護します」
ロディルトの提案に、ルカは眉を寄せた。
「それなら、足場を作るのは最初から私の方が良いんじゃない? ロディルト、土の精霊術は使えないでしょ?」
「土の劣化結晶がまだ残っていますので、しばらくは問題ないでしょう。それに、精霊術は発動に多少の時差が生じます。足場の限られた高所での混戦となると、私ではジェイドさんを守りながら戦うことが難しくなります。ルカさん、お願いできますか?」
ロディルトの説明に、ルカは今度こそしっかりと頷いた。得意げな顔で己の胸を拳で叩く。
「ふふんっ、優秀な用心棒に任せなさい」
「ああ、頼りにしてる」
ルカは驚いた顔でジェイドに振り向いた。
ジェイドはルカの驚きなど尻目に、さっそく立ち上がる。
「さ、急ごう。ルカ、頼む」
「え、ええ……」
ルカはくるりと斧槍を手の中で回すと、大きく息を吸った。緩みそうになる表情を、必死で引き締める。
「〝重力軽減〟」
斧槍に埋め込まれた大地の精霊核が輝く。すると、周囲に散乱する瓦礫がゆっくりと浮き上がった。ロディルトが両手を突き出す。
「ルカさん、そのまま構築を続けてください。形は私が整えます」
「わかった! お願い!」
ルカが瓦礫を積み上げていく横で、ロディルトが炎を放って足場が崩れないように補強する。足場の高さがジェイドの身長を超えた辺りで、頭上から鋭い声が降り注ぐ。下級悪魔たちが警戒し出したのだ。
「ここからは速さで勝負だ。二人とも、行くぞ!」
「〝重力軽減〟」
「〝土の守護〟」
ロディルトが瓦礫を使って生み出した塊を、ルカが重力を操って高く積み上げていく。出来上がった足場をジェイドとルカが駆け抜けた。
「〝炎の弾丸〟」
ジェイドとルカへ突っ込んでくる下級悪魔たちを下からロディルトの援護射撃が打ち抜いた。
下級悪魔たちの注意が一瞬ロディルトの方へ向いた。その横をジェイドとルカが駆け抜けていく。下級悪魔たちがギャアギャア喚き散らしている。統率者が不在のために、どちらを優先して攻撃するべきか困惑しているのだろう。
「〝土の鉄槌〟」
下級悪魔たちを巻き添えにしながら、ロディルトが絶えず巨大な正方形に整えた瓦礫を地上から宙に向けて放つ。下級悪魔を何匹か巻き添えにしたそれらを、ルカが重力軽減で受け止めて積んでいく。
結局、ロディルトを攻撃するために降下する一群とジェイドとルカを追う側で戦力がバラバラと別れた。
下級悪魔たちがまごついている間に、ジェイドとルカはだいぶ高い場所まで登ってきていた。最初にジェイドとともにこのダンジョンへ迷い込んだ際に、最後に登った円塔よりも高い位置である。
ジェイドは素早く辺り一帯を見渡した。崩落した都市遺跡群の周囲に広がる暗い森では、光の粒子をまき散らす花々が咲き誇っている。以前は絨毯のように隙間なく分布していた群落も、度重なる地震によって大地が隆起、あるいは陥没してしまってまばらになっていた。
森の木々が開けた場所には、ヴァノス国が掲げる王家の紋章旗が翻っている。正規軍の陣営で、空から襲い掛かる下級悪魔たちを押し返している様が見えた。
その翡翠眼が、どんな小さな変化も見逃さないように動いている。
そんな彼の視線がある場所で止まった。
右手に広がる暗い森と、正面の奥に位置する傾いた円塔、そして左手に伸びる急な渓谷にそれぞれ設置された遺跡群の残骸がある。舗装された石畳が、まるで意図的にばら撒かれた欠片のようになっている。ダンジョン空間が拡張したために、一瞬見逃しそうになるそれらを脳内で素早く組み立てていく。すると、そこにはジェイドたちの前に現れた光る円盤に刻まれた魔法陣が出来上がった。
「見つけた」
ジェイドの目が鋭さを纏う。
「三つに割れた円盤……あれはこれを意味していたのか」
「ジェイド、しゃがんで!」
ルカの鋭い声に、ジェイドはすぐさま姿勢を低めた。
「〝重力斬波〟」
圧力を乗せたルカの斬撃が、下級悪魔たちを五、六匹両断した。返す柄で、ルカは己の背後に迫った下級悪魔の額を石突で突いた。奇声とともに地へ落ちていく悪魔を尻目に、ジェイドがルカの腕を引いた。
「ロディルトに合流するぞ」
「え!? ちょっとジェイド!」
ルカは腕を引かれ、そのままジェイドとともに高所から身を投げ出す。
「ぶつかるぶつかるぶつかる!」
ルカが悲鳴を上げていると、真下で落ちてくる二人を確認したロディルトが慌てて左手を二人の落下地点へ向けた。
「〝炎の断罪〟」
ロディルトの起こした爆風により、ジェイドとルカの身体が浮き上がる。ジェイドは虚空でルカの腕を引くと、横抱きにして一回転した。そのまま何事もなかったように地上に降り立つ。咄嗟の事に目を丸くしたままされるがままになっていたルカは、ジェイドの腕の中で硬直していた。
「おい、ルカ。下ろすぞ」
ジェイドは眉間にしわを寄せると、ぎこちない動作のルカを地上におろした。
「……地上に降りるって一言くれれば自分で降りられたわよ、ったく」
「疲労が溜まってんだろ、無理すんな」
「それなら、私への配慮もしていただきたいところですね。飛び降りるなら降りると、最初に言っておいてください。心臓に悪いですよ」
顔を赤らめたルカが唇を尖らせる。ジェイドは平然とルカに返し、その横で笑顔のロディルトが突っ込んできた下級悪魔を炎で焼いていた。
「それより、円盤の隠し場所がわかった」
ジェイドがニッと口元に不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ、反撃開始だ」
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